58.深夜の襲撃
久しぶりの戦闘描写。
ただし敵の方が頑張っている模様。
時刻は深夜。
正確には僕らがいるこのイベントフィールドは深夜って事なんだけど。
討伐作戦に向けて僕は再びイールさんの背に負ぶさって空を飛んでいた。
「すみません、タクシー代わりに使ってしまって」
「ははは、気にするな。立ってるものは親でも使えっていうしな。
地上を移動して万が一見つかったら村との関係を疑われるかもしれないから反対側まで飛んでいきたいってのは納得の理由だ」
そうして僕らは敵のアジトから500メートルほど離れた場所に静かに降り立った。
「この距離から届くのか?」
「いえ。150メートルくらいまで近づかないとですね」
流石にそんな近くに降りたら見張りに気付かれる可能性が高いので少し遠めに降ろしてもらったのだ。
あとは近づきながら狙撃ポイントを探していく予定だ。
「じゃあイールさんも所定の位置に」
「おう。頼むから俺の分の獲物も残しておいてくれよ」
「僕はそこまで強くないから大丈夫だと思いますよ」
「どうだか」
そう言い残してイールさんは飛び去って行った。
ではこちらも移動を開始しよう。
ひとまず周囲にモンスターの姿は、無しと。
居たら居たでMPKよろしく敵のアジトに誘導するって手もあったんだけど居ないならそれでもいい。
残り200メートル。
『フォニーの方はどう?』
『予定位置に到着しています。周囲にモンスターの気配はなしです』
『オッケー。僕ももうちょっとで到着する』
フォニーは僕より先にイールさんに運んでもらっていた。
今は僕とは違う位置からモンスターのアジトを見張ってくれている。
イールさんの出番は最後だし、後は僕の開始の合図待ちだ。
130メートル。これ以上の接近は厳しいか。
『じゃあ始めます』
『はい』
『冷静にな』
僕はボウガンを取り出して構える。
やることは単純。失敗しても死ぬわけじゃない。
サイトの向こうには人間と同じくらいの体格のトカゲ男。
(相手が人間じゃないってだけで、やってることは暗殺なんだよなぁ)
罪悪感って程じゃないんだけど、もし戦争で敵に銃を向けた時ってこんな気分なのかな、なんて思ってしまう。
だめだな。
躊躇して勝てる相手では無いだろう。
ここはゲーム。相手は敵。
深呼吸を1つして、僕は引き金を引いた。
シュッシュッ
「ぐあっ」
続けざまに2発。右側に立っていた男の首と眉間に矢が突き刺さり絶命させた。
ゲームだから血は噴き出ないし死んだら光になって消えていく。
でも当然仲間が倒されたっていうのは伝わる。
サイトの奥で驚いたもう1人の見張りが慌ててアジトの中に襲撃を報せているのが見える。
よし、これで増援が出てくるだろう。
シュッシュッシュッ
「ぎゃっ」
「くそっ、敵襲か!」
「いったいどこから、ぐっ」
増援が出てきた所でもう1人の見張りも倒し、更に矢を放って敵にダメージを与えていく。
現れた増援は10、20、いやまだまだ出てくる。どうなってるんだ?
内心焦りつつも手は止めない。
ボウガンの矢をセットして撃つ。
しかし最初の不意打ちと違って簡単に倒すには至らない。
中に居た奴の方がレベルが高いのか装備が良いのか。
程なくして矢が飛んでくる方向を確認した彼らは僕の方へと走ってきた。
と言ってもまだ僕を見つけた訳では無いだろう。
(今は深夜。手元の松明さえ無くなればそう簡単に見つけられはしない)
僕は狙いを奴らが持っている松明へと変更する。
それと同時に後退を開始して少しでも時間を稼ぐ。
「飛んでくる矢の数からして敵は少数だ。恐れることはない!」
「「おおぉ!!」」
篝火を焚いてたから知能はそれなりに高いと分かってたけど指揮能力や連携まで取れるのは厄介だな。
せめて先頭の隊長っぽい奴を倒せればと思うけど、やっぱり強い。
(くすくすくす)
「うぉっ」
先頭の男が突然地面に足を取られて転倒した。
見れば男の足に糸のようなものが巻き付いている。
「くそっ罠まで仕掛けてやがるのか。くっ、なんだこれは」
急いで引き千切ろうとした手もくっ付いて余計に焦っているようだ。
その隙を僕が見逃さず矢を放っていくのだから大変だ。
「俺にかまうな。先に行け!」
「「はいっ」」
追手のうち数人はまた足を取られて身動きが取れなくなるものの、今度は気にせず他の人が追ってくる。
(まずいな。向こうも暗闇に慣れ始めてる)
敵が投げてくる手槍が肩を掠める。
距離ももう20メートルくらいしか離れてないし気を抜けばすぐに追いつかれるだろう。
何より計算外だったのは敵の数。
20人くらいは倒したと思うんだけど、まだまだ50人くらいは追いかけてきてる。
最初の話だと敵の数は全部で30~50だったよね。
もう余裕で過ぎてるしアジトに残ってる奴もいるだろうから合計で100人くらい居るんじゃないのか?
