第1話-2 流行の針治療院
『針を打つのは一瞬だけど、抜くのは手作業になるからなぁ』
これが大問題。
ジイちゃんバアちゃん達相手ならともかく、おマサさんみたいな美魔女の時はドキドキもの。
だってさ、普通の女性は膝すら見せないのが常識なんだぜ。明冶の世では、赤子にオッパイをやるときは胸をはだけても構わないが、それ以外で女性の肌を見ることはない。
そういうものを見たけりゃ岡場所にでも行けって言うのが常識というもの。
普通の女性が肌を見せていいのは祝言を挙げた後の夫だけだ。だから、こっちも女性の肌に対する抵抗は大きいんだ。
帯を抜いて身体にふわりと着物を掛けただけ。そんな中に手を突っ込んで針を抜いていく。見てないから、どうしても肌に触れてしまうので「失礼」を連発してしまうわけだ。
おマサさんは「お珠ならともかく、こんなオバさんに気を使わなくていーんだよ。こんだけ効く治療だ。なんだったら素っ裸でやってもらったって罰は当たらないさ」と豪快に笑ってくれる。
いや、さすがにダメでしょ。ちなみにお珠というのは、おマサさんご自慢の娘。この辺りでは器量好しで有名だ。時々、お母さんの作りすぎたオカズを持って来てくれる優しい女の子でもある。
「だってねぇ。その方があんたの仕事も早く済むだろ」
「だ~か~ら~ そういうわけにはいかないの!」
「ハハハ。大丈夫だよ。亭主に黙ってれば誰にも分からないんだから」
「ちょっと、その浮気してる時みたいな発言、やめてくれよ。誤解されちゃうじゃん」
「ふふふ 真っ赤になっちゃって。ウブだねぇ」
「からかうと、痛くするからな」
「まぁ、おーこわい♪」
ダメだ。下町のオバさんは最強なのだ。何を言っても効き目はないらしい。
つまりオレの異能の欠点は抜く時なんだよね。入れるなら身体のどこでも、何本でも一瞬で入る。
しかし抜くのは手作業なんだよ。
毎回、女性の治療はオレの羞恥心との戦いがメインだけど、肩こりや冷え性の患者は女性が中心になるのが厄介だ。。
「だーれも気にしちゃいないよぉ。ハリちゃんの思った通りにどんどんやっちまいな。そのためなら喜んでひと肌でも、ふた肌でも脱ぐからさ。その代わり、いたーくしちゃ、ヤだからね」
くだらない話を楽しげに喋っているのも、恥ずかしがるオレに気を使ってくれているからだろう。
「で、真面目な話、そろそろお嫁さんをもらわないかい? 同い年だろ、ウチのお珠と。器量は私に似て良いし料理も上手だ。何より、あんたのことが大好きだっていっつも言ってるよ」
「あ~ 結婚なんて、まだまだ先さ。おっと、次の患者さんが待ってるみたいだ。じゃあ、お代はいつもの通りね」
「もう~ いくらモテモテでもねぇ、そろそろ身を固めなよぉ。ウチの子ってば私に似てデカいよ? 亭主ならアレが自由になるんだからね?」
「ははは。魅力的な話だけど、オレの身にはちょっと余るかな。まあ、ちゃんとしたヤツがどこかにいるよ。はい、じゃ、次の人ね」
おかみさんが襟元を治したのを見計らって治療室から追い立てる。このあたりはサバサバしておかないと、キリがないからね。
「あ~ もう! 私が20年若けりゃ、ほっとかないんだけどねぇ。押しかけ女房でもなんでもしちまうところだよ」
「はいはい。じゃあ、また明日ね」
「あぁん、ツれないねぇ、まったく。お世話様でした。あ、しぐれ煮を作り過ぎちゃったんだ。後でお珠にお裾分けを持っていかせるから食べておくれよ」
「お、ありがとう。おマサさんのしぐれ煮は最高だからね。楽しみにしているよ」
下町は助け合いが盛んだ。オバちゃん達と親しい独り者には、漏れなく「(わざと)作り過ぎちゃった煮物」と「お嫁さん候補」があっちこちから持ちこまれる。
前者はありがたく頂戴し、後者は固くおことわりしている。
『オレの家族になんてなったら、その人が不幸だよ。独り身でも針治療でちゃんと食べていけるし、近所からの頂き物で夕食もバッチリ。これ以上は望まないさ』
ふっと弱気になりそうな自分に、そう言い聞かせて「次の方~」と声をかける。
ん?
誰も入ってこない。この街で治療院を営んで3年。今では患者さんが途切れたことはないのに。
さっきまで待合室も、近所のジイちゃんバアちゃん達が楽しそうに喋ってただろ。なんで、こんなに静かなんだ?
患者さん達の賑やかさはない。
しかし、確かに人の気配があったんだ。
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