99.裏チーム『スパイ愛好家の集い』
<○○視点>
俺は夜鴉。コードネームだ。
時刻は20:15。
現在俺は王都にある従魔の密売組織の1つに潜入しスパイ活動を行っている。
潜入先の組織の構成員は2割近くがプレイヤーで、多くは他プレイヤーの従魔を強奪する部隊に所属してるが、中には組織の運営に口を出す幹部クラスの奴もいる。
高い志がある奴らかと言われると正直微妙だ。
彼らの多くは単純に悪役、いや外道で他のプレイヤーを攻撃しながら自分たちだけ楽しければ良いって奴らだ。
対して俺を含めた何人かはスパイ活動が好きで、知り得た情報は表のプレイヤーにこっそり流すことで趣味と実益を両立させようと活動している。
(そろそろか)
今日はこの後、プレイヤー数百人が一斉に行動を開始し王都内にある複数の密売組織を襲撃するはずだ。
だというのに密売組織のアジトの中は平常運転。
何故かというと奴らは襲撃があるのは武闘大会が終わった翌日だと思っているからだ。
そうなるように俺達で誤情報を拡散させた。
『武闘大会を前に別の事に時間を割くトッププレイヤーはいない』
『武闘大会の会場で事件が起きると誤情報を流しておいたからそれまでは大丈夫』
『大会前に襲撃準備をしてる奴らが居る?
あぁそれは大会参加者を闇討ちするって話だろ』
『西の花畑前にテントが建てられてるって、確認しに行ったけど奴ら花見してるだけだったぞ。
暇人どもめ。リア充爆発しろっ』
こんな感じで大会が終わるまでは大丈夫という空気を作った。
そのうえで自分たちは大会の最中に集めた従魔を王都から運び出してアジトも撤収すればいいだろうと提案した。
しかし実際には大会2日前の今日が決行の日と言う訳だ。
『こちらブラボー。拠点R15にプレイヤー集団の突入を確認』
おっ、おいでなすったな。
っと、こっちも襲撃が始まった。
なら俺も次のフェーズに移行しますか。
俄かに騒がしくなる廊下をひた走ると怒鳴り声があちこちから聞こえてきた。
「大変だ。正面から冒険者と思われる男たちが襲撃してきた!」
「裏口からも来たぞ!」
「くそっ、どうして裏口までバレてるんだ」
どうしてってそりゃ俺達で情報をリークしたからに決まってるじゃないか。
アジトのボス(例の女神を嫌ってる教団の一派だな)は部下たちに応戦するように指示を出しつつ脱出を図っていた。
なので俺はボスを支援するように立ち回る。
「ボス。奴らの狙いは従魔のようです。
今捕らえている分を囮にすれば逃げる時間は確保出来るでしょう」
「しかし折角手に入れたものを奪われたと知られたらどのような処罰が下るか」
「今日までで確保できた従魔結晶を持ち帰れたら大丈夫だと思います。
ゆっくりしてたら追いつかれて、それすら奪われますよ」
「くっ、仕方ないな」
ボスは両手で抱えられるサイズの宝箱を持って脱出口へと向かう。
俺を含め幹部連中も急ぎその後を追った。
もちろん逃げた方向を示す痕跡を残しながら。
『観念しろっ。くそ、もぬけの殻か』
『おい見ろ。従魔を捕らえた籠がこんなに。どうやら幹部は慌てて逃げたっぽいな』
『救出班。この場は任せた。俺達は逃げた敵幹部を追う!』
後ろから微かに聞こえてきた声からして無事に従魔たちの回収は出来そうだ。
あとは追手に足の速い奴がいるかどうかでこの後の展開が変わる。
と思ってたら先頭を走っていた奴が急に立ち止まった。
「どうした!」
「道が塞がれてやがる」
「はぁ!?」
現在俺達が逃走経路として使っていたのはアジトの地下を走るトンネルだ。
これはとあるモンスターを使って掘ったもので、王都のずっと西まで続いてるはずだった。
塞がっているということは誰かにここの存在がバレて埋められたのか?
