81.蜘蛛の巣要塞の攻略
結局、全くモンスターに襲われることなく僕達はその場所に辿り着いた。
蜘蛛の巣というよりも蜘蛛の糸で作った家と呼んだ方がしっくりくる程の密度で編まれた蜘蛛の糸の壁。
中の広さはちょっとした体育館くらいあって一番奥には見るからにボスですよっていう巨大蜘蛛型モンスター。
更に取り巻きの蜘蛛たちも沢山。
これ蜘蛛が嫌いな人が見たら気絶しそうだ。
そんな『グロ注意』な場所を僕たちは少し離れた場所から眺めていた。
ひとまず蜘蛛の巣要塞と命名しておこう。
「これ中に入ったら一斉に襲ってくる奴ですよね」
「ええ。間違いないわね」
「フィーディアさんの能力で遠くから殲滅出来たりしないですか?」
「無理ね。
確かに私は魔法職で遠距離攻撃が主体だけど、あの規模の要塞をまるごと破壊する威力はまだないわ。
ボスをピンポイントで狙えばここからでもダメージを与えられると思うけど」
討伐までは至らないだろうと。
まぁそうだろうね。
遠くから狙撃して勝てるのならそんな楽なことはない。
この距離なら防御も容易だろう。
やっぱり乗り込むしかないか。
フィーディアさんが魔法職というのなら前衛は僕かな。
ただし僕はコロンみたいに防御力が高い訳じゃないから無策で突っ込むと即死しかねない。
「じゃあ前衛で突入よろしく!」
どんっ
「え、ちょっ」
策を考える前にフィーディアさんに背中を押し出されてしまった。
すると当然のようにモンスター達と目が合ってしまった。
仕方ない。こうなったら覚悟を決めるか。
最悪、死に戻って再チャレンジしても良いだろうし。
「フラン、この前のあれをやろう」
(くすくす)
フランに出してもらった長さ1mの糸の先端に石を結びつける。
これを振り回せば即席の盾の完成だ。
この前は槍の代わりにしたけど壁役なら殺傷能力は低くていい。
「いざ」
蜘蛛の巣要塞に一歩踏み入れる。
一斉に向けられる視線。その数、えっと、8かける100くらい?
しかしまだ攻撃されない。
慎重に足元に張られている透明な糸をまたいでもう1歩。更にもう1歩。
『キシャッ』
「っと」
ここでようやく一斉に糸を吐いて攻撃してきた。
どうやらすぐに逃げられない位置まで待っていたらしい。
僕も左右の手で持っていた石付きの糸を回転させてガードする。
って重っ!!
あっという間に2枚の白い壁が出来上がってしまった。
矢とかなら弾くけど糸だとこうなるのか。
横から見たらソフトクリームみたいに円錐状になっていることだろう。
ただこれ、お互いに邪魔で次の攻撃がしづらい。
ここからどうやって戦おうかと考えたところで後ろからフィーディアさんの声が聞こえた。
「『かまいたち』」
シュバッ
僕のすぐ横を風の刃が通り過ぎていき、糸の壁を切り裂いた。
更にその刃は意思を持っているかのように飛び回りモンスター達に襲い掛かっている。
なるほど、これがフィーディアさんの魔法か。
って感心してる場合じゃないな。
糸で僕を絡めとることが無理と判断したモンスター達が近接戦を仕掛けようと僕に迫って来ていた。
前後左右だけじゃなく中空に張られた糸を伝って上からも攻撃してくるのが厄介だ。
このままでは囲まれて集団リンチに遭ってしまう。
それを避けるために動き回りたいけど不用意に動くと足元に張られている糸に絡まる未来が待っている。
『シャッ』
「くっ」
斜め後ろからの攻撃に思わず横に跳んでしまった。
着地地点の足元には糸。
僕は咄嗟に腕を伸ばして中空の糸を掴んだ。
(くすくす)
「よっと」
糸は意外としっかり張られていたようで引いても伸びることはなく、逆に僕の体が持ち上がった。
そして手を離せば絡みつくことなく外れてくれる。
これはフランのおかげ。
僕の手は今、フランの粘液で覆われてグローブみたいになっている。
