第一章 彼視点 第一話──学園祭の出会い
彼を△△。彼女を〇〇。
読者様の名前や好きだった人の名前に置き換えてお読みください。
昼下がりの校舎は、普段の落ち着いた空気が嘘のように熱気を帯びていた。
廊下を歩くだけで、焼きそばの香りや呼び込みの声が入り混じって賑やかさを増している。
クラスの出し物を交代で回していて、今はちょうど休憩中。
僕は同じ陸上部の仲間ふたりと連れ立って、学園祭を見て回っていた。
「なあ、この時間なら1年の教室、空いてるんじゃね?」
「お、マネージャーのクラスだろ?行こうぜ!」
仲間が口にしたのは、僕らの部を支えてくれている女子マネージャーのクラスの模擬店だった。
普段はグラウンドの隅でタイムを測ったり、練習後に笑顔でタオルを差し出してくれるとても仕事熱心で、
先輩後輩の壁もなく接してくれるとても明るい後輩だ。
いつも世話になってるし、少しは顔を出してやるか、という軽い気持ちで足を向けた。
賑やかな教室に入ると、机の上に色とりどりの小物が並び、その中でひときわ目を引いたのは、
手作りのミサンガがずらりと並んでいる机だった。
「あっ!先輩方、いらっしゃいませ!」
元気な声で呼びかけてきたのが女子マネ。
部活のときよりもさらに明るい表情で僕らを見ている。
「このミサンガ、私たちの願いを込めて編んだんです!効果バツグンですよ。きっと自己ベストも更新できます。それに――」
女子マネは一瞬言葉を切って、にやりと笑った。
「部活バカの先輩たちにも、春が来ちゃうかもしれませんね?」
「おいおい!なんだよその言い方!俺ら全員彼女いない前提か!」
仲間のひとりが声を上げる。
女子マネは口元を押さえて笑いながら、さらりと言った。
「だって、事実じゃないですか!」
「ぐっ……!」
「やっぱりね!」
女子マネはさらに目を細め、楽しげに言葉を重ねる。
教室の中がどっと笑いに包まれた。
その横で僕は――女子マネの隣に立つ、見覚えのない女の子に目を奪われていた。
少し照れくさそうに微笑むその顔を見た瞬間、胸の鼓動が跳ね上がる。
周りの笑い声も、教室に流れる音楽も遠ざかり、女の子の笑顔だけが焼きついた。
「よかったら、どうですか?」
ミサンガをいくつか手にとりながらそう声をかけてきた。
「あ、ああ……」
返す自分の声が妙に上ずって聞こえる。
「どれも綺麗だね」
「クラスのみんなで頑張りました」
「あ、そうなんだ」
胸の鼓動が気になって、何を買うかも次の話題も見つけられず、結局曖昧な笑みでごまかしてしまった。
「そろそろ行こうぜ」
「えー!もう行っちゃうんですか?何か買っていってくださいよー」
「俺らも休憩中でそんなに時間ないんだよ。あとで俺らの模擬店にもおいで」
「わかりました!ウーバーしに行きますね!」
「配達に来るんかい!(笑) じゃあまたね!」
仲間の声に押され、僕はその場を後にした。
廊下へ出た瞬間、ざわめきが押し寄せてきた。
けれど胸の奥には別の音が鳴り続けていた。
「……あの子の名前、なんて言うんだろう。」
小さく呟いた声は、仲間の笑い声に紛れて消えた。
その後も色々な催しを仲間と見て回った。
体育館ではダンス部がどこかのアイドルの曲で踊っている。
クラスに1人はいるお調子者のお笑いライブは、びっくりするくらい滑っていた。彼にとっては、きっと人生の黒歴史になるだろう。
どこの模擬店も活気に溢れ、いつもの学校の賑やかさとは違う。
うるさくも居心地の良い雰囲気だ。
それなのに、ふとした時にさっきの光景を思い出す。
あの女の子の笑顔が、眩しいくらいに焼きついている。
(――もう一度話したい。)
気づけば僕は仲間ふたりに「悪い、先に行ってて」と声をかけていた。
驚いたように振り返る友人たちを背に、
僕はひとり、あの教室へと戻っていった。