いやでもここは地下2階相当の深さだ。
地上からここの存在を発見するのは無理だろう。
(それ専用の女神の祝福を持っている奴が居れば話は別だが)
って、居る可能性はあるんだよなぁ。
有名プレイヤーの祝福はある程度把握しているが、それは氷山の一角。
まだまだ知られざる祝福の100や200存在する。
その中に地質探査とか穴掘りの祝福なんてものがあればここを見つけたり埋めたりすることも可能だろう。
「それでここからどうする。後ろには既に追手が近づいてる気配があるぞ」
「位置的には王都からそれなりに離れた場所まで来てるはずだ」
「ならばここから地上までの道を作って脱出する!」
そう宣言したボスは特殊な杖を取り出した。
石を釣った糸を先端に括り付けた杖だ。
それを掲げてモゴモゴと呪文を唱える。
「むぐぐ。どういうことだ。土龍王が呼びかけに応じぬ。
ええい、眷属どもでも良い。私に従え!」
苛立った声に応じるように無数の直径30センチの巨大ワームが周囲から集まって来て地上に向けて穴を掘り始めた。
それを追うようにして進み、無事に地上へと出ることに成功したが。
「なんだお前たちは!」
なぜか目の前に立ち並ぶテントと多数のプレイヤー。
まさか俺達がここから出てくることを見越して張り込んでいたのか?
そう一瞬考えたが、向こうも驚いてる所を見るに偶然だったっぽい。
弱り目に祟り目とはこのことか。
「くそっ。こうなったら力づくで突破するぞ」
「なっ、こいつら敵か。
リーダー達に急ぎ連絡を!」
ボスがワーム達を暴れさせ、広範囲魔法でテントを破壊すると場は完全に混乱した。
その隙に俺は一歩距離を置いて状況把握に努めることにする。
(見たところ有名所のチームが集まってるっぽいけど、そこまで強くはないな)
場慣れしていないというか、2軍ないし裏方メンバーが集まってる感じだ。
モンスターからの奇襲に慣れている前線メンバーならすぐに持ち直せていただろう。
これなら何とか突破出来るかもしれない。
ボスにはもうちょっと働いて貰いたいと思ってたから助かる。
(って、あれは例の花畑か)
誰も入ることが出来ないという謎の花畑がすぐ目の前にあった。
それを見て俺は急ぎ計算する。
ここに居た奴らも中に入る気配が無いという事は入れないんだ。
ならお互いに手が出せない場所ということになる。
何かしら条件を満たせば入れるのだろうし、それは調べれば分かる事。
……よし。
「ボス。あそこに見えるのは噂の侵入不可の花畑です」
「それがどうした。この状況で花見をしようとか言い出したらぶっ飛ばすぞ」
「いえ、あそこならボスが抱えてるそれを隠しておくのに丁度いいと思いまして。
お誂え向きに池があるんでそこに放り込んでおいて、この騒動が収まった後に回収するのはどうでしょう」
「ぐっ、確かにこの箱を抱えたままでは逃げきれないか」
少しだけ逡巡したボスは隠ぺいの魔法を箱に掛けて、花畑の中にある池に投げ込んだ。
砲丸投げ選手もびっくりの飛距離と正確さだ。
やっぱりそこらの雑魚とは強さがだいぶ違うな。
そうこうしている間に俺達が出てきた穴や街の方からも敵の援軍がやってきた。
ここいらが潮時だな。
「覚えてろよ!」
捨て台詞と共に仲間の1人が煙幕の魔法を放ち俺達は散り散りになってその場を離脱した。
ん? いま上空を巨大な鳥が飛んでいた気がしたが気のせいか?
あれ、今向こうにいるプレイヤーとばっちり目が合った?
色々気になるけど後だ。
敵に掴まってはスパイの沽券に拘わるからな。