93.膿は早めに切り捨てるべし
<ミッチャー視点>
究極幻想譚にログインし【電光石火】のアジトに入るとリーダーのハルトが眉間にしわを寄せて考え込んでいた。
なおこれはもう1週間も前から。
もちろんその間ずっと身動き1つ取ってない訳ではないけど。
「なにまだ悩んでるの?」
「そんな簡単に答えが出せる問題でも無いだろ」
「そう?」
何に悩んでいるかというと従魔について。
もっと言うと従魔を従魔道具に交換することについてだ。
もちろんハルト自身が交換することを悩んでいる訳ではない。
ただ最近加入したチームメンバーの中で従魔道具に交換する人が増え、彼らからトップ攻略チームなら全員が従魔道具に交換すべきではないかという意見が出ているのだ。
その圧に負けて初期メンバーの1人も従魔道具に交換していた。
「実際性能面だけ見れば、現段階で従魔法具の方が強いのは確かだから彼らの意見も分かる。
従魔の方が意思疎通が可能で今後の成長も見込めるから後々追い抜くんじゃないかとも言われてるけど、その頃には新たな従魔法具にバージョンアップ出来るから問題ないという考えもある」
「そうね。でもそれ以前の問題でしょ?」
「そうなんだよなぁ」
どちらも一長一短。
感情を優先するのであれば従魔だし効率重視なら従魔法具だろう。
ハルトも自分も正直好きな方を選べばいいと思っている。
その結果がふたりとも従魔なのだ。
だから悩んでいる部分は別。
問題はもっと根幹の部分にある。
「……まぁしゃあないか」
「決めたの?」
「ああ。明日緊急集会を開く。
その結果次第ではチーム解散だ」
そして翌日の21時。
複数あるアジトの中で一番広い場所に集まった私達。参加率は9割超というかなりの数字だ。
ハルトが議長の形で会議は始まった。
「まずはみんな。急な呼びかけにも拘わらずこうして集まってくれてありがとう。
今日話がしたいのは先日複数のメンバーから共同で提出された意見についてだ。
これだけ言えば大体のメンバーは分かると思うが、
『トップ攻略チームとして【電光石火】チームのメンバーは全員従魔法具にすべきだ』
というものだ。
これまで何度か議論を重ねてきてどれも平行線だったが、これ以上結論を伸ばすと次のイベントに響くので今日、ここで決を採って終わりにしようと思う」
この言葉を聞いて一部のメンバーがニヤリと笑った。
あれは意見を提出したメンバーだったはず。
きっと自分たちの勝利を確信してほくそ笑んでいるんだろう。
「さて全員の目の前に確認ウィンドウが出ただろうか。
ウィンドウは他の人には視えない設定にしてあるから間違って他人のを見てましたって事は無いはずだ。
出てない人は居ないな?よし。
ではこの意見に賛同する人、つまり全員に従魔法具を強制させるべきという人は青のボタンを。
反対する人、つまり個人の自由で良いと思う人は赤のボタンを押してくれ。
制限時間は1分。
どちらも押さなかった場合は青ボタンを押したことになるから注意してくれ。
また他の人の意見を聞いても良いが出来れば自分で考えて決めてほしい」
目の前に出てきたウィンドウには、今ハルトが言った通りの文章が書かれている。
これ単純に赤と青のボタンを選ぶだけの問題なんだけど、実はちょっとした工夫が施されている。
それは人の心理的に赤と青のどちらが押しやすいかということ。
例えばこれが「どちらか好きな色を選べ」という話だったら同じくらいに分かれるだろう。
しかし「正しい方を選べ」という話だったら?
