第3話-1 「痛み」は消しちゃわないとダメだよね
肌を出す出さない、なんて話じゃない。乙女として、たとえ着物を着ていても絶対にしたくない格好をさせられて、青息吐息。
もはや、あまりの羞恥で声も出なくなったらしい。
横向きになって背中を丸めた側臥位と呼ばれる体位をさせていた。
こうすると脊椎の間が広がりやすい。前世では、この体位で腰椎麻酔(通称「腰麻」)を掛ける。虫垂炎や痔の手術くらいならできるほど。
後ろから、大事な所が全部見えちゃっている格好をさせている。
さすがにおマサさんも何か言いたそうだったけど、グッと堪えてくれたのは下町の肝っ玉母さんだけはある。
「おっかさ~ん。もうダメッ。あたし、お嫁に行けない」
「ハリちゃんを信じなさい。恥ずかしいのは分かるけど、今は治すことだけを考えるの。後で、ちゃんとおっ母さんから話してあげるから。今は我慢をおし!」
下半身麻痺に気付く余裕がないらしい。それが何を意味するのか分かってないのはむしろありがたかった。
『こうして恥ずかしがってくれてる方がマシだよ』
正面からお珠ちゃんの手を握って「大丈夫。骨は拾ってあげるよ」と、怪我人に縁起でもない励ましをしてる。
もー、そっちは知らん。
ともかく腰周辺に浮かんだ十箇所以上ものツボに長針を異能で撃ち込む。針の痛み自体は感じないはずだ。
次の瞬間、お珠ちゃんが、さっきと別の悲鳴を上げた。
「痛い、痛い、痛い! なんで? どうしてなの? 足、痛いよぉ! 直してくれるんじゃなかったの!」
慌てて左脚の痛覚をブロックする針を打ちたいところだけど、先に腰椎周辺に撃ち込んだ針を抜かないと。
「暴れないで! 足をばたつかせたら」
もっと、いろいろと見えちゃうから、と言う言葉は引っ込めた。でも、お珠ちゃんも気付いたのか両脚をグッと閉じた。ただひたすら身を固くしようとしたのが乙女心。
力が入るようになったってことは、大丈夫なわけだ。
ホッとした。
針は腰椎から臀部に掛けて十数カ所。デリケートな場所にも深い針が打ち込まれてる。
腰と同じ高さに屈んでいるから、全部見えちゃうじゃんっていうか、ごめん。しっかり見てしまった。
ちゃんと見ないと外せないからね。さすがに、こんな場所を「手探り」したら、そっちの方がヤバい。
全部抜いてから、足の痛みを一時遮断するツボに針を入れる。その後で骨折を修復した。
何だかんだで、2時間以上経っていた。
骨折の痛みを遮断したけど、お珠ちゃんは「もう無理ぃ、お嫁に行けない」とぶつぶつと天井に向かって呟いてる。
毛布を掛けてから、オレは聞いてみた。
「ところで、なんで馬になんて跳ねられたんだ?」
「それはその「この子は、ボーッとしていたから事故なんかに遭うんだろ」」
おマサさんは、娘が無事な喜びを押し隠すためなのか、それとも娘の大事な所をオレみたいなヤツに全部見せてしまった照れ隠しなのか、つっけんどんに娘の言葉を遮った。
確かに道は整備されてきた。歩道も区分けされているし、馬に乗る方も十分に注意している。
これで事故に遭うなんて子どもくらいだ。
「違うの! あれは事故なんかじゃない! 突き飛ばされたんだもん!」
「「え?」」
そこから、話を聞いてみたら、恐るべきことだった。このあたりに居を構える武芸者が、このところ言い寄ってきた。
ずっとソデにしていたら「オレのものにならないとは良い度胸だ」と、そいつが馬車に向かって突き飛ばしたらしい。
武芸者っていうのは、元はと言えば各藩の指南役だった人間だ。明冶の御維新前には、さんざんに人を切りまくったヤツらが大勢いる。
そいつらが、お開化で藩がなくなって食にあぶれた。
現在は、警察官などに通いで武芸を教える仕事をあてがっていた。さもないと、例外なく武術に関する異能持ちだけに、治安が悪化してしまうからね。
並み居る剣士をなで切りにできるほどで、誰もが「どこそこの藩で剣術指南役だった」という触れ込みをひけらかす。まあ、たいてい、そういう奴は素行に問題があって流れてきているんだけど。
くだんの男はこの街に住んで、警視庁の剣術指南役となっている男だ。本来は警察官にするべきだ。しかし、ご多分に漏れず素行が悪いため道場にだけ呼んで剣術を教える仕事を任されているというわけ。
剣術は圧倒的らしい。
「どうしよう? オレのモノにならなければわかるなって突き飛ばされたの」
お珠ちゃんの言葉に、唖然とするしかなかった。