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第一章 彼女視点 第一話──教室から眺めていた彼の姿

彼を△△。彼女を〇〇。

読者様の名前や好きだった人の名前に置き換えてお読みください。

「ねえ、この模様どうやって編むの?」

「ここ、糸を交差させてぎゅっと引っ張るだけだよ。そうそう、それを繰り返して…。こうするの」


 放課後の教室は、学園祭の準備でいつもより活気であふれていた。

 飾りつけに画用紙を切る子、ポスターに色を塗る子。


 そんな中で私は、机に並んだ糸を手に取り、友達にミサンガの編み方を教えていた。


 昔から手先が器用で、こういう細かい作業は得意だった。


 気づけば自然と「教える係」になっていて、みんなに頼られるのが少し嬉しかった。


「わー、やっぱり○○がやるときれいだね!」

「ほんと器用すぎ。家庭科の先生より絶対上手い!」


 からかうような声に笑いながら、私は指先で編み目を整えた。


 そのときだった。

「先輩ーっ! ラストもう一本です!」

 教室の窓際から、ひときわ大きな声が響いた。


 声の主は、同じクラスで親しい友達でもあり、陸上部の女子マネージャーだ。


 大会が近いらしく、学園祭の準備も部活もしなきゃいけなくて大変だと、愚痴をこぼしてた。


 彼女の大きな声に引き寄せられるように、私もふと窓の外へと目を向けた。


 夕暮れに染まるグラウンド。 短距離のスタートラインにしゃがみこみ、鋭い眼差しで前を見据えるひとりの姿。


 パンッ、と乾いた音が響く。


 彼は一気に地面を蹴り、まっすぐに駆け抜けていった。

  

 風を切るように軽やかで、それでいて全身をぶつけるような真剣さ。


 汗がきらめき、呼吸を乱しても決して止まらない。


 ――あっ。


 その瞬間、胸の奥で何かが強く跳ねた。 


 同じ学校に通っていて、すれ違ったことくらいはあるはずなのに。


 こんなに真っ直ぐに真剣な表情をする人の姿を見るのは初めてだった。


「さすがだよねー、あれでまだタイム伸ばそうとしてるんだから」

 

 女子マネの声が弾んで聞こえる。


 私はただ、窓の外に釘付けになって編む手が止まっていた。


 気づけば、その日から毎日のように放課後になると窓をのぞくようになった。


 学園祭の準備をしながらも、心のどこかで外のグラウンドを気にしてしまう。


 仲間とバトンを持って話す姿。女子マネとノートを見ながら何かを確認している姿。


 走り抜けたグラウンドをゆっくり歩きながら戻る姿。


「〇〇ー!これ変になっちゃたー(泣)。直せるかなー」


 名前を呼ばれてハッとし、学園祭の準備に戻る。前日までこんな繰り返しの日々だった。



 昼を過ぎた学園祭は、ますます賑やかさを増していた。

 教室の中ではミサンガを見に来るお客さんが次々と訪れ、そのたびに私たちは声を揃えて「いらっしゃいませ」と迎える。 


 机の上には、色とりどりの糸で編んだミサンガが並んでいる。


 中でも、青いグラデーションの一本が私の心を占めていた。


 ――そのとき、教室の入口がざわついた。 


 振り返ると、陸上部の先輩たちが入ってくる。


 その中に、窓から何度も見てきた彼の姿があった。 


 胸が詰まって呼吸を忘れるほどだった


「先輩方、いらっしゃいませ!」 


 女子マネの元気な声が教室に響く。彼女はいつも通り堂々としていて、その明るさに救われる思いがした

 。

「このミサンガ、私たちの願いを込めて編んだんです!効果バツグンですよ。きっと自己ベストも更新できます。それに――」


 彼女はわざと溜めを作り、にやっと笑って言った。 


「部活バカの先輩たちにも、春が来ちゃうかもしれませんね?」

「おいおい!なんだよその言い方! 俺ら全員彼女いない前提か!」

「だって、事実じゃないですか!」

「ぐっ……!」

「やっぱりね!」


 わいわいと盛り上がる声に混じって、私の胸は苦しくなるほどに高鳴っていた。 


 そのとき、彼と目が合った。世界が止まったように感じた。


 喉が詰まって、でも笑顔を作って声を絞り出した。 

「よかったら、どうですか?」


 彼は一瞬きょとんとしたように見えた。 


 そして少し間を置いて、困ったように視線を下げながら答える。 

「あ、ああ……」

「どれも綺麗だね」

「クラスのみんなで頑張りました」

「あ、そうなんだ」 


 もっと何か話したいのに、心臓の鼓動ばかりがうるさく響いていた。


「そろそろ行こうぜ」

「えー!もう行っちゃうんですか?何か買っていってくださいよー」

「俺らも休憩中でそんなに時間ないんだよ。あとで俺らの模擬店にもおいで」

「わかりました!ウーバーしに行きますね!」

「配達に来るんかい!(笑) じゃあまたね!」


 そんな楽しそうな会話を先輩たちとしている女子マネの横で微笑みながらも、


 ――また来てくれたらいいな。


 と心で思いながら、教室を出て行く背中を見届けた。

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