蜘蛛の糸はこのグローブにくっつくだけで、手をグローブから抜けばするりと外れる。
「(あ、これはいけるかも)フラン、この調子でお願い」
(くすくす)
僕は雲梯の要領で要塞内を飛び回ることにした。
元々今回僕は囮役で敵の注意を惹き付けながら逃げるのがお仕事。
だから兎に角逃げ回る。
その間にもフィーディアさんが入口から魔法を撃ちまくって敵の数を減らしてくれる。
そうなると今度は僕を無視してフィーディアさんを狙う奴が出てくるけど。
「よそ見は禁止」
シュッ
左手でぶら下がりながら右手1本でボウガンを構えて撃つ。
ついでにまだ奥でどっしり構えてるボスにもボウガンの矢をプレゼント。
『キシャーーッ』
僕のレベルも上がってボウガンの性能も向上してるからボスにもしっかりダメージが入ったようだ。
数発当てたところで怒ったように声を上げつつこちらへ走ってきた。
足元の子分を蹴り飛ばしてるのを見ると上司にしたくないタイプだな。
うーむ近くで見ると針のような足の毛までしっかり見えて中々の威圧感。
とげバットもビックリなあれに殴られたら一溜りもなさそうだ。
などとのんびり考えてたら飛び掛かってきた。
『シャッ』
「なんの!」
短剣に持ち替えて振り下ろされた右の足爪を弾き返す。
間髪入れずに突き刺してくる左足を横に飛んでかわす。
すると回転しながら右の3番目と4番目の足で蹴りつけてきたのをギリギリ膝を抱えてガード。
吹き飛ばされて地面に叩きつけられる羽目になった。
これはまずい。
手足の数が違い過ぎる。
何か打開する策を、って足が動かない!
「そうか地面の糸!」
足元に張られていた糸が絡みついて膝から下が完全に固定されてしまった。
でもギリギリ上半身は動く。
なら最後まで足掻いてみせる。
「フラン、子分の吐く糸のガードはお願い」
(くすくす!)
「ボスだけでも倒せれば!」
シュシュシュッ
ボスの目を狙ってボウガンを撃ちまくる。
8つもあるとはいえ、どれか1つにでも深く刺されば致命傷のはず。
向こうもそれが分かっているから前足でガード。
でもそうすると今度は顎下ががら空きだ。
他より若干柔らかそうな部分に矢が数本刺さるがまだ倒すには至らない。
正面からの振り下ろしを短剣で受け流しつつカウンターで殴って押し返す。
足が地面に固定されてたから出来る芸当だ。
(時間切れか。でも)
左右の子分モンスターが吐いた糸が積もって僕を埋めてくる。
フランのお陰で直接触れてはいないけどあと1分もすれば蛹のように蜘蛛の糸が繭になって完全に包まれてしまう事だろう。
その最後の隙間。
正面のボスのさらに向こうからフィーディアさんの魔法が炸裂するのが見えた。
僕にばかり気を取られていたボスがあれに耐えられるのか。
その答えはすぐに導き出された。
「糸が、崩れていく……」
まるで乾燥した砂のように僕の足に絡んでいた糸も周囲を覆って繭のようになっていた糸も、全部ではないけどサラサラと崩れていった。
お陰でクリアになった視界。
そこにはあのボスの姿は無かった。
無事にフィーディアさんの攻撃で倒しきれたのだろう。
そしてボスが呼び出した眷属の蜘蛛モンスターもその糸と一緒に消え去り、残った蜘蛛たちも散り散りに解散していった。
僕が慎重に身体に残った糸を取り除いているとフィーディアさんが片手を上げながらやって来た。
「や、お疲れ様。
ラキアさんが囮になってくれたお陰で勝てたわ。ありがとう」
「いえ、こちらこそ僕1人では勝つのは無理だったと思います」
勝利の握手を交わし「じゃあ戻りましょうか」と言うフィーディアさんに僕は首を横に振った。
「僕は少しだけここを調べてから戻ります」
「そう? じゃあ先に戻るわ」
「はい。今回はありがとうございました」
颯爽と来た道を戻っていくフィーディアさんを見送る。
その背中はキラキラと輝いていた。