59.特別顧問のおしごと
本当はラキアが崖から落ちた所からとも思ってたのですが、前振り付きです。
<イール視点>
『篝火を焚いていたという事は、火を扱う知性があるということだ。
けど同時にそこまで夜目は利かないということでもある。
つまり月明りの届かない森の中なら僕の狙撃で一方的に攻撃出来ると思う。
これを利用して敵の数が多いから攻撃しながら逃げつつ敵を崖に誘導する。
敵からすれば僕を追い詰めた形だ。
一方的な奇襲からここまで散々見えないところから攻撃してきた僕を遂に追い詰めたと思えば敵も油断するだろう。
そこでイールさんの出番です。
僕に注意が向いている敵に空から奇襲を掛けてください。
混乱に乗じて僕も攻撃するので一気に殲滅します。
フォニーは僕が敵を誘き出した隙に敵アジトを襲撃。
洞窟内で音スキルが反響を起こせば通常よりも威力が出せるんじゃないかな。
でもボスが残ってる可能性が高いから無理そうだったら僕らが敵を殲滅して戻ってくるのを待って。
ただし、誘き出した敵が戻ってくるかもだから警戒は怠らないように』
事前の打ち合わせでそう決まった。
少ない戦力をさらに分散させようって言うのだから愚策とも取れる。
だけどそもそも人数差は10倍以上。
恐らくだけどこれは負けイベント。
一度負けて村人を説得して一緒に再討伐っていうシナリオだと思われる。
ただ気合を入れる若者に水を差す必要もないだろう(いや俺もまだまだ若いけど)
しかしいざ作戦が開始してみればどうだ。
(この暗い森の中で全弾命中。
しかも逃げながら振り返った一瞬で狙いを定めただけなのに。
本人はまだレベルが低いからあまり数を減らせないかもなんて言ってたけどとんでもないな)
実は王国から貸与された特殊ゴーグルで暗い森の中も見通すことが出来る俺はその光景を上空からじっと見つめていた。
ラキアの攻撃に加えて時折足を縺れさせて倒れる奴も居た。
恐らくラキアの肩に乗っていた芋虫の仕業だろう。
あの芋虫はなんだ?
絶対普通の虫じゃないし、モンスターの一種?
しかし女神の祝福以外でモンスターをテイム出来たって話は聞いたことが無い。
帰ったら調べないと。
そして崖に誘い出されたリザードマン達。
こいつらは言動から実はモンスターというより亜人の一種じゃないかと思い始めたが敵なのだから関係ない。
俺とラキアで敵集団を翻弄しつつ数を減らしていく。
すると遠くで地響き。
届いたチャットが正しければアジトだった洞窟を崩落させたという。
(いや、え? 普通そう言うの破壊不可なんじゃないのか?)
