第2話-2 針之信
止める暇もあらばこそ。
母親の手が帯をスルリと抜き取ると、あっと言う間に「お腰」を含めて着物を剥がされてしまったのだ。
あっちこちに血の出ている傷はあるが、目立った傷口は見えない。脚だけが問題らしい。
着物はともかく「お腰」と呼ばれる腰巻きまで脱がす必要はないんじゃという突っ込みは必要ない。実は腰巻きこそ脱がす必要があったからだ。
お珠ちゃんは失禁していた。本人が気付く前に脱がせて上げたのだ。お年頃の娘の心情に気を使ってのことだろう。いや、心情に気遣っているのか?
オレの前なのにってな言葉を挟めないくらい、真剣なおマサさん。
「ハリちゃん、さあ、これでどう! さっさと確かめておくれよ!」
もう、腹をすえるしかなかった。
「ここはどう? こっちはどう? ここは?」
年頃のお嬢さんだけど、オレは無遠慮に足首から腿へと強めに摘まんでいった。
お珠ちゃんは力なく首を振り続けた。ホントは確認するまでもない。汚れた部分をおマサさんが手ぬぐいで拭いていても、ちっとも気付いてないのだから。
悪いことに、感覚がないのは左だけではなかった。どうやら腰椎で神経がやられて下半身麻痺の状態らしい。
横で見ているおマサさんも、それがわかるんだろう。無理して娘に笑顔を見せているけど顔色は悪い。けれども軽口はいつも以上だ。
「あらあら、役得だねぇ、お珠。大好きなハリちゃんに自慢の部分を見せられたし。これで、たーんと治してもらえるよぉ。良かったねぇ、ふふふ」
そんな風に笑いかけるおマサさんだけど、見えないところで拳を握りしめてブルブル震わせている。
お珠ちゃんは恥ずかしさで真っ赤だ。極度の羞恥で「下半身の感覚がない」という重大な事実に考えがいってない。母親の作戦のお陰なのだろう。
それもこれも「この瞬間だけ誤魔化せば、ハリちゃんが何とかしてくれる」という信頼ゆえなのだろう。
だが、どうする?
『クソッ、この時代に全身麻酔をかけた再生手術なんて無い。レントゲンすらないんだぞ。どうすりゃいいんだよ』
そうなんだ。オレの中身はタイムスリッパーだ。前世を思いだしたのは、この世界の12歳が異能を授かる12歳の誕生日だ。
F県となってしまった旧大藩領主の嫡男だけど戦闘用ではなく「針治療師」という異能を授かった。
こいつのヤバさに気付くまでに2年かかった。タイミングを見て「死んだと思ってくれ」と置き手紙をして家を出たのが4年前。流れ流れて、江戸の……いや、今では「東京」となった都の下町に針治療院を開いて暮らしてきた。
それにしたって、いくら針治療でも、神経損傷までは…… え? ツボが見える! 治せるのかよ!
異能「針治療師」は治療に必要なツボが浮かんでくるんだよ。治せるからこそツボが浮かんだんだ。
「おマサさん、やってみるから手伝って。身体を横向きにするんだ」
「あいよ。え? あ、えっと、これでいいのかい?」
お珠ちゃんが、顔を押さえながら、息も絶えそうな様子で「やめて」「許して」「恥ずかしい」と叫んだのは当然だった。
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