65.交渉相手が現れた
僕のボウガンで敵をおびき寄せて、走ってきた所をコロンの大楯で跳ね返して撃退するというスタイルは、30分もしない内に破綻し始めていた。
というのもコロンの想定では最初のカウンターでほとんどの敵は粉砕出来る計算だったから。
しかし実際にそれで倒せたのは7割くらい。
残りは追撃を数回行ってようやく倒せるのが実情だ。
そうするとどうしても1体を倒すのに時間が掛かってしまう。
しかも跳ね返すタイミングが結構シビアらしく、時間が経つごとに初撃で倒す成功率が下がっている。
「コロン、少し休憩する?」
「ふぅ、そうね」
ゲームだから肉体的な疲労は無くても精神的には疲れがたまる。
僕の提案に頷いたコロンは残っていたモンスターを一掃し終えると近くの岩に腰掛けた。
僕もその隣に座りながらアイテムボックスからフルーツ盛り合わせを1つ出してコロンに差し出す。
疲れた時には甘いもの。
一説にはこの甘いものはケーキのような砂糖の甘さよりも果物の方が良いと聞いたことがある。
まぁここはゲームだし血糖値が、とか、カロリーが、とかは気にしなくて良いだろう。
大切なのは食べて幸せになれてリラックス出来ることだ。
ただバナナとかは良いけどリンゴ丸々は食べにくいか。
「短剣でリンゴの皮むきとか出来るかな」
漫画とかだと大道芸人よろしく宙に放り投げてシュパパパパンと皮をむきつつ食べやすいサイズに切り分けるのだろうけど、もちろん僕はそんなことは出来ない。
せいぜい手に持って4つに切り分けて芯の部分を取るくらいだ。
それらを食べながらこの後の作戦を考える。
「殲滅力不足が課題かな。
フォニーが居たらよかったんだけど今日はログインしてないみたいだし」
「そうね」
フォニーなら打撃武器を扱ってるし、音による衝撃波はここのモンスターとも相性がいいと思う。
でもフレンドリストを見たところ今はログインしてない。
他に呼べそうな人と言えばミッチャーさんとイールさんだけどどっちも忙しそうだしなぁ。
それにふたりとも重量級モンスターと相性が良いとは言えない気がする。
などと考えていたらコロンからため息が聞こえた。
「ごめんね。本当ならもっと上手くカウンターを決められる予定だったの」
「まぁ予定通り行かない事なんてよくある話」
「もうちょっと練習を積めばコツを掴めそうなんだけど、それまで付き合ってくれる?」
「もちろん。それに僕ももっと活躍出来ないか試してみるよ」
言いながら以前ミッチャーさんに貰った短剣を取り出す。
確か火属性の短剣だし高防御力のゴーレムにも多少は通用するはず。
コロンも左手をぐっぱしながら盾の感触を再確認する。
ということで第2ラウンドだ。
「まずは僕がボウガンでモンスターを釣る」
こつん
「近づいてきた所を私がカウンター」
ドゴォン!
「倒せなくても罅の入った装甲に短剣を突き刺す」
とすっ
「ダメ押しで盾タックル」
ゴスッ!!
よしよし、これならそんなに手間が掛からずにモンスターを倒すことが出来そうだ。
ただこれどうなんだろう。
こつん
ドゴォン!
とすっ
ゴスッ!!
音だけ聞くと迫力がまるで違う。
しかも最初のカウンターで結構倒せるので、ドゴンドゴンとコロンの音だけが周囲に響いている。
まぁ今回はコロンが主役だし、カウンターで倒せてるって言う事は技が上手く嵌ってる証拠だから喜ばしい限りだ。
でもそれは事情を知っている僕らだからであって、第3者が見れば僕が寄生しているようにも見えることだろう。
「コロン、誰かこっちに来るよ」
誰も近くに居ない場所で狩りを行っていた僕達だけど、別にここを占有している訳じゃない。
だから知らない誰かが近くに来るのは変じゃない。
でも他にも空いている場所は沢山あるのでわざわざこっちに来る理由は何だろう。
念の為僕らは狩りの手を止めて様子を窺う事にした。
(にしても軽装だね)
(魔法使いにしては杖とか持って無いのは変)
やって来たのは男性3人。
いずれも重い鎧も着ていなければハンマー系の武器を持っている訳でもない。
マントを羽織っているけど魔法使いというより学者っぽい出で立ちに見える。
そんな彼らに、近くに居たゴーレムが突撃していったけど。
「右肩」
「潰れてしまえ」
「爆発しろ」
彼らは一瞥しただけでゴーレムを粉砕してしまった。
通常の魔法のように手や杖から何かを放ってはいないことから恐らく女神の祝福なのだろうとは思うけど。
また随分と変わった能力だなぁ。
などと思ってたらこっちに声を掛けてきた。
「やあそこのお二人さん。
見たところ釣り役と壁役で攻撃力不足じゃないか?
俺達はアタッカーなんだ。
よかったら君たちの力になってあげるよ」
ぺしぺし
上から目線で鼻にかけた態度。
普段の僕なら「間に合ってます」って断るところだけど、今回のパーティーリーダーは僕じゃなくてコロン。
それにこれは丁度いいかもしれない。
そう思って僕は一歩下がってコロンを前に出した。
さあコロン。練習した交渉術の見せ所だよ。
「悪いけど間に合ってるわ」
「なっ!?」
ぺしぺし
まさかの問答無用でお断り。
コロン、交渉は? するまでもない感じ?
その気持ちは分からなくはないけど。
だけど向こうは分かってはくれない。
「いやいや、遠目に戦いを見させて貰ったけど釣り役の彼まで戦闘に参加していたじゃないか。
俺達が加われば彼に釣りだけさせて僕らでモンスターを殲滅することが出来る。
今より数倍討伐効率が上がって素材も経験値も沢山手に入れることが出来るぞ」
ぺしぺし
「確かにそうかも知れないわね」
「だろう? だったら良いじゃないか」
ぺしぺし
「それでもお断りよ」
「納得いかないな。そこまで頑なに断る理由を教えてくれよ」
ぺしぺしぺしぺし
「端的に言えば方向性の違いね。
って、ラキアはさっきから何してるの?」
話し合っているコロンの近くで蠅を追い払うように手を動かしていた僕を半ば呆れた感じで問いかけてきた。
まあ話し合いの邪魔だったよね。
でもまぁ仕方なかったんだ。
「さっきから後ろの眼鏡かけてる人から不躾な視線が飛んできてたから払いのけてた」
「なに!?」
僕の返事を聞いて驚いたのは向こうの男性陣。
ただ視線を向けた先は眼鏡の人にじゃなくて僕に。
ということは心当たりがあるのだろう。
慌ててもう1人の男性が眼鏡の男性に小声で問いかけると眼鏡は首を横に振っていた。
どうやらただのエッチな視線と言う訳ではなかったようだ。
なら何だったのか。
それにはコロンが心当たりがあったらしい。
「まさか『鑑定眼』。貴方達もしかして【神瞳】の人?」
「おっとよく分かったな。
そうとも。俺達はチーム【神瞳】のメンバーだ」
鑑定眼って要するにこっちのステータスを覗き見ようとしてたって事か。
え、なにそれ盗撮魔?
モンスター相手に使うならともかく、プレイヤー相手に無断で使うのはプライバシー侵害に当たるのでは?
かなりグレーゾーンの行動をしてるのに彼らは悪びれた様子もない。
僕は俄然目の前の男たちへの評価を下げることにした。