第4話-1 花と喜一
親友のお花とお珠。並んで歩く帰り道。
松葉杖のお珠の荷物を当たり前のこととして持ってくれている。幼い頃から助け合ってきた、実に頼りになる親友だ。
「今日のマナーの授業で習ったお行儀作法は足が治ったら練習しないとね」
「うーん。お華族様のお屋敷にお勤めするなんて無さそうだから、一応、知っていれば良いかなぁ」
針治療のお陰で痛みは全くないが、骨がつながるまではガチガチに固められている。「お華族様の家に招かれたときの礼法」の実習では、見学だけのお珠だった。
いろいろな授業があったが、本日の一番のトピックスはイス席でのテーブルマナーを実際に練習したことだろう。旧水戸藩の流れを汲む華族のお家に女中頭として務めた女性が先生だった。
実際問題として庶民がお華族の家に招かれることなど奇跡の部類だろう。しかし、実際に自分に必要になるかどうかと憧れは別の話。
いつもにも増して、全員がとても熱心に参加した授業だった。
お珠は自分の言い方が冷たかったかなと思って、慌てて言葉を付け加える。
「でも、ほんと、高等小学校に通えて良かったよね」
「うん。私もお珠ちゃんも恵まれてるよね-」
平民の子どもは寺子屋を改組した尋常小学校で基礎までというのが普通だ。そこで計算と基本的な読み書きを教わったら社会に出る。
基礎学校で学力を認められた子どもや、お金を持った家の子どもが通うのが、今通っている女子第二高等小学校である。
これは、各地方に一つしかないので、家から通えない子どもは寮に入るしかない。その分、お金が余分にかかる。
ただでさえ尋常小学校の成績優秀者であっても授業料は必要だ。成績が認めてもらえなければビックリするほどの費用を払う必要がある。
だから、普通は「できる子どもが通う学校」という認識だった。
逆を言えば高等小学校に通う子どもは出世する可能性が高い。庶民の間でも子どもの結婚相手にと、早くから目を付けられる。
それと、数は少ないが、見た目の良い女子などに経済条件や相続の見込みのない名家が目を付けることもあった。
お華族様や元士族のそれなりの階級ともなれば相手にも一定の教養を求めるからだ。自家が没落していようと、後妻を求める時であろうと、あるいは側室を求める時であろうと、高等小学校を出るくらいは最低条件となる。
「でもさ、いろいろとヘンな声がかかるのはちょっとね」
お花の表情は露骨に嫌悪感が出ている。お年頃に差し掛かった美少女だけに、ひっきりなしに声が掛かるのだ。真面目なものから「妾にならないか?」的なモノまであった。
「そうよね。ウチにも、また照会状が届いたみたい。もちろんおっ母さんが断ってくれたけど」
下町にある女子第二高等小学校の二大美少女のひとりだ。お珠が足を大怪我したという噂を聞きつけたのだろう。「高等小学校に通う、歩けない美少女」という話は妾にピッタリと考えた男達から、地方からも照会状が殺到する始末。
もちろん、母親は「既に、話が決まっております」と丁寧なお詫び状をセッセと送り返している。
「ホント、私たちは運が良いよね」
お花には既に喜一という許嫁もいるし、と言外にお珠。
クスッと笑って見せて、親友の褒め言葉に同意するのはお花だ。
何よりも運が良いのは「娘を売り飛ばそう」なんて考えない、ちゃんとした親がいてくれることかもしれない。
お花の許嫁を頭に浮かべながらお珠は言った。
「男子だって、大変だよね。大学なんて猛勉強が必要だし、かいしゃ? とか言うのに入るんだって大学が必要なんだろ? 軍人さんだとか、警察官ならすぐになれるらしいけど、なってからだって訓練が厳しいんでしょ?」
「みたいよ。年中、アザだらけだもん」
「わ~ ふふふ」
「なによ、なんか、お珠の顔エッチだよ」
「だってぇ。お花のことだから、きっとあっちこっちを冷やして上げてるんだろうなぁ~って。ごちそうさま」
「もう! そんなことないんだからね!」
アザだらけの身体を見たことがある、という関係だ。相変わらず仲が良いんだなとお珠は思ったのは、ナイショだった。