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第一章 彼女視点 第二話──きっと一生、忘れられない笑顔

彼を△△。彼女を〇〇。

読者様の名前や好きだった人の名前に置き換えてお読みください。

「ふぅ…」 

 

息を止めていたのが解けた瞬間、顔が熱くなる。

 

まだ心臓が跳ね上がったまま落ち着かない。 


まさか、今日こんなふうに声をかけられるなんて思っていなかった。

 

ドアが閉まってからもしばらく呆然と立ち尽くしていると、横から肩を小突かれた。


「ふふっ、顔まっかじゃん」 


振り返れば、にやにや笑いを浮かべた女子マネがこちらを見ていた。

 

「……ち、違うし!」


 慌てて否定すると、彼女はさらに笑みを深める。 


「分かりやすいなぁ。でもさ、気になるでしょ? あの人」

 

胸がぎゅっと縮まる。図星だった。


けれど、頷く勇気もなく、私は俯いたまま机の角を指先でなぞった。

 

女子マネはそんな私を見て、小さく息を吐く。


「――△△先輩だよ」 


声を潜めるようにして、彼の名前を告げた。

 

――△△先輩。

 

音の一つ一つが、心の奥に静かに落ちていく。


 彼がこの学校に通っていて、同じ空間にいるのに、今まで知らなかった名前。 


それを知っただけで、胸の奥が温かくなっていくのを感じた。

 

「覚えときなよ。あの人、すっごく真っ直ぐな人だから」 


女子マネがいたずらっぽく微笑む。


私は小さく頷くしかなかった。

 

この学園祭が終わってもまた教室の窓から彼の姿が見れるし、これで終わりじゃない。

 

またいつでも会えるよね。その時はこっそり心の中で名前呼んじゃおう。

 

そう気持ちを切り替えて、模擬店の接客に戻った。



数十分が過ぎた。 もう一度戻ってくることはない――そう思っていた。

 

「……あれ、先輩? また戻ってきてくれたんですか?」

 

女子マネが気づいて声をかけた先に目を向けると彼が一人で入ってきていた。 


思わず息を呑み、胸の奥が大きく脈打つ。

 

「さっきは仲間と一緒でゆっくり見られなかったから」

 

なるべく平静を装っているようだったけれど、その声はわずかに震えていた。 


「そうなんですか。じゃあ、ぜひ選んでいってください!」 


女子マネの明るい声が教室に響く。机の上にずらりと並んだ色とりどりのミサンガ。


 ――どうか。どうか、あの青を。 心の中で必死に祈る。


自分が編んだその一本に、彼の手が伸びることを。

 

彼の指先が、青のグラデーションの一本に止まった。 


「……じゃあ、この青いの」

「なんでこれにしたんです?」 


女子マネがからかうように問いかける。

 

「……自分の好きな色だから」

 

その言葉に胸が熱くなり、息が苦しくなる。 


偶然なのに、まるで奇跡のように感じられた。

 

私は震える手で袋を取り上げ、そこにミサンガを入れようとした。


そのとき、女子マネが机の下から小さく私の手を叩く。


 視線を落とすと、彼女がそっとメモ用紙とペンを差し出してきた。


 ――今しかないよ。

 目がそう訴えていた。


 私は必死にうなずき、袋の奥へと小さな紙を忍ばせる。


 震える手で書いた、自分の名前と連絡先。

 

用意を終えると、袋を彼に差し出した。ほんの一瞬、指先が触れ合う。

 

「……ありがとうございます」

 

彼にそう言ったとき、柔らかく笑った。 わずかな時間だったのに、その笑顔が鮮やかに胸に焼き付いて離れない。


きっと一生、忘れられない笑顔。

 

彼は軽く会釈して、教室を出て行った。 


「まいどー! 他の先輩たちにも買うように伝えてくださいね!」 


女子マネの明るい声が背中を追いかける。

 

残された私は、鼓動の早さをどうすることもできなかった。 


袋の奥に隠した小さな紙――彼がそれを開く瞬間を想像するだけで、胸が熱くなった。


ドアが閉まる音がして、教室に再びざわめきが戻った。 


私はまだ、袋を渡したときの温もりと彼の笑顔を思い出して、胸の鼓動が落ち着かなかった。

 

「……ふふっ」


 隣から小さな笑い声が聞こえてきて、思わず肩をすくめる。

 

「な、なに?」 


精一杯平静を装って問い返すと、女子マネは頬杖をついてにやにやしながら言った。

 

「いやぁ、すっごい顔してたなって思って」


「……すっごい顔って、なによ、それ」 

「だって、もう見てて分かったもん。緊張しすぎて声震えてたし」

 

図星を突かれて、言葉に詰まる。顔に熱が集まるのを隠せなくて、机の上のミサンガをいじることで誤魔化した。


「でもね」 

女子マネはふっと表情をやわらげ、今度は真面目な声で続けた。 


「さっきの先輩、すごくいい顔してたよ。……ほら、〇〇が“ありがとう”って言ったときの」

 

その言葉に胸がじんと熱くなる。私の中でも、その瞬間は鮮やかすぎて焼き付いていた。

 

「△△先輩ってさ、真っ直ぐで負けず嫌いだから。走ることにも、きっと気持ちにも誤魔化しなんかできない人だよ」 


女子マネがそっと背中を押すように言った。

 

「……そんなの、まだ分かんないよ」


 かろうじてそう返したけれど、声は小さくて説得力がなかった。

 

女子マネはくすっと笑って、私の肩を軽く叩いた。 


「大丈夫。あとは時間の問題だなー」

 

その笑顔に、胸の奥が温かくなる。


彼に渡した小さな紙――自分の名前と連絡先。 


それを思い出すだけでまだ見えない明日が、少しだけ近く感じられた。

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