幸いにしてレベルはそこまで高く無さそうだけど、無理ゲーなのは変わらない。
(でももう少しで目的地だ)
逃げる僕の視界が急にひらけた。
唐突に森は終わりを告げ夜空が広がる。
突き出る地面の先に足場は無い。つまり崖だ。
「ようやく追い詰めたぞ」
「ミンチにして明日の朝飯にしてやるから覚悟しろっ」
そう言いながら逃げられないようにと僕を崖側に追い込むように囲んでいる。
僕も慎重に下がりながら牽制の矢を放つけど、やっぱり見えてれば防がれるか。
ボウガンを構える僕にリザードマン達がジリジリと距離を詰めてくる。
そこへ天の声が降ってきた。
「はっはっは。ラキア、随分と苦戦してるみたいじゃないか!」
突風を伴ってイールさんが突撃してきた。
予想外の方向からの攻撃にリザードマン達が吹き飛ばされる。
「くそっ、敵の増援か!」
「あれはまさかバードマンか。
奴らはもっとずっと北の方に生息しているのではなかったか!?」
色々言ってるけど僕を忘れては困る。
よそ見をした奴にはもれなくボウガンの矢をプレゼントしていった。
そしてこっちに意識が向いたところで今度はイールさんが風の槍を投げ込んでいく。
「はははは。天空騎士イール様とは俺のことだ。
自由に飛べる空があれば無敵だぜ!」
お、おぉぅ。
そうかなとは思ってたけど、イールさんはあれだ。
乗り物に乗ったら性格が変わるタイプの人。
普段は頼れる兄貴って感じなのに、敵の周りを猛スピードで飛んでる今は暴走族かチンピラにしか見えない。
いや強いんだけどね。今も敵集団を圧倒してくれてるし。
「おらおらぁ。こっちだこっち!」
楽しそうで何より。
ただ狙いがちょっと雑でさっきから頻繁に敵じゃなく地面を攻撃してる。
あれが全部当たってたらもう戦い終わってたかも。
とか考えてたら遠くから地響きが聞こえてきた。
あれは敵のアジトがあった方角だ。
『フォニー大丈夫?』
『私は大丈夫です。ただ、すみません。やり過ぎました』
『まぁフォニーが無事ならいいや。そっちに戻る敵が居るかもだから気を付けてね』
『はい』
実はフォニーにはアジトに残った敵の殲滅をお願いしてたんだけど、勢い余ってアジトごと崩壊させてしまったらしい。
洞窟なら音が反響するからフォニーの音スキルが有効なんじゃないか。無理そうならこっちの応援を。
そう事前の作戦で決めて僕が敵を誘い出した後に襲撃してもらったんだけど、まさかここまでとは。
そしてアジト崩壊は僕の目の前にいる敵も察知したらしい。
「今の振動はアジトの方角!」
「まさか族長がやられたのか!!」
これで戦意喪失して退散してくれたら良いなと思ってたのだけどそうはならない。
彼らの目はギラリと僕を見た。
「こうなったらせめて奴だけでも道連れにしてやるぞ!」
「「うおおおぉぉ!!」」
生き残ってた10人がスクラムを組んで僕に突撃してきた。
慌ててイールさんが攻撃するも勢いは止まらない。
僕も短剣に持ち替えて受け止めても重量差があり過ぎて弾き飛ばされてしまった。
そして僕の後ろに足場は、ない。
「あ」
一瞬イールさんと目が合う。
あの位置だと間に合わないな、などとどこか冷静な分析をしつつ僕は崖から落ちていった。




