第10話-2 お光の頭痛は
「本当にありがとうござんした」
よそ行きっぽい言葉を知らない分、良いところのお女中が使いそうな言葉をねつ造して光は何度も頭を下げた。
「あ、えっと、普通でいいからね、普通で」
ハリは応答を普段より数段気さくにしているのだが、お光からしたら相手は「お嬢様の恩人」である。その人に治療していただいたのでは緊張もするのだろう。
しかも効果てきめんでは、頭を下げる勢いも増そうというもの。
「あんなに重かった頭なのに、まるで霧が晴れたようにスッキリしました!」
「それはよかった」
「本当に、命の恩人です」
「いや、ハリを打っただけだからね。本来の君の力を取り戻す手伝いをしただけなんだ」
「めっそうもない。お嬢様もお助けいただき、私もお世話になって。もう、足を向けて寝られません。それにおたま「ごにょごにょ」……んっ、奥様にも感謝申し上げます」
「あらやだ。奥様だなんて!」
明らかに途中で花が入れ知恵している。お珠お嬢様という代わりに「奥様と言え」とでも吹き込まれたに違いない。
お珠がニッコニコだが、ハリは正直な所「おいおい」である。
『でも、最近はマジで珠ちゃんに助けられているモンなぁ』
実は珠が診療を手伝ってくれている。
女性の患者さん専門。そう…… ハリの最も苦手な「女性から針を抜く」作業を代わってもらったのだ。
これがマジで助かっている。お互いに恥ずかしくないし、女性同士の分だけ気安く話せる。しかも「女同士の会話」で場をつないでくれるからハリとしては何重にも助かるのだ。
そうしたら、女性患者が倍増である。
この世界では偏頭痛持ちの女性は多いし、腰や月のものの痛みなど、むしろ需要は女性に多かったのだと改めて思う。
こうなってくると、良し悪しもあるが、いっそ女性専門にしちまおうかと考えてしまうほどだった。
ただし、今のところの弊害が一つある。事情を含んだ下町の女将さん達はすぐに「お内儀」呼びを始めるのだ。
もちろん、珠はそれも嬉しくて手伝いが大好きなのだ。それを知っている花であるからこそ、さっき「奥さんって呼ぶんだよ」と耳打ちしたわけだ。
着々と内堀も埋まってというか、すでに年貢の納め時になりつつあるハリだ。このままでいけば、明冶11年の正月はご新造さんと一緒に過ごすことになるかもしれない。
『もう、なるようになりやがれ』
現実に、珠に助けられている以上、覚悟を決めるハリであった。
『今回だって「花の紹介」ということだったから珠にも来てもらっていたけど、すごく助かったもんなぁ』
そんな感謝の気持ちをチラッとたまに目線で送ると、真っ赤になるあたりが、やはり珠である。
そんな2人をよそに、お光は感謝でいっぱいだ。
「本当にありがとうござんした。しかも、居眠りまでさせていただいて」
睡眠不足だったのだろう。背中の凝りと頭痛を取って、気持ちを落ち付かせるツボに打ち込んだら、3時間も寝てしまったのだ。
ともかく、これで元気になってくれたのは何よりだ。そこにお花が言葉を挟んだ。
治療中に聞き出した破落戸の話だ。
「喜一さんにも頼んでおいたからね」
「そんな。申し訳ないことです」
喜一の所属する武装警察は、出動のないときは治安のために「警邏」も仕事だ。
長屋の付近もコースに入れてもらえるようにしたらしい。
店員をひとり元気にできたとお花はニッコニコであった。
ところが……
このまま話が終われば万々歳なのだが、荒くれ男達も追い詰められているということを案外と当事者は知らなかったのである。
その夜、喜一が見回りに出かけると、小さなお社を涙ながらに抱えて、ヨタヨタと清洲橋を渡っている爺さんと出くわしたのであった。




