第6話-1 不幸せの青い屋根
男の言葉を文字にすれば、脅しでもなんでもないだろう。
しかし、寝鳥の態度も表情も全てが「脅し」そのものだ。
お花の心拍数が跳ね上がる。
『どうしたらいいの……』
喜一には相談できない。自分以上に正義感が強いし、庇ってくれようとするに決まっている。
最悪のことが起きるかもしれないと言うよりも、確実にやるだろう。だから、喜一のことを考えると、相談どころか絶対に悟られてはならない。
両親だって、この話を聞いたら喜一を呼ぶに決まっていた。
そんなのはダメだ。
美しい瞳が苦悶を浮かべることになった。
「あ、ご安心を。あなたは部下の結婚相手ですからね。ずっと前に言った、愛人になれだなんてことは取り消します。そんなこと、騎士たる者として絶対に言えませんからね」
言っていることと顔がまるで違う。ヨダレを垂らさんばかりに欲望丸出しの顔だ。
「なあに、月に一度か二度でいいんです」
ニヤリ
「誰が相談に来ないかな~って思うときがあるんですよ。新婚生活の邪魔にならない程度にね。その程度、上司が《《お世話する》》くらいは、ありありの、ありでしょう。懇切丁寧にね」
吐き気がする言い草だ。
月に2回、自分の所に身を任せに来いとこの男は言っているのだ。
もしも、往来の真ん中でなければ手に持ったカバンを反射的に叩きつけようとしたかもしれない。
しかし、公衆の面前であり、相手が許嫁の上司であるという拒否したい事実がお花の動きをギリで止めたのだ。
「あぁ、ヤツには治療のために明日は休暇を出しましたけど、明後日は勤務です。どうします?」
ニタリと笑った。
どうします、というのは喜一の休みについての話ではないことは明らかだった。つお珠は「喜一にこれ以上のケガをさせたくないだろう? 明後日、身体を差し出しに来るか?」ということを聞いているのだ。
「たまたま明後日、オレは休みでね~ 朝から、ヒマだなぁ~ 誰か相談に来ないかなぁ~」
チラチラとお花の反応を見てくるが、もちろん「行く」などと死んでも言いたくない。かといって「ふざけるな」と拒絶の言葉を口にする勇気も出なかった。
そんなお花にトドメを刺しに来た。
「誰も相談に来ないなら仕方ない。職場に行って若手の稽古でも見るかなぁ。たまには指名して誰かを特訓するのも務めだよなぁ」
来ないなら、ケガをしている喜一を無理やり特訓させると言わんばかりだ。
怒りを込めて男をにらむが、ニヤニヤと見つめ返してくるのが気持ち悪い。
「じゃあ、オレはこれで失礼しますね。若手の有望株が、これ以上のケガをして前途を喪わないように祈りでも捧げるとしますか。いやぁ~ 明後日は自宅でヒマだなぁ~」
ワナワナと震えるお花。しかし「誰がお前の所になんて行くもんか!」という啖呵は切れなかった。
商売の手伝いをしているからある程度、こういうタイプの男のやり口が分かるのだ。
ネットリした質感の反応が全てを物語っている。
『絶対にこの男なら喜一に手を出すわ』
間違いない。どうしたらいいの。
「オレの家は分かりますよね? 詰め所の道を真っ直ぐに5分。青い瓦屋根の洋館だ。目立つから間違えようがない。鍵は開けておきます。できれば朝から相談に乗りたいですね」
ギラギラとした目で覗き込んでくる男に拒否の言葉が返せない。
『絶対ヤだよ。でも、そうしたら彼がヒドい目に遭う? 彼のために我慢するしかない? けど、そんなの嫌だよ。許せない。だからと言って無視したら、こういうタイプの男って絶対に陰湿なことをしてくるよ。喜一が危ないんなら私が我慢すれば良いだけなのかな……』
反応できないということは、半ば男の脅しを受け入れたようなものだろう。
目的を果たしたと思った男は、爽やかな表情で言った。
「それでは、明後日。お待ちしちゃったりしちゃいますねぇ。あ、もちろん、相談事は誰にも秘密にしますよ。喜一が余計な心配するといけませんからね」
秘密なら、私が我慢すれば……
「そうそう。オレは休みの日の朝は敷布を変えることにしているから安心してね」
軽口のように、少しも安心できないことを言って去って行った寝鳥だった。




