第15話 勝のゆううつ
新川は勝海舟の大ファンです。今回は、虚実織り交ぜて「史実っぽく」書いています。したがって全くの嘘ばかりではありませんが、歴史の教科書を書いているわけでもないことをご理解ください。
よって「歴史的事実」については、ご笑納ください。
赤坂氷川にある勝の邸は、海軍卿という重責を担っていた男にしては小さなモノだった。しかも元からある家を買い取ったため、純和風である。
勝手知ったる家だ。ハリは庭に回り込んで「勝先生をお願いします」と老女中に声をかける。名前も分からぬということは最近雇った者に違いない。
「今、すぐ」
慌てて中に入っていったが、これは本来ダメなこと。最低限、相手の名と目的を問わねばならない。
しかし、年の割に動きは素早かったのだろう。内儀の民が腰を下げたすり足でたちどころに登場した。
「まあ」
喜色のこもった声を上げた。
「ご無沙汰しております」
「針之信様、ほんとうに、ご無沙汰しております」
民が慌てて膝を着き、丁寧な辞儀をすると、後ろの幼児も素早くマネをした。
「いらっしゃいませ」
チビなりに、実にしっかりした挨拶だった。
『あれ、この子は一番最後に生まれたお梅ちゃん? いや、あの子はもっと大きくなっているはずだ。となると8人目のお子か?』
凄まじい。
勝家の子だくさんは有名な話だ。ハリの知っている子供は全部で7人だったはずである。それがまた増えた。
『相変わらず、すごいな。もう五十は越えただろ? この時代の還暦は、お年寄り扱いだぜ?』
勝家の子だくさんは、同時に「勝の女癖の悪さ」の証明でもある。七人、いや八人の子どもたち。そのうち民さんの子どもは4人だけなのだ。
何しろ勝はやたらと女に手を出す。それもプロのお姉ちゃん達ではなくて身の周りの女が大好き。勝家に入った女中や行儀見習いの若い子は、みんな妊娠してしまう。
だからこそ、食指の動かないような「老女中」が新しく必要なのだろう。
『民さんは、子どもたちを全部勝家に入れて育てているんだからスゴイよなぁ』
そう思いながらも、ハリとしては子どもの頃からお馴染みの家だ。天井板もない極貧時代の家で開いていた私塾の講義を横で聴いていたほどだ。
まだ幼くて内容を理解できなくとも「私塾の講義をする場に自分がいれば家の者が勝手に何がしかを支払うこと」を知っての振る舞いだったのだ。
ハリは勝海舟を先生と呼んで尊敬しているし、民は「義理堅い貴公子」として今でも恩人として遇してくれるのである。
とまあ、そんなカタいことを言わずとも、要するに馴染みの親戚の家のようなものである。足を洗うと遠慮なく上がらせてもらった。
「粗茶でございますが」
お茶を出してくれたお女中のお腹が微かに膨らんでいるのを見逃さない。
チラッと目を向けると、民さんが大仰に目を剥いてみせる。
どうやら間違いないらしい。
『九人目か。なるほど、だから老女が必要なわけね』
こんなことがあるからと、なるべく年かさの女中を入れるようにしてきた民だが、ホンの少しだけならと油断すると必ず、成功させてしまう勝はさすがだった(マジか? 作者注)
すぐさま民さんの首の後ろにある「天柱」に異能を発揮するハリである。その効果はすぐに分かったのだろう。
頭痛が消えてニコニコである。
「まあまあ。いつもありがとうございます。本当に針之信様はお優しいですねぇ」
首の後ろ側に突き出た治療用の針。後ろ側をプランプランさせて礼を言う女性の姿はシュールであった。
実際、幼女は「ひぃい」と目を剥いたが、とっさに足を崩すまいと自制してみせた。さすが勝海舟のDNAだとハリも肯くばかり。
「時に、先生が気鬱だとうかがっておりますが?」
「今日は増上寺あたりでお昼寝でもなさっているんじゃないでしょうか」
チラッと民さんの目が、茶を出してくれたお女中の方に動いたのは、ハリに事情を教えてくれる親切心であるのだろう。
『あ~ この人の妊娠が分かって、またまた叱られたのか』
何だかんだで許す民の度量もすごいが、やはり人の子。「同居している妾状態」のストレスは夫にぶつけているに違いなかった。
だから、家にいることもできないのだろう。
『じゃあ、家にいたくないって思ってるかも。これはチャンスだろ! 今なら鹿児島旅行にご招待、特賞で~すなんちゃって? よし、早速、行くしかないな』
すれ違いは覚悟の上。
歩きで30分ほどの距離だけに、行ってみようとした。もちろん行き違うのに備えて、夜の再訪を手紙に残しておくのも、この時代のセオリーである。
メッセ一つで「今どこ?」ができない以上、空振りも二度手間も普通のことなのである。
会いさえすれば、このミッションは成功すると、思った時期がありました……
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「いかに、坊ちゃんのお言葉でも、オイラは従うわけには参りませんな。なぁに、何だかんだで二人は莫逆の友ってやつだ。何にもしない方が、かえってまとまるんですよ」
「しかし、ここまでこじれると、素直に会えるとも限りません」
実際、ハリの知っている「明侍の歴史」では、会う前に大久保が惨殺されているのだ。
しかし、勝の予想は違っている。珍しく「外れ」た予想をしているのだ。
「西郷さんが会いたがっている以上、若い連中も……それに桐野だって、いくら血気に逸っても動けませんよ」
どうやら、超一流の戦略眼は「明冶政府の大立て者で、幼馴染みが鹿児島まで迎えに行くからこそ、西郷は政府に復帰できる」と踏んでいるらしい。
「それを誰かが仲裁なんてことをしてみなさいよ。阿吽の呼吸ってもんが無くなっちまう。そいつは面白くねぇだろ? だから、今はジッと見てるのさ」
今は、静観すると主張する勝に違和感を感じたハリは、静かに異能を発動させたのだった。
作者注:現実の勝海舟は妻・民との子どもが4人(勝姓を継いだのはこの4人だけ)、それ以外との子どもが5人いたとされています。あくまでも民が認めた海舟の子どもの数です。あちらこちらに長期出張していた勝だけに、全国にDNAが振りまかれていたと推測しています。なお、妻の民は晩年「(海舟と)一緒の墓は落ち着かない。長男の隣の墓に入れてくれ」と公言して早世した息子の横に眠りました。ただし昭和28年に、子孫の手によって海舟の「隣」の墓に移されてしまいました。関係者に化けて出てあげれば良いのにと新川は思いました。




