第17話 別の歴史へ
「ハリ坊のおかげだぜ。全くよぉ。大事な時は助けられてばっかしだなぁ」
「本職ですから」
「いやいや。深くは聞かねぇけど、本職の針治療師にはデキねぇ芸当だって事くらいは承知してるぜ」
ニコニコとしながら人たらしの笑顔を見せる。
「安心しろ。今回はただ働きにしておいたからな」
さすがだ。言わなくても、ちゃんと分かってくれてる。
「今回の麻酔施術はドイツ人の助手の名人芸によるものなんだよ。いや、実に残念だった」
心底、残念そうな表情までしてみせるのが芸の細かいところだろう。
事前に「施術中は一切喋るな」と言われていたのは、これを予定していたからだと今さらながらに気付いた。
オレの異能を悪用されないようにと言う勝先生の配慮に違いなかった。
「お上もたいそうお喜びでね。言葉を賜るって話があったんだよ。残念ながら大きな仕事に全力を使い果たして、故郷の独逸にご帰国だってえ寸法だ」
人を食った笑みをオレに向けると「残念だったな」と、ちっともそう思ってない言葉だ。
「ありがとうございます」
鼻の下を指でゴシゴシっとこすったのは照れ隠しだろう。五十を過ぎても悪ガキの仕草が抜けてない。
「ハリ坊が、オレのためにやってくれたんだ。いや、日の本のためにってことかもしらねぇけどよ」
「私にとっては同じこと」
「その気持ちは無駄にしねぇ。絶対にまとめてきてやるからよ」
すでに「つもり」はいろいろと考えてあるに違いない。おそらく、勝先生が薩摩に着きさえすればきっと上手く行く。そんな気がした。
しかし、世の中には「上手く言っては困る人」もいるらしい。
まもなく横浜が見える山道を抜けようとするところに十数人の人影があった。
「あそこにたむろしている連中は、どうにも待ち人がいるようですね」
「あぁ、オイラは人気者だからねぇ」
カッカッカッと笑って見せるが、実は勝先生ご自身は全く剣を使えないというよりも、御維新の後は脇差しを形ばかりに差しているだけ。それも竹光という話だ。
勝先生自身は命をやった張ったの場に遭遇することは数え切れないが、己が刀を振るって解決したことだけはないのである。
「笑い事ではありません。狙っているのは「あぁ、分かってる」」とこともなげにオレの方を手で制した。
明瞭に未来を見てしまう人だし、他人の気持ちが手に取るように分かる分だけ極めて小心者。嫉妬深くて、人の手柄は許せないタイプだ。しかも、身近にいる女に片端から手を出してしまう女好き。
民さんにとっては「悪いところだらけ」の小柄な男は、日本を背負っているときだけは人が違う。
大ぼらも吹くし、自分の命なんて塵芥のようにしか勘定しない巨大な男なんだ。
だから本当は、とっても怖いはずなのに、まるで「たまった書類仕事をどう片付けよう」と首を捻る事務官のような顔になっている。
「いまだに、俺を恨みに思っているヤツは多いからな~ しかも、元幕臣から狙われているワリに、薩摩の連中からも狙われてるってのは、日の本広しと言えどもオイラくらいなもんだろうよ」
かっはっはっ、と笑う先生は無理しているのだろう。
言葉には出さないけれども「龍馬がいれば」と思っているのかもしれない。
もちろん護衛という意味もあるが、それ以上に「龍馬がいてくれればとっくに解決してくれてただろう」という師弟関係を越えた信頼があるのを知っていた。
「だからよ。武装警察官の中から護衛を選ぶのにちと、苦労しているらしい」
こういう時の「護衛」選びは、個人だけではなく、その背景までも考える必要があるからだ。
「先生、私にこの場を任せていただけませんか?」
「ハリ坊にか……」
あごに手を当てて首を少しだけ捻ったあと「よし、任せた。ただし、ここはオレに任せて先に行けってのは無しだぞ。逃げるんなら一緒だ」と行ってみせるのが勝海舟なのである。
「ご安心を。しばらく足腰が立たなくなりますが。気付けば、半日で痺れも取れるでしょうよ」
「あ、なるほど。アレをこんなに遠く離れたところからやろうってのか。いやぁ、ハリ坊、そいつぁ、難儀な技を覚えちまったねぇ」
素早くオレの能力を嗅ぎ取って、しかも「難儀=困った」と定義してみせるあたりは、明敏な洞察能力だ。
『でも、先生、その力で助かるワケなんですけど……』
もちろん、言わぬが花というもの。
連中からしたら、狙っている人物が速度も変えずにノコノコと現れて「よし、押し包んでやっちまえ」となったところで、いきなり下半身が動かなくなるのだ。
「な、なんだこれは」
「腰抜けめ、いざというときに力が抜けるだと、あっ、なんだこれは、動けぬ、動けんではないか!」
「わぁあああ、だれか! 力がはいらねえ」
わめき立てている言葉に薩摩ナマリがないってことは、どうやら幕臣系のスジらしい。
先生も、こんな連中に命を狙われるんじゃ、やってらんないよなぁ。
ともあれ、そこを抜けて、最後の山を抜けたところで、最後の最後で斬りかかってきた少数の男達がいたのにはビックリだ。
連中はひと言も喋らずに襲いかかってきたけど、刀を抜いたところで
「チェストー」
えっと、黙っていても身バレする剣、じゃなかった件。
もちろん、瞬時に下半身の力を奪うから、そのままの勢いで前につんのめってくる。
薩摩男児は、転んでも刀を手放しませんでした。
いや、それは日露戦争のネタだから通じないよね。
ともあれ、勝先生を軍監まで送り届け、ついでにオレも護衛として同行することになったんだ。
しかし、船をまさに出さんとした時だった。
黒煙を上げて、目一杯の速度でやってきた一隻の軍艦。
もたらされたのは「大久保卿、暗殺」の悲報だったんだ。
わなわなと震える両手は、舷側を指が折れんばかりに握りしめていた。
これによって、明冶の日本 も 悲惨な国内戦争へと突っ走ることになったんだ。
もちろん、そこからは薩摩に行くどころの話ではなかった。昔歴史の教科書で読んだとおり「薩摩軍」は九州一帯を制圧してしまう。
けれども彼らの期待とは全く違って「日本中の武士達」は、呼びかけに応じることはなかったんだ。
そして、北九州に軍勢を集めて「いざ本州へ」となったところから、政府の海軍による反撃が始まったんだ。
そこから長きにわたった「西南の役」の話は、教科書にお任せだ。
オレとしては戦争なんてわからない。だから身近な肩こりと、社会の「コリ」を少しずつほぐしていこうとしていこうと思ってる。
もちろん、横には可愛い妻も一緒にいてくれるしね。
fin
※「竹光」:竹や木で刀身を作ってある模造刀。本来は重さを嫌っての儀式用である。鞘から抜かない限り絶対にバレないが、これを持ち歩く武士階級は少ない。
最後はバタバタになってしまいましたが、一度、これで「fin」を打たせていただきます。
応援、どうもありがとうございました。