疑問に思うが出来たというのだから今は信じるしかない。
ここにいる敵の残党ももう10人程だ。
これは勝ったなと内心思ったのがいけなかった。
「「うおおおぉぉ!!」」
自棄になった敵がラキア目掛けて突撃。
そして敵もラキアも崖から落ちて行ってしまった。
くそっ。
あ、いや。落ち着け。ここはゲーム。落ちても死に戻るだけ。
まずはフォニーに連絡だな。
『フォニー。落ち着いて聞いて欲しいんだが、ラキアが崖から落ちた』
『は?落ちた?………………すぐにそっちに行きます!』
ぷつりと通信が切れて数分後。
俺の目の前には怒るフォニーと土下座して謝るラキアの姿があった。
「もう。無事なら無事と連絡してください!」
「ごめんなさい」
「というかどうして連絡してくれなかったんですか?」
「えっと、イールさんがその方が面白くなりそうだからって」
「イールさん?」
「はい。すみませんでした」
怒ってる女性には逆らうな。これは世渡りの鉄則だ。
俺は黙ってラキアの隣に座って頭を下げた。
ちなみにラキアがなぜ無事だったかというと、崖から落ちた直後に芋虫が粘液を崖の側面に発射してラキアを抱えつつぶら下がることに成功したからだ。
そこからロッククライミングの要領で登ってきたそうだ。
いや芋虫優秀過ぎるだろ。
ともかくフォニーの怒りが収まってきた所で状況を整理しようと思う。
「アジトに残っていた奴らは全滅。
ラキアが誘い出した奴らも全滅。
まさかたった3人で圧勝出来るとはなぁ」
「あ、イールさん。何人かは倒しきれずに森の中に残ってる筈です」
「数人で何が出来るって訳でも無いだろうが注意は必要だな」
「はい」
戦に負けた兵士が野盗になったってのは良くある話だ。
ただ一連の流れがイベントだったと考えれば多分これ以上の問題は起きないだろう。
その証拠にほら。
「もうすぐ夜が明けるみたいだな」
「時間が進んだって事はイベントクリアと見てよさそうですね」
ここはイベントフィールドだから時間経過とシナリオ進行は連動している。
これで後は村に戻って報酬を貰えば全部終わりだろう。
しかしそこでフォニーが慌てたように声を上げた。
「ラキア君。朝日です!」
「え、あ、そっか!」
ラキアも分かったようだけどなんだ?
俺は何かを見落としてただろうか。
「何かまだ問題が残ってたのか!?」
俺が慌てたのを見てラキアはパタパタと手を振った。
「すみません。違うんです。
実は村の子から『沢は朝日が差し込む時間が一番きれいだよ』って教えて貰ったんです」
「私達、元々はそれを見にここまで来たので」
「イールさんも一緒に行きますよね?」
当然と言った感じで誘ってくれたところ悪いけど俺は首を横に振った。
「いやすまん。俺も見たいのは山々なんだが、急ぎやらないといけない用事が残っててな。
終わったら向かうから先に行っててくれ」
「……分かりました。行こうフォニー」
「はい」
手を取り合って村の方へと向かう2人を見送る。
その姿が見えなくなったところで俺も気合を入れなおして森へと入っていった。
お目当てのものは、良かったまだ残っていたな。
足を糸でぐるぐる巻きにされて体にも矢を数本受けてなお生きているリザードマンの残党。
リーダー格だったみたいだし色々知っているだろう。
「さあ尋問のお時間だ」
「ぐっ、貴様。襲撃者の仲間か」
「おうよ。そしてこれでも王国警備隊の特別顧問でもある。
お前たちがこの地に侵攻してきた目的をきっちり吐いてもらうぜ」
問題はもう起きないと言ったが、おまけが無いとは言ってない。
本当はアジトの方も調べたかったんだけど崩落したっていう話だし掘り起こすのは厳しいな。
そうして子供達にはちょっと見せられない話し合いを終えて俺も村に戻った。
「いやぁあなた方はこの村を救った英雄です!本当にありがとうございます」
事件解決万々歳と大歓迎で迎えてくれるのは嬉しいのだけど、さてどうしたものか。
水を差すのも良くないけど、もう鼻の下を伸ばす演技もしなくて良いしな。
いちおうラキアには確認を入れるべきか。
今回の行動のリーダーは俺じゃなくラキアだしな。
「あーラキア。この村どう思う?」
遠回しに聞いてみた。
これで意図が伝わるかどうかでラキアがどこまで気付いてるかも分かるだろう。
「良いんじゃないですか?
男性陣も幸せそうですし共存共栄善きかな善きかな。ですよ」
その視線は男性に対しても女性に対しても平等に向けられていた。
「……いつから気付いてたんだ?」
「ふもとの村を見た時からですね」
「そうか」
なら王国に上げる報告書にも現状のままで問題なしと記載しておくか。
あとはラキア達のことは、伝えない方が良さそうだな。
王国としては有能な人材は欲しいのだろうけど本人たちは名誉とか出世には興味無さそうだし。