第5話-1 腐った警官
お珠は恥ずかしがり屋だ。ハリさんとの交際について恥ずかしくて誰にも喋れなかった。
事故を心配してくれた親友の気迫に負けて、お花にだけは「足を折ったときの治療」の話をするのが精一杯。
もちろんお花が他人に喋ることはないのは知っていても、やっぱり恥ずかしい。
「だからね、あの、え~っと…… 恋人っぽいとかそういうこともなくて、実際、足がこれだからハリさんの役に立たないし」
部屋の片付けとお掃除くらいはしてあげたいのに、足がこれではかえって迷惑を掛けてしまう。
お珠は真っ赤になりながら、言い訳のような言葉を並べている。
「あらあら、ハリさんだってお珠のことが気になってたと思うんだけどなぁ。毎日、お家で逢い引きして、イチャイチャしてる感じ?」
「ううん、そんなことないよぉ。それに、そもそもあれは母さんのごり押しだったし」
ハリの治療院を見ただけで顔を赤らめる乙女である。
あの日の恥ずかしさを思いだしたからなのか、それとも愛しい男がすぐそばにいると思ったからなのか。
もちろん、後者だろうと親友のお花は確信している。
「何言ってるのよ。オバさんだって、ちゃんとお珠のこともハリさんの気持ちも分かって言ったに決まってるじゃない!」
「私はそうなんだけどぉ」
「まだ、そんなこと言ってる」
お花は親友の「奥手」が歯がゆくて仕方ない。なんといってもお珠は二大美少女である。下町でも知られた美貌で、勉強だってできる。家業の手伝いだって一人前だし、料理もなんでも万能なのである。
それなのに、本当にこっちの方だけは奥手なのだ。これだけ可愛いのに彼氏どころか浮いた話一つない。
オトコの子からの告白は数知れず。家には立派なお相手から見初められての見合いの話が引きも切らない。それなのに、今までずっと「ハリさん、ハリさん」ばっかりだったという事実をお花は知っていた。
だからこそ、お花はニマニマしながらも突っ込んで聞き出してしまいたくなる。
長年の恋の成就に仲間内は盛り上がっていた。松葉杖のお珠の荷物を持つのも、こうして恋バナを聞き出せるのは役得みたいなものだった。
どうやらお珠の「口」は堅そうだと見るや、お花はわざとガッカリした表情をしてみせた。
「じゃあ、ハリさんはぜんぜん会ってくれないんだね? ふ~ん、お嫁さんにしてくれるなんて言っておいて、ずいぶんと冷たい人なんだね」
カマをかけるお花である。
「違うよ! 冷たくなんてない! すごく優しくて。毎日、晩ご飯を一緒に食べてくれるんだよ!」
動けないから時間はかかるが、毎日、一品だけでもと頑張っている。母の煮物と一緒に持っていくと、ちゃんとお花の作った料理を誉めてくれるハリさんだ。
「美味しいって、いっつも言ってくれて、いっぱいいろいろと誉めてくれるし、食べた後はい~っぱいお話してくれて。帰る時だってしっかり支えてくれるし、それから、それから…… あっ」
親友のニマニマした顔を見て「やられた」と気付いたお珠だ。
「なぁんだ。もう~ ごちそうさま。ちゃんと式には呼んでね」
「あん! まだ、ホントに、そんな風になってないんだよぉ」
ホントのこと。まだ、一度も正面から抱きしめてももらってないし、キスもまだ。けれどもお珠が一緒にいることを楽しく感じてくれるのだけは、伝わってくる関係だ。
それだけでも、今は心が温かい。幸せだった。
お珠の店の裏口まで来ると、馴染みの店員さんがお嬢様の荷物を受け取りに来てくれた。
「じゃ、また明日、迎えに来るからね!」
「うん。ありがとう! また、あした」
よくある、友だちとの挨拶だった。
しかし「明日」が、ないことなど知らなかったのである。
翌朝、お花はやってこなかった。