76.境界を越えてしまったらしい
のんびりみちくさ回。
薔薇園の解決はもう少し後です。
気が付けば真っ暗な空間に横たわっていた。
「えっと?」
なぜこんな状態になったのかと思い返してみると、まず工事中の闘技場の見学をこっそりしていた。
すると地下倉庫に続くと思われる穴を発見。
そこで誰かにぶつかってバランスを崩した僕は穴の中に足を踏み出してしまった。
てっきり階段なり梯子なりがあると思ってたのに何もなくそのまま真っ逆さま。
そして今に至る。
だけど落ちてきたはずの穴は見当たらない。
「ここどこ?」
聞いても答えてくれる人も居ない。
天井は見渡す限りの闇。
起き上がって周囲を見ても真っ暗。
そして床も真っ黒だ。
重力が無ければ宇宙にでも放り出されたんじゃないかと勘違いしただろう。
暗所恐怖症なら発狂ものだ。
「自分の姿は見える。ならただただ黒い空間なのか」
僕は女神の祝福により暗闇でも見える。
なので地下洞に落ちただけなら土の壁とかが見えるはずなんだけど何もない。
どうやら変な空間に迷い込んでしまったらしい。
「あ、配信は……切れてる。ならイベント空間という可能性もあるか」
手をいっぱいに広げてみても壁に当たることもない。
足元も平らな地面が広がっているだけで穴も凹凸もない。
いや、あった。これは点字ブロック?
1歩進んだ所から規則的に並んでいる凹凸は馴染み深いあれだ。
ならこれに沿って歩いていけばどこかに辿り着けるかもしれない。
僕は四つん這いになりながら慎重に進んでいく。
点字ブロックの道は右に折れたり左に折れたりと随分入り組んでいる。
「左に3歩歩いたらさっき通った場所があるはず」
多分まっすぐ進めばもっと早く奥に行けると思うけどここは道順通りに行こう。
そうやって20分ほど進んだところで遂にこの空間にも変化が起きた。
縦4横6の計24枚のディスプレイとその前に佇む人がいた。
って、人だ!
落ち着いた後姿からして多分ここに住んでるんだと思う。
なら出る方法も知ってるはず。
「あの~すみません」
「(ぶつぶつ)しっかし異界の冒険者の行動力ってのはえげつないなぁ」
「もしも~し」
「そこに未知がある限り突き進むんや~って、お前さんそこワンパンどころか鼻息で死ぬで」
声を掛けても反応なし。
寝ている訳では無くてディスプレイの1つを見ながらブツブツと呟いている。
僕も後ろから見てみればそこには乾燥した大地と切り立った斜面。
たしかグランドキャニオンがあんな感じなんだっけ。
そして巨大なリュックを背負った男性プレイヤーの姿も映っていた。
そのプレイヤーのはるか上空を巨大な翼竜が飛んでいく。
なるほど、あんなのに見つかったらおやつ代わりに食べられてしまいそうだ。
「確かに冒険してみたくなる気持ちは分かる気がする」
危険なのは間違いない。
でもあの雄大な景色を見れるのならチャレンジする価値はあるだろう。
そこでようやく僕の声が聞こえたのだろう。
目の前の人がこっちに振り返った。
「って、だれや!」
「こんにちは。お邪魔してます」
「いやいやいやいいや」
めっちゃ驚いてる。
そりゃ家に知らない人が居たら驚くよね。
こういう時はあれだ。
「ひとまずこれでも食べて落ち着いてください」
「お、おぉ」
アイテムボックスから果物盛合せを取り出して差し出す。
そして向かい合って胡坐を組みつつ一緒にリンゴを丸かじり。
「ふぅ」
「ってなにやねんこれ!」
落ち着かなかったらしい。残念。
でも持ってるリンゴを投げ捨てたりしない辺り、悪い人ではなさそうだ。
「そもそもあんた、どうやってここに入って来たん?」
「えっと地面に空いた穴に落ちて、ですね」
「穴やて?」
「はい。今王都の隣で建設中の闘技場があるじゃないですか。
そこの見学をしてたら地下に繋がってそうな穴がありまして。
よろけた拍子にその穴に落ちたらこの空間に居ました」
「ちょい待ってや」
僕の説明を聞いたその人はディスプレイに向き直るとカチャカチャと何か操作をしていく。
すると闘技場の映像が映し出された。
なるほど、監視カメラみたいな感じか。
なら差し詰めここは警備員室みたいな場所?
それは確かに部外者が入ってきたら驚くよね。
などと考えているうちに僕の落ちた穴を見つけたらしい。
「これか。あ~確かに境界が曖昧になってる。
誰ぞここで変なスキル使いおったな!
ログはっと。
なるほどロックゴーレムを召喚しようとしたんか。
召喚したモンスターは素材落とさないし一定時間で消えるんだから意味無いのに。
しかも失敗して魔力爆発起こしたのか。
それで出来た穴をテキトーに塞いだ?あほか。
まったく困るわ~。
担当した奴誰や。タウあたりか?
女神ももうちょっと考えて祝福を与えてくれんと下のもんが苦労するんやで。
毎回毎回ごめんね~じゃないねん」
ブツブツと文句を言いながら手は凄い速度で動いていく。
そして「よし」と言った次の瞬間には穴は綺麗に塞がれていた。
一仕事終えたその人は頭を掻きながらこっちを見た。
「あーすまん。今回のはこっちの不手際や。悪かったな」
「いえ、僕は大丈夫なのですけど、ここは」
「すまんが教えられへんし、ここの事は他言無用で頼みたい。
なんて一方的に言っても受け入れて貰える訳ないよな。
分かっとる。
せめて何か見返りかヒント寄越せっちゅうんやろ。
しゃあないなぁ全く」
いや何も言ってないし。
僕としては元の場所への帰り方だけ教えて貰えたらそれで良いんだけど。
「今言えるのは同じ手順でここに来るのは無理っちゅうことと、次来れるのはずっと先っちゅうことやな」
「つまり正規の手順で来ることも可能なんですか?」
「ああ。その手順については、冒険者なら自力で調べるんやな」
後半にやりと笑いながら言われてしまった。
でも確かにそれが冒険者としての醍醐味だ。
この監視カメラといい、先ほど穴を塞いだことといい、何より女神様と面識がありそうな呟きから目の前の人は天使とか使徒とかそんな感じだと思う。
ならここは天界とか上位次元とかそんな感じのどこかだろう。
そこに繋がる道を探す? 面白そうじゃないか。
そして来ることが出来るなら帰ることも出来るはずで、えっと、あ、これかな。
さっきもディスプレイ越しに見た空間のゆがみをみつけた。
多分これを通れば元の場所に戻れるだろう。
あまり長居してたら見てはいけないものも見てしまいそうだから早々に退散しよう。
「それじゃあお邪魔しました」
「おう、きぃ付けて帰りや」
僕は別れの挨拶をして見つけた空間のゆがみを潜り抜けた。
「ってなんで出口が分かるん、ってそっちは……」
「え?」
後ろで何か言われた気がするけどよく聞き取れなかった。
場面は一転して無事に太陽の下に戻って来れた。
それは良いんだけど、なぜか今度は一面の花畑。
どうやら別の場所に出てきてしまったらしい。