57.情けは人の為にならない
村の人達に話を聞くと、どうも少し前から川の向こう側に今までこの山には居なかった種族が移り住んできたらしい。
「別にね。よそ者は断固拒否って訳じゃないのよ」
「ただあいつら森は荒らすし、デンデ兄さんが注意しに行ったら武器を持って追い返されたって」
「水を汲んでたらあいつらがやって来て私達を邪魔者扱いするのよ」
「追い出そうにも正面からぶつかればそれなりに被害が出るしどうしようかって話してたの」
「あの様子じゃ向こうから攻めてくる可能性もあるし」
「困ったわぁ」
どうやら結構逼迫した事態のようだ。
そしてこんな話が出たっていうことは僕達に撃退の手伝いをして欲しいっていう事なんだろうなぁ。
「それは大変だね。それなら」
手伝おうかと言おうとしたところでフォニーが僕の肩をポンと叩いた。
見れば首を横に振っている。
ここは助けない方が良いって事? と思っていたら若干違った。
『こちらから助力を持ちかけない方が良いです』
『そうなの?』
『彼女らは困っていると言ってるだけです。
助けて欲しいとは一言も言ってません』
確かにそうだ。
でも話の流れを考えればそう言う事なんだろうと思う。
そんな僕にフォニーはさらに言葉を重ねた。
『これ結婚詐欺師とかの常套手段です』
え、あー言われてみれば?
確かにそういう話は聞いたことがある。
結婚詐欺師は「お金を貸してほしい」とは中々言わないのだとか。
代わりに「実は今お金に困っていて」みたいに困窮具合を切実に恋人に打ち明けて同情を誘い、相手から「どれくらい必要なの?」「それなら私が貸してあげる」という言葉を引き出す。
そうすると後で訴えられても「いや向こうが勝手にお金を渡してきたのであって私は頼んでいない」と反論してくるらしい。
その話を聞いた時は僕もそんな簡単に引っかかるのって疑問に思ったけど、いざ自分がされるとコロッと言ってしまいそうになってた。
だからこの場合僕らが言うべき言葉はこうだ。
「それで僕らにして欲しいことはある?」
「あ、えっと~」
「ねぇ」
明確に「助けて」とか「手を貸して」という言葉を求めると途端に言葉を濁す少女たち。
これはやっぱりフォニーの言う通りだったようだ。
しかし僕らは今回2人ではなかった。
「いよう。ツーモさんから話は聞いたぜ。
なんか困ってるみたいだから俺達でその外来種を追い払ってやろうぜ」
「あっちゃ~」
向こうで飲んでいたイールさんが請け負ってしまっていた。
それを聞いて近くの少女たちも喜んでたけど、そんな簡単に乗せられる訳にはいかない。
「イールさん。ダメとは言わないけど、失敗した時の責任問題とかもあります。
ちゃんとこの村の長と話をして正式な依頼という形で受けるべきです」
「ラキアは固いなぁ。そんなんじゃ女の子にモテないぞ」
「僕としては無責任な発言をする人の方が嫌われると思いますよ」
「うんうん」
(くすくすくす)
僕の意見にフォニーとフランも同意してくれた。
ちぇーと不貞腐れるイールさんを連れて僕らは改めてこの村の長と話し合いを求めた。
あ、その際に村の女性陣に過度な接近はしないようにとお願いしておく。
そして村長宅で改めて話を詰めた結果、ギルドと同じようにクエストを発行してもらえた。
ただその内容がちょっと難しそうだ。
「僕ら3人のみで行動し、村との関係を敵に悟られないようにすること、か」
「少しでも村に被害が及ばないようにっていう事だろうな」
「モンスター蔓延るこの山で生活してるんだから村人も強いとは思うんだけど、それを戦力に加えられないのは厳しいな」
「まだ敵の規模も正確には分かりませんしね」
村人から話を聞いたところ、姿は二足歩行するトカゲ。所謂リザードマンらしい。
数も30~50人くらいは居るんじゃないかという。つまり僕らの10倍以上か。
個々の強さも周辺のモンスターと同程度かそれ以上と見るべきだろう。
いやこれ無理ゲーじゃない?
