9.知り合ったのは凄い人らしい
僕の初めてのフレンドになったミッチャーさんは雰囲気からして僕より大人の、恐らくはお姉ちゃんと近い年齢だと思う。
まあVRの世界でお互いの実年齢が何かに影響する訳ではないから詮索する気はないけど。
大切なのは善良な人であるかどうか。
そういう意味では見ず知らずの僕を助けてくれたのだから大丈夫だろう。
「それにしてもさっきのミッチャーさんの戦いは凄かったですね。
あっという間にモンスターとの距離を詰めたかと思えばナイフによる5連撃。
まさに達人って感じでした!」
「あはは。達人かぁ。そう言ってもらえると嬉しいね。
このゲームはスキルアシストのお陰でレベルを上げればある程度のことは出来るけど、やっぱりプレイヤースキルが重要になってくる。
同じような装備でも全然強さが違うってことはよくある。
だからリアルでも身体を鍛えておくと上達も早いよ」
「ですよね」
そのリアルでの運動が僕はからっきしだからこっちでも真面に走ることも出来ない状態だ。
ちなみに昨今の青少年は半数以上が運動不足だと言われている。
日頃から走ったり重いものを持つ機会はほとんど無いし、友達と遊ぶのもゲーム機でって言う事が大半だから。
それを見越してミッチャーさんも僕にアドバイスしてくれたんだろう。
でも僕の場合はやりたくても出来ないから。
若干僕が落ち込んだのを察したミッチャーさんは僕の方をポンと叩いた。
「ま、だけどさっきの姿を見るに君にはモンスターに立ち向かう勇気と根性はある。
なら十分に成長する可能性はあるさ」
「はい、ありがとうございます」
「じゃ、あたしはこの薬草を知り合いに届けに行くから。
また機会があったら会おう」
僕を励ましてくれたミッチャーさんはニカッと笑って走り去っていった。
手を振って見送って、さて。
僕もここで落ち込んでいても仕方がない。
出来ないことは出来るようにコツコツと努力していくだけだ。
幸い走ることについては素敵なお手本が手に入った。
ミッチャーさんの走りを参考にさせて貰えば僕だって走れるようになるはず!
「っとぉ」
ズベッ
頭の中で反芻しながらミッチャーさんみたく足を動かそうとしたら早速転んでしまった。
くすくすと芋虫さん達の笑い声、いやこれは励ましてくれてるのかな?も聞こえるし諦めずに頑張ろう。
そうして気合を入れた僕はぼろぼろになりながらも街まで戻ってきた。
あ、ぼろぼろになったのはモンスターに襲われた訳じゃなく、走ってコケるのを繰り返したからだ。
途中結構な数の人に笑われた気もするけど、旅の恥は搔き捨てってことで忘れよう。
ともかく流石にちょっと疲れたから今日はこれでログアウトかな。
「ふぅ」
VR装置を停止させればそこは現実の世界。
視界はぼやけ、自分の手すら輪郭がはっきりしない。
まるで夢から醒めたような、いやまんまだな。
VR世界、特にゲームは現実では実現出来ない事を叶えられる場所。
でも夢と違うのはその世界で得た経験や知識は起きても忘れないってことだ。
今の僕は数字はもちろん、ひらがなやカタカナの殆どを覚えている。
ただし走るのは頭で分かっていても体が付いてこれないかもしれない。まぁそもそも向こうでもまだ満足に走れないんだけどね。
でも向こうでちゃんと走れるようになったら、現実でも自然公園とかに出かけて草原を走ってみるのも良いかもしれない。
時間を確認すればお昼だったので居間に行ったらお姉ちゃんが居た。
僕は改めてお礼を伝えつつゲームでの体験を話せば、お姉ちゃんも僕の話を聞いてうんうんと大きく頷いている。
(それくらいは見えてなくても雰囲気で分かる)
そして話がひと段落したところでお姉ちゃんは立ち上がってこっちに近づいてきた。
これはあれだ。
「よしよし。ちゃんと楽しんでくれてるみたいで姉ちゃんは嬉しいぞ!」
がばっと僕を抱きしめてガシガシと頭を撫でるお姉ちゃん。
僕も基本的にされるがまま。
他所は違うらしいんだけど僕の家ではこうしたコミュニケーションが普通だ。
ひとしきり撫で終えたところでポンっと手を叩く気配がした。
「そういう事ならゲームだけじゃなく教育用のソフトも取り寄せるか」
「いやいや、これ以上お姉ちゃんに負担は掛けられないよ」
「大丈夫だって。障碍者支援用のものは大体国から補助が出るんだから。
代わりに申請やら何やらで少し時間が掛かるけどな」
「まぁ、そういう事なら」
確かに僕の使ってる腕時計型デバイスも定価の3割くらいで買えたって話だし、毎月の診察費や学校の授業料なんかも免除されてるって聞いたことがある。
それでも普通の子供よりお金は掛かってるはずだけど。
だから少しでも家族への負担は減らしたいという思いは変わらない。
「ゲームの中でも着実に学べてるから慌てなくて良いからね」
「おっけーおっけー。
だけどゲームなんだから楽しむこと優先で良いんだぞ。
あ、ところでさっきミッチャーっていう女性プレイヤーとフレンドになったって言ってたよな」
「うん」
「それってもしかして『疾風』のミッチャーじゃないか? あの有名配信者の」
あのがどれかは分からないけど、確かに本人もそう名乗ってた気がする。
配信者っていうのはつまり自分のプレイ姿を動画でネット配信してる人のことだ。
フルダイブ型のVRデバイスがまだちょっと高くて一般家庭への普及率がそれ程ではない分、そういう人たちはアイドルでもありインフルエンサーでもある。
人によっては企業から広告料を貰っているそうだ。
「すごく強いのは見て分かったけど、そんな凄い人だったのかぁ」
「そうだぞ。
もしかしたら晃もそのうち動画に映って全国デビューしちゃうかもな!」
「ないない。それにゲームとリアルだと見た目違うから僕だって気づかれないよ」
「まぁそれもそうか」
それに今の僕のプレイ姿って言ったら大半が走ってこけてるだけだ。
流石にそんな姿は全国放送されてほしくないなぁ。
ひとまず今後もこんな感じで目が不自由だった主人公が色々ハンデを持ちながらVR世界で似たような境遇の人とも出会いつつのんびりと活動していく作品になる見込みです。