第一章 彼視点 第二話──始まりの笑顔
彼を△△。彼女を〇〇。
読者様の名前や好きだった人の名前に置き換えてお読みください。
たくさんの人の間をすり抜け、教室に戻ってきた。
中をのぞくと、さっきよりも人が少なくなっていて、
机の上のミサンガと、あの子の横顔が少し傾いた日差しに照らされて輝いていた。
「……あれ、先輩?また戻ってきてくれたんですか?」
女子マネがすぐに気づいて声をかけてくる。
女の子は驚いた表情でこちらに振り返った。
その笑顔には、どこか意味ありげな色が混じっていた。
「さっきは仲間と一緒で、ゆっくり見られなかったから」
なるべく平静を装って答えるが、声がわずかに震えているのを自分でも感じた。
そんな僕と女の子を見て、
「そうなんですか。じゃあ、ぜひ選んでいってください!」
女子マネは、今度は少しからかうような笑顔で、机の上に並んだミサンガへと手を広げた。
赤、緑、黄……。どれも鮮やかで工夫されている。
その中で、ふと視線が止まった。濃淡がなめらかに移り変わる青のグラデーション。
編み込みがひときわ丁寧で、どこか惹かれるものがあった。
僕は少し迷ったあと、口を開いた。
「……じゃあ、この青いの」
「なんでこれにしたんです?」
女子マネが首をかしげて問いかけてくる。
「……自分の好きな色だから」
迷いなくそう答えていた。
青は、僕にとって挑戦の色だった。
勝負に挑むとき、走り出すとき、気持ちを奮い立たせてくれる色。
ただ、それ以上の理由はうまく言葉にできなかった。
「なるほど、先輩らしいですね」
女子マネが笑ってそう言い、場が少し和んだ。
「……ありがとうございます」
隣にいた彼女が小さな袋を手に取り、両手で差し出してきた。
受け取ったときにわずかに触れた指先の温もりに、胸の奥が高鳴る。
袋を手にしたまま、僕は軽く会釈して教室を後にした。
背後から女子マネの明るい声が追いかけてくる。
「まいどー! 他の先輩たちにも買うように伝えてくださいね!」
「……ああ」
振り返らずに小さく答え、廊下へ足を踏み出した。
少し歩くと、先に行っていた仲間二人が待っていた。
「おー、戻ってきたな!」
「なんだよ、随分長かったじゃん。……お前、そんなに彼女欲しかったんか?」
「ち、違うって!」
思わず声を荒げると、仲間はニヤニヤと笑って背中を軽く叩いてきた。
「まあまあ、学生のうちにしかできないだろ、こういうの」
「……からかうなよ」
頬が熱くなるのを必死で隠しながら、曖昧に笑ってごまかす。
けれど、手の中に残る袋の重みが、どうしても心を静めてはくれなかった。
そのあとは自分たちのクラスに戻ってしっかり働き、あっという間に学園祭は終わった。
あれだけ頑張って準備して飾った教室も、暗くなる頃には元の姿に戻っていた。
この学校は学園祭と体育祭が一年ごとに行われるため、僕らにとっては最初で最後の学園祭だった。
賑やかで忙しかった一日。明日からはまたいつもの日常に戻る。
家で一日の疲れを癒やしながら今日を振り返った。机の上の袋を開けてみる。
丁寧に編まれた青いミサンガ。そっと右足首に結んだ。
女子マネの言う効果があるのかはわからないけど、いつも頑張って走ってくれる足に願いを込めながら結んだ。
袋の中には、小さく折りたたまれた一枚のメモ用紙。
――なんだろう。
なぜか手が震えた。ゆっくり広げると、とても綺麗な文字で女の子の名前と連絡先が記されていた。
――〇〇(女の子の名前)って言うんだ。
初めて呼んだ。とても素敵な名前だった。
それだけで、世界が大きく色づいていくような感覚に包まれていた。
――今、電話しても大丈夫かな。今日のお礼が言いたい。
そう思い携帯を持つ。次の一歩を踏み出すための勇気は、
あの笑顔を思い出すと自然と湧いてきた。