「少なくとも馬鹿正直に正面から挑むのは無理だな」
「はい。せめて敵のねぐらを急襲するくらいは必要でしょう」
「最近住み着いたのであれば、山の地形にも疎いかもです」
「崖に誘い込んで一網打尽にするとかどうだ」
運営も攻略不可能なクエストを用意するとは思えないので突破口はあるはず。
ただまずは色々と情報が欲しい。
「イールさん。今からひとっ飛びして敵の様子を探りに行くことは出来ますか?」
「うーん。イベントフィールドに入ってるから上空から観測することは出来るだろう。
ただもう日が暮れてしまってるからな。
月明りも届かない森の中を見通すのは難しい」
空から見て回れば行けるんじゃないかと思ったけどそんな簡単な話でも無いか。
なら明日太陽が昇ってから調査してもらって行動を起こすのは明後日の夜明け前が良いだろうか。
と思ってたらフォニーに袖を引かれた。
「ラキア君なら暗くても見えるんじゃないですか?」
「まあ真っ暗な隠し通路の中も見えたし大丈夫だと思うけど」
「イールさんにラキア君を抱えて飛んでもらうのはどうでしょう」
「その手があったか」
イールさんの飛行能力的にも装備の軽い僕を抱えて飛ぶのは不可能ではないらしい。
ただ当然スピードは出せないっていうのと、抱える手が無いのでおんぶして飛べば、という事になった。
「空のモンスターが襲ってきたら迎撃頼むぜ」
「はい、任されました」
イールさんの背に乗りながらボウガンを構える。
飛行中は地上に居たら出会わないモンスターが居るそうなので要注意だ。
そして「行くぜ」という掛け声と共にイールさんがバッサバッサと羽ばたく。
やっぱり重量がある分、羽ばたく回数も多くなるようだ。
それでもみるみる内に高度は上がり、周囲の木よりも30メートルくらい高いところまでやって来た。
高所恐怖症の人だったら気絶してるだろう。
「こんなに高く昇る必要あったんですか?」
「低いと地上から攻撃されることがあるんだ。
それにこれだけ遠ければ鳥が飛んでるようにしか見えないだろ」
「僕らも最初は鳥だと思いましたしね」
などと話しつつ僕らは川が流れているという方へと向かった。
川は、あれか。でも敵の姿は無いな。
夜だから寝てるのか?
「イールさん。もっと向こうまで行ってみましょう」
「あいよ」
僕の指示を受けて飛び続けるイールさん。
その肩越しに地上を調べていくと遂にそれらしい影を見つけることが出来た。
「居ました。
どうやら崖に穴を掘って住処にしてるみたいです。
篝火も焚いて見張りも2人立っています」
「ということはそれなりに知性は高そうだな」
「はい。ただ住処に何人居るかまでは分からないですね」
「それは仕方ないさ。
どうする。戻るか?」
「いえ、出来ればこのまま周辺の地形も把握しておきたいです」
「了解」
そうして僕らは周囲の起伏や崖の位置などを確認した後、村へと戻って作戦会議を開いた。
飛んでいる最中に考えた僕の作戦に2人の意見を取り入れて修正を加えれば、僕らだけでも奴らの撃退は可能だろうという結論に至った。
まあ難しい事に変わりはないけど、失敗しても多少なりとも敵の戦力を削げるし村に被害はないだろう。
善は急げ。決行は今夜だ。
余談。
「情けは人の為ならず」は「その人の為にならないからやらない方が良い」という事ではなく「巡り巡って自分の為になるんだ」ということわざです。
大学くらいまでずっと前者だと思ってました。