第13話 治に居て乱を忘れず
いまさらだとは思うけど「時代」が違うってことにようやく気が付いた。
「なんだよ、明冶って」
もはや、前の記憶はおぼろげになりつつある。でも今の時代の元号は「明侍」と言っていたはずだ。受験で日本史は取ってないけど、その程度は中学生の知識だからね。
中学の社会の先生の口調まで覚えてる。
「明るい世が人々のそばにあるようにって意味だと政府は発表したらしいけど、これが『終わりの始まりを迎えた侍階級』に配慮された元号だっていうのはまるわかりだったのだ」
終わりの始まりって言葉が、あまりにもピッタリで「この先生、言語センススゲー」って感心したんだけど、後々、某女性歴史作家さんの書いた名著からのパクリだって気付いて「サイテー」にランクダウンさせたんだっけ。
それはさておき、中学時代の知識レベルですら、こっちの歴史はぜんぜん違っている。だいたい「武装警察隊」なんて教科書では見たことがなかったし、確か歴史小説家のS大先生の小説でもそんな存在は書いて無かった気がする。
覚えているのは、中学のテストで「いや、ろっぱ(1868)さん、こんにちはって侍が言った」と語呂合わせで記憶したことくらいだろう。
今は明冶10年ってことは西暦1877年となる。とっくに政府軍が鹿児島まで制圧して戦後処理の段階だ。
ところが、つい最近の新聞を賑わしたのは「政府の某大立て者、故郷に錦を飾る」ってやつだ。
言うまでもなく、西郷隆盛を追いかけた大久保利通のことだろう。
戦争直前にまで加熱した故郷を冷ますために、何とかして西郷隆盛を再び上京させるべく、説得に向かったというのが実際の役目だった。(作者注)
オレの知っている史実では、大久保利通は政府の軍艦で錦江湾(鹿児島湾)に上陸する。故郷に凱旋してきた「出世頭の大久保さん」を、出迎えに見せかけた私学校の連中が暗殺した。
西郷隆盛は、幼馴染みとの会談でギリギリ戦争を回避するはずだったのに「政府首脳暗殺」の惨劇が起きて引くに引けなくなってしまった。
「本来なら、西南戦争だって終わってる時期だよな。でも、こっちの世界では西郷さんと大久保さんとがこれから話し合いって感じらしいし。これが明侍と明冶の違いってヤツか」
ちなみに、新聞記事的には「兵児帯男」が夜な夜な出没しているって方が、扱いが大きいんだよな~
いったい誰だよ、そんなカッコ悪いことをしてるヤツ。
言っておくけど、オレじゃない。
最初の「髙良神社事件」は確かにオレだった。でも、その後毎晩のように、兵児帯を顔に巻いただけの男が次々と出現している。
道に迷った子どもを助けることもあるし、行き倒れになりそうな年寄りを救い、中には襲われた女性を助けただとか、押し込み強盗に襲いかかって撃退したなんて猛者もいる。
ぜーんぶ「兵児帯男」の仕業だ。
「じょーだんは、やめてくれよ。兵児帯男さんよぉ」
顔に兵児帯を巻いた「だけ」の裸の男が夜な夜な、帝都に出没中。
オレじゃないからね? 誰かがマネしやがったんだ。
これだと「元祖・兵児帯男」は絶対に、正体を知られないようにしないとマジでヤバい。実際、最初は「襲われた女性を危うく助けた」って事件だった。
珠が飛んできてムチャクチャ叱られたんだよね。
真っ赤な顔で新聞を突きつけてきてさ「せめて、下帯くらいはお召しください!」だなんて真剣に叱られた。事情を説明して、オレじゃないってことを信じてもらうためにどれだけ苦労したことか。
婚約者に対して、びみょーにオレの名誉が喪われた件について、犯人には大いに反省を求めたいものだ。
あ、お花ちゃんとお光ちゃんも慌ててやってきて「私の頭巾はいたらないかも知れませぬが、せめて下帯くらいは」と土下座されちゃったのも、ヤバかった。
そこでも、よーく説明したんだけど、よくよく考えてみたら「正体がモロバレしてる」ってことだよね?
喜一さんにも「違います」って伝えてもらったんだけど、後で聞いたら「苦言を呈しに参ろうと思っていたところ」だったらしい。
えっと、喜一さんに誤解されちゃうと、洒落にならないんですけど。
まあ、この時代に「猥褻物陳列罪」は(たぶん)できてないから、タイーホはされない……と思う。
ともあれ、流行のハリ治療院を営むハリさんの生活は、婚約者も仲良く支えてくれて、順風満帆の日々だったのであった。
メデタシメデタシ
「……なんて行くかよ! せっかく、世のため人のために頑張ろうと思ったのに」
よく考えてみれば、普通の生活をしている人が、そんなに事件に巻き込まれるはずがないんだよ。
「だから昔のミステリー小説は探偵なんて仕事を持ち出したんだろうけどさ」
幸いにして、浮気調査など必要ない時代だ。警察だって「私立探偵に事件の解決を依頼する」なんてことも実際にはありえない。
「仮に私立探偵を開業しても、警察から連絡が入って『殺人事件の謎を解いてください』なんてことがあるはずない。だから、せっかくいただいた頭巾も使わないまま。きっと、ずーっと平和に過ぎていくんだろうなぁ」
珠が帰った後の部屋は、ちょっと寂しい。
しんみりだ。
御茶をいただいていたら「それ」が突然、飛び込んできたんだ。
「ハリさん! いますか! 頼みたいことがあるんです!」
飛び込んできたのは喜一さんだった。
作者注 あくまでも「明侍時代の歴史」ですので、くれぐれも誤解なく。
調べてみたら、日本に警察組織が整備されて以来「私立探偵に殺人事件の捜査を依頼」した事実は発見できませんでした。まあ、そりゃそうだよなぁ。
どこかの法学部の先生が「私立探偵が犯人を突き止めるタイプの推理小説」を調べたことがあるそうです(何かで読んだ記憶が) 探偵の説明の通りの証拠で有罪に持ち込めそうな事件は一つもなかったんだそうです。
まあ「犯人はこの中にいる」って始まったら、とりあえず逃げちゃった方がイイですよね。




