第一章 彼女視点 第三話──選ばれた糸
彼を△△。彼女を〇〇。
読者様の名前や好きだった人の名前に置き換えてお読みください。
学園祭が終わり、校舎の灯りがすっかり落ちたころ。
人混みのざわめきや、笑い声、屋台の匂い
――そんな喧騒の余韻をまだ身体にまとったまま、私は自分の部屋の机に向かっていた。
窓の外には、祭りの熱気が嘘のように静まり返った夜空。
ほんの数時間前の賑やかさが夢の出来事だったみたいに感じられる。
机に頬杖をつくと、自然と昼間の光景が頭の中で再生される。
――青のミサンガを袋に入れて手渡したとき。
――震える声で「……ありがとうございます」と口にしたとき。
「上手く笑えてたかな」
ぎこちなく、必死に作った笑顔。
でも彼は、その笑顔を見て微笑んでくれた。
あのときの笑顔は、私の中で何よりも大切なものになっていた。
ただ一瞬の出来事なのに、思い出すたび胸がきゅっと締め付けられる。
あの時の勇気は、衝動なのか、それとも――恋の始まりなのか。
自分でも気づかない想いは、夜の静けさに溶けていった。
机の上には、昼間使ったままの糸がまだ並んでいる。 青を基調にしたグラデーション。
彼が選んでくれた一本と、まったく同じ色合い。
指先でそっと糸を撫でると、不思議と胸の奥が温かくなる。
気づけば手が勝手に動き出していた。
「同じの、欲しいな……」 小さく呟いて、頬が熱くなる。
ひと編み、またひと編み。編み進めるたびに、昼間の彼の姿が鮮やかによみがえる。
やがて一本のミサンガが完成すると、私はそっと自分の右手首に結んだ。
青い糸が月明かりに照らされて、静かにきらめく。
――同じ色。同じ柄。 彼と、私だけのつながり。
胸の奥に輝く小さな秘密を抱えたまま、私はベッドで横になった。
眠りは浅く、何度も携帯を手にしては、袋の奥に忍ばせた紙のことを思い出していた。
布団に潜り込んでも、心はまるで走り続けているみたいに落ち着かなかった。
手首に結んだばかりの青いミサンガが、肌に触れるたびに胸が高鳴る。
――彼は、あの袋の奥に忍ばせた紙をもう見ただろうか。
名前を、知ってくれただろうか。
期待と不安が交互に押し寄せて、眠りは一向に訪れない。
そんなとき、不意に携帯が震えた。 画面に浮かぶ知らない番号。
ベッドから飛び起き、手のひらが汗ばむ。
勇気を振り絞って通話ボタンを押す。
耳に届いたのは、少し緊張した、けれどまっすぐな声だった。
――「……△△です。あの、〇〇さん?」
自分の名前。 彼の声で呼ばれた、自分の名前。
その瞬間、世界が一気に色づいていくように思えた。
息が詰まりそうになりながら、私は必死に返事をする。
「……はい」
それだけで、涙が出そうだった。
鮮やかな光に包まれるみたいに、心が彼へと惹かれていく。