人間社会において赤という色は危険または禁止を意味することが多い。
赤信号。レッドカード。赤色灯。赤ペンなどなど。
だから意識してない人は自然と青を選ぶことになる。
「さて1分経過だ。
集計の結果、青が8割、赤が2割という結果になった」
「よしっ」
さっき笑ってた人がガッツポーズしてる。
でもそれ、この後のハルトの言葉でどうなるのか見物ね。
「ではこの結果を元に、チームの再編を行う」
「……は?」
「青に投票した人は今この時を持ってチームから除名する。
今まで一緒に活動してくれてありがとう。
これからは別チームとしてこの世界を盛り上げていこう」
「ちょっとまっ」
「さようなら」
ぷつっと、一瞬にして8割の人がアジトから消えた。
恐らくチームから抜けたと同時に入室権利を失って外に弾き出されたのだろう。
残ったのは初期メンバーの他は私達のコアなファンや個人的な友達ばかりだ。
それを見てハルトが大きく息を吐いた。
「はぁ~~~。初期のみんなが残ってくれて良かった~~」
「って根回しとかしてなかったの?」
「いやそれは不公平ってものじゃないか」
そうかもだけど、そんなところで博打を打たなくても。
ちなみに今日までにあった議論の場でもハルトは議事進行役として中立を保ち続けていた。
だから初期メンバー以外はハルトがどっち側だったか知らなかったんじゃないだろうか。
その証拠に何人かが何が起きたのか分からずオロオロしている。
「あ~まぁ簡単に説明するとね。
私達【電光石火】チームは結成当初からノルマは無いし、誰かに何かを強制することを良しとはしてないのよ。
自由にのびのび、やりたいことを全力でやる。
もちろんイベントで人手が足りなくて協力してってお願いすることはあるけど、別行動を禁止してる訳じゃないわ。
現に前回イベントも今回も別行動を取ってるメンバーは居るし。
除名になった人たちはその理念から逸脱してしまった人達ね。
まあ言って8月以降に入った新規メンバーがほとんどだったけど」
8月以降。要するに例のPvP騒ぎを回避して株が上がったのを見て勝ち馬に乗ろうとしてた人たちだ。
ハルトも特に審査もせずにチーム入りを認めていたから色々と思想の違う人たちが増えてしまっていた。
「あの、何も追い出すことは無かったんじゃないかなって思うんですけど」
「今回だけで言うとリーダーが『こっち』って言えば渋々従ってたと思うけど、それが今後もずっと続くと考えると早めに別れた方がお互いの為よ。
ただ問題は、今後彼らが逆恨みで私達の邪魔をしてくる可能性があることくらいかな」
それがあるからハルトはどうするべきかずっと悩んでいた。
そしてそのリスクを負ってでも断行すべきと決断して今がある。
しかしこうなることは大体分かっていたので私達の覚悟は出来ている。
今後、彼らが何かしてきても全力でお相手してあげましょう。
「あ、今のやり取りは全部録画してあるから言いがかりをつけられても大丈夫よ」
「まあクレームは俺の所に集中するだろうから皆は大丈夫じゃないかな」
「もしハルトに闇討ちでも仕掛けようものならお礼参りは徹底的にやることにしよう」
幸い私達の方がレベルは高い。
纏まって攻撃されたとしても撃退出来る可能性は高いだろう。
それにもしもの時は別チームやフレンドに助っ人を頼むという手もある。
ってそうだった。
「今回の件で後回しにしていたのだけど、ついさっきラキア君からメールが来たわ」
「ほほぉ。なんだろう。
もしチームに加入したいというのであれば彼なら大歓迎だけど」
「残念ながら別件みたいよ。
どうも次のイベントに関連する特殊フラグを引き当てたけど自分たちでは手に負えないから私達に委ねるって話みたい」
「おっと。それは内容を聞くのが怖いな」
あのラキア君が匙を投げるレベルの問題。
冒頭だけ読んで重要そうだなと思ったから私もまだ先を読んでいない。
そして、
『言われた言葉をそのまま伝えます』
という但し書きの後に書かれた内容に私達は戦慄を覚えた。
え、これ闘技大会なんてやってる場合なの!?
……おかしい。
ラキアからのメールを読んであれこれする予定が、その前段階で1話使ってしまった。