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第10話 ルナの本音と黒猫の影

 朝の光が徐々に強まる頃、悠斗は村の片隅にある小さなベンチの上で、包帯を巻かれた腕をゆっくりと回していた。まだ少し痛むが、日々の手当てのおかげで回復は順調だった。


「……あー、ようやく落ち着けたな……」


 ぼそりと独り言をこぼしたその瞬間、背後からひょいと影が差す。


「やっほー、傷はもう大丈夫?」


 ぬるりとした声色。振り返れば、漆黒の猫耳をぴくぴく動かしながら、ルナが立っていた。紫のゆったりした衣服が風にふわりと揺れる。彼女はにこにこと笑いながら、隣にぴとっと腰を下ろす。


「ま、大丈夫……って言いたいけど、ちょっと引きつるな、まだ」

「ふふーん。じゃあ、おやつ食べて元気出さなきゃね」

「おやつ……? ああ、前に言ってた生きて帰ってきたご褒美ってやつか」


 悠斗が肩をすくめると、ルナは尻尾を器用に動かし、彼の膝をちょんちょんとつついた。


「覚えてたんだ、えらいえらい」


 頭を軽く撫でるような仕草で悠斗の腕に触れ、そしてくすくすと笑いながら、そっと身体を寄せてくる。長い尻尾が悠斗の腰に絡むように揺れ、猫のような身のこなしで、肩に頭を預けた。


「……実はね。おやつって……あたし、だったんだよ?」


 その無邪気な声に、悠斗の動きが一瞬止まる。


「……は?」

「ふふっ、だからさ。食べてもいいよ? ほどほどに、ね?」


 目を細めて微笑むその姿は、いつもの小悪魔のような戯れとも思えた。だが、その瞳の奥には、なぜかほんの僅かな寂しさの色が揺れていた。


 悠斗は口を開きかけたが、何を言えばいいのか分からず、結局息を飲むだけになる。

 そして悠斗はわざとらしく肩をすくめて、視線をそらした。


「……あーもう、冗談に付き合ってたらこっちの正気が保たねぇ……」


 妙に近い距離にいるルナの体温と匂い、それに意味深すぎる言葉のせいで、どこにも逃げ場がない気がしていた。


 視線を逸らせば逸らすほど、ますます意識してしまう。まるで猫にじゃれられてる気分だ――しかも、絶対わかってやっている。


 (……冗談だよな。こいつのことだから、絶対冗談なんだろ……)


 自分に言い聞かせながら、空を見上げてごまかす悠斗。けれど、すぐそばで尻尾を揺らす気配がぴたりと止まり――。


「ふーん……せっかく番になって、食べてもいいって言ったのに、逃げるんだ?」


 ルナの軽口に、悠斗は目をそらすように立ち上がった。頬の熱が冷めない。村の木陰に広がる草地に向かって歩き出すと、背後からくすくすと笑う声が追いかけてきた。


「……からかうなって。マジで心臓止まるから」


 そう背中で言い返すと、ルナの笑いがぴたりと止む。


「うん。でも君、止まらないよ。たぶん」


 悠斗の足が止まった。


「……なにそれ」


 振り返ると、さっきまでのふにゃりとした笑顔は消えていた。木漏れ日を受けたルナの瞳は、どこか冷たく、透き通るような光を宿している。その視線はまるで——何かを見定める、観察者のものだった。


「ミオスの呪いがある限り、君はまだ止まらない。まだ、動かされてる途中だから」


 何気ない声。だがその言葉は、静かな闇のように悠斗の心を締めつけた。


「……お前、ミオスを知ってるのか……?」


 低く呟いた悠斗の声に、ルナはわざとらしく「あ」と声を上げる。小さく口を開け、指先を唇に当てて首を傾げた。


「言っちゃった。どうしよう」


 くすっと笑うが、その仕草には芝居がかっていて、どこか演じているような空気が混じる。


「……じゃあ、お詫びにもうちょっとだけ、教えてあげよっか?」


 ルナは再び、悠斗の隣に座り、膝を抱えて空を見上げた。先ほどの甘さも冷たさも、すべてが混じり合っているその横顔。

 だが、言葉の続きを口にすることはなかった。

 彼女はただ、にこりと微笑むだけだった。




 陽が高くなり、空の青さが村をすっぽりと包み込んでいた。

 風が揺らす草の匂いの中、ルナは芝の上にごろりと寝転がり、悠斗の隣で空を見上げていた。瞳は細められ、どこか遠い空の向こうを見ているようだった。


「悠斗、君って……たぶん、すごく面倒なもの背負ってるよ」


 ぽつりと落ちた声は、さっきまでのじゃれつくような調子ではなかった。

 悠斗は言葉を詰まらせたまま、少しの間考えこむ。やがて、苦笑しながら問い返す。


「……なんなんだよ、俺って」


 ルナは肩をすくめて、小さく笑った。


「うーん、それはね、誰の視点で見るかによるかな。あたしの目から見たら……うん、やっぱり楽しみだねぇ」


 くるりと寝返りを打ち、ルナの尻尾がしゅるりと伸びてきて、悠斗の足首を軽く巻いた。重さはない。ただ、柔らかくて温かい感触だけが残る。

 そのまま、ルナは少し上体を起こし、片肘をついて悠斗の顔をじっと見つめた。瞳の奥にあるものは、相変わらず読めない。


「ねぇ……君の心の奥、もっと見てみたいなぁ」


 耳元に届くその声は、甘やかで、どこかくすぐったい。でもその響きの奥には、見えない爪の存在を感じさせた。

 悠斗が何かを返そうとした時、ルナはふいと視線を逸らし、もう一度空を見上げる。


 そして、その表情にふっと影が差した。


 ルナは悠斗の秘密を知っているのか……? 触れようとしない何かが、ふたりの間に漂い始める――。

ご一読くださり、ありがとうございました。

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