第7話 やっぱり「痛み」は消しちゃわないとダメだよね
いくら警視庁付の医者と言えども、たった一日で治るとは思えない。そもそも、西洋医術だって、こんな傷を治す術は持ってない。
しかも寝鳥の言葉はシュガーコーティングされていても「明後日、自宅に来い。来なければ恋人は今日よりももっと酷いことになる」と脅迫していた。
あんな男に身を任せるなんてまっぴらだ。恋人との幸せな時間を知っているだけに、余計に身の毛がよだつ。
考えるだけでもおぞましいこと。だけど…… と考えは堂々巡り。
お花は、その晩、まんじりともできなかったが、朝になると同時に行動を開始した。
『今できる最善は、喜一さんの腕を治すことよ』
いざとなると行動的だ。
恋人に最も信頼できる治療を受けさせようとした。親友のありえないような大怪我を、ありえないほど回復させた治療師の元につれて行く。
「お花、やっぱマズいよ。オレ達がこういう所で治療を受けると、お医者殿のメンツが潰れちゃうからさ」
役人や軍人達は西洋医術による正式な治療。
民間人は薬湯や鍼灸による曖昧な治療。
これが不文律なのである。事実、昨日は医者に診てもらった。しかし、骨にヒビこそ入ってなかったが、二の腕は紫のまま。動かすのも満足ではない。
治す薬などないのだ。
完全に治るには、ギプスをして一カ月はかかると言われたらしい。
治療費の半額は警視庁が負担してくれても、支払いで3カ月分の給料も消える。
『費用はともかく、それじゃあ間に合わないわ。ともかく彼の身体を急いで治さないと』
お花としては親友のケガを治してくれた治療なら、あるいはと思えたからこそだ。
「お願いします。彼の腕を治して下さい!」
治療師は、紫色に腫れ上がった腕を見ても、眉一つ動かさなかった。
「うーん、だいぶ酷くやられているね~」
上半身を脱がして治療する時もお花はつきっきりだ。
下がる気配すら見せなかったのである。
・・・・・・・・・・
『ありゃりゃ。武装警察官さんだろ? 一箇所だけを集中してやられたということは、こりゃイジメだな』
ウチの家中でも、こういうやり方をされる侍を見たことがあった。
実家、大藩の家中において、こういうケガをする武士は例外なく「卑怯な振る舞いをした」か「正義を踏み違えた」のどちらかだった。
つお珠は「制裁」の意味合いが強い。
しかし、お花の許嫁はそういうタイプには見えない。むしろリーダータイプの爽やか青年に見える。
『こういう人がイジメに遭うってことは、それなりに理由があるんだろうなぁ』
とにかく治療か。
うわっ。ボロボロじゃん。
痛みを取るというか、感じないようにはできる。だけど、リアルタイムでボロボロに腫れ上がっている千切れかけた筋肉を補修するのが先だろう。
とりあえず、あっちこちのうっ血をチラして、血行を促進した。神経と違って筋肉をつなぐのは時間がかかる。骨太な身体が幸いしたのか、骨は無事らしい。
「このまま、数日、ジッとしていれば元に戻りますよ」
「ありがとうございます」
青年は、って言ってもオレよりもかなり年上だけど、礼儀正しく頭を下げてくれた。
武装警察官なんて「お役人様予備軍」だ。自分達は偉いと無闇に思い込む奴が多いのに、庶民に向かって礼が言えるなんて偉いじゃん。
『さすが、お珠のお友達が自慢する許嫁だね』
感心していると、喜一は申し訳なさそうに言葉を出した。
「これ、何とか明日までに動くようにできませんか?」
「え? やめた方が良いですよ。せっかくつながる筋肉なんです。今はガチガチに固定しているんで大丈夫ですけど、これで動かしたら完全に筋肉が断裂しかねません」
「そうですか……」
「明日、動かさなきゃいけ無い理由でも?」
「武装警察だと、指名訓練というものがありまして。回り持ちで師範から特訓を受けられるんです。それがちょうど明日なんです」
喜一の後ろに立っていたお花の反応をオレは見逃さなかった。
『何かあるな』
しかし、同時にお花の目が喜一をうかがうような動きをしていたのも察知したから、ここでは何も言わない。
「師範からの特訓が隊士様にとっては大事なのは分かりますよ。でも、ここで腕の筋肉をやっちゃうと、下手をすると二度と剣が使えなくなるかもしれません」
目の端で、お花を見ながらゆっくりと会話を続けた。
「どうです? 指令…… いや、副指令? うん、師範本人、あるいは割り当てている人、あ、いや、まあいろいろでしょうけど、警察の医師とも話し合って、明日だけは休めるようにお願いしてみてください」
「わかりました。司令官殿には普段、会えないので。副司令殿に頼んでみますって、あれ? そう言えば明日は休みとか言ってたかな?」
「まあ、誰に頼むにしても休んでくださいね」
「えぇ。そうします」
「良かった。それなら、明日も来れます?」
「勤務が終わった夕方なら」
「分かりました。じゃあ、明日は夕方にお待ちしていますね。あ、そうだ、お花さん」
「はい」
「お珠から頼まれてたんだ。渡したいものがあるんだけど、ちょっと待ってもらっていい?」
「はい。ただ」
チラッと喜一を見た。
「あ、そうだね。とりあえず、彼氏さんを送ってから、もう一度来てくれるとちょうど良いかも」
「わかりました。じゃあ、出直してきますね」
・・・・・・・・・・
「あの~ こっちって」
「あ、普段は患者さんを入れないよ。こっちはオレの個人空間なので」
「あの…… ハリさん?」
「ははは。安心して。君に手を出したら、お珠に嫌われちゃうからね」
明らかにホッとしてみせるお花さんだ。そりゃ、男のひとり住まいに招き入れられたら心配もするよね。
「ごめんね。気配りが足りなかったみたいだ。ところで、君の心配は副指令だろ? 何があるの?」
「え? なんでそれを」
「おや、いきなり大当たり? まあ、その反応は何かがあるってことだ。どうだい? 誰にも喋らないって約束するから、オレに教えてくれないか?」
「そ、それは、その…… あの、でもなんで副指令の寝鳥のことだって分かったんですか?」
「いや、何かありそうだなってことと、あの怪我がイジメによるものだってこと。それに順番に上げていったら『副指令』の所でピクッとなってたよ。あれで分からなかったら治療院をやめなきゃさ」
「そんな風に、わかっちゃうんですか」
「そうだよ。だから、ひょっとしたら君の悩みに解決方法があるかも知れない。どうだい、少しだけオレのことを信じちゃ? 悪いようにはしないよ まあ、たいていの悪い奴は『悪いようにしない』っていうんだけどさ」
ワザと笑いを取ったつもりが、ポロポロと涙をこぼしてきて、焦ったよ。
いきなり泣き出したお花さんだけど、すっかり話を打ち明けてくれたんだ。
全部、オレに任せろと請け合ってしまう自分はやっぱりバカだと思う。でもさ、思うんだよ。
『やっぱり「痛み」は消しちゃわないとダメだよね』
オレは、武装警察官詰め所の先にある青い屋根のお家に、翌朝一番で向かったんだ。




