55.秘密の共有は仲良くなる近道
一通り村を見て回った結果、村にあるのは雑貨屋と食堂兼宿屋が1つずつあるだけ。
小さな村だし各家庭で畑も持ってるっぽいので大体は村の中で完結しているのだろう。
雑貨屋では野菜や薬草なども売っていたので適当に購入。
「ラキア君。野菜を買ってどうするの?」
「芋虫さん達のお土産になるかなって。
毎回果物じゃ芸が無いしね」
ついでに言うと肩に乗ってる芋虫くんのご飯にもなるだろう、
というかいい加減、芋虫くんの名前を考えないとな。
「突然だけど、友達になった芋虫に名前を付けるとしたらどんなのが良いだろう?」
僕の質問にこいつ何言ってんだって顔をするイールさんと苦笑いのフォニー。
リアルで「僕の友達は芋虫です」って言われたら僕でもそういう顔をすると思うから気持ちは分かる。
でもここはゲームで実際にそうなのだから仕方ない。
僕の無茶ぶりに、2人は何とか答えをひねり出してくれた。
「芋虫って言ったら定番は『キャタ〇ー』とかじゃないか?」
「将来的に蝶になるのなら『アゲハ』とかどうでしょう」
「えっと。イールさんのそれは苦情が来そうなので却下で。
そしてまだ蝶になるとも限らないみたいなんだよね。
全然違う生き物になった時に『君の名前はアゲハ蝶になってくれると思ったからそう付けたんだ』って知ったら自分は望まれてなかったんだってグレそう。
だから残念だけどフォニーのも無しかな」
別に芋虫くんは全然気にしないって可能性もあるけど、一応ね。
こうやって考えてると僕の名前もお父さんたちはどうやって決めたんだろうって気になってきた。
ログアウトしたらちょっと聞いてみようかな。
「俺はその芋虫を見てないしどんな見た目かも分からないからなぁ。
ラキアはその芋虫を見てどう思ったんだ?
ファーストインプレッションってのは結構大事だろう」
最初見た時?
えっと、短めのフランスパン、だったかな。
フランスパンを短くすると?
「『フラン』ってどうだろう」
「おぉ良いんじゃないか」
「はい。可愛いと思います。それに男の子でも女の子でもありそうな名前ですし」
あ、そうか。性別!
芋虫の状態でも雄雌はあるだろう。専門家でも無ければ分からないけど。
雌なのに『太郎』とか付けられたら僕なら逃げ出す。
そういう意味でも『フラン』は良いかもしれない。
「ということで今後君のことは『フラン』って呼ぼうと思うんだけどどうだろう」
(くすくす)
頷いた芋虫くん改めフランは、その身をぽっと光らせた。
もしかしてこのタイミングで蛹とか蝶に変身するのかなと思ったけど、違った。
数秒で光が収まってもフランは元の芋虫のままだった。
「あっ」
「おっ」
代わりにフォニー達が驚きの声を上げつつフランの居るところを凝視している。
ってもしかして見えるようになったのか。
「その子がラキア君が言ってた芋虫なんですね」
「でけぇが、なんというか愛嬌のある顔だな」
「可愛い見た目で良かったです。
フラン君。これからよろしくお願いします」
(くすくすくす)
無事に2人にも受け入れてもらえてほっとした。
女の子の場合、虫は問答無用で嫌って言われる可能性もあったから。
……今度コロンと会うときは大丈夫かな。一応気を付けておかないと。
「それじゃあ山に登る前に食堂でご飯食べておこうか」
「そうですね」
「あーうん、そうだな」
僕の提案に何故かあまり乗り気じゃなさそうなイールさん。
何かあるのかなと思うものの食堂へ。
ゲーム内時間では昼時だけど食堂の中は僕達以外に客は居ないようだ。
まぁ村の人は家でご飯食べるよね。ここを利用するのは井戸端会議をしたい時とかだろう。
そして女将さんにテーブル席に案内されて椅子に座ったところで、イールさんが頭を手で撫でながら申し訳なさそうに言った。
「やっぱ悪いけど俺は一緒に飯は食えないかもしれない」
「え、何か問題があるんですか?」
「これだよこれ」
そう言って手をバサバサと振って見せる。
あ、そうか。
「その手、というか翼じゃフォークも持てない?」
「そうなんだよ」
「じゃあ普段はどうやって食べてるんですか?」
「足だ。足でフォークや串を掴んで食べるんだ。
だからまぁなんだ。
これはもうマナー以前の問題だろ?
周りで見る方も気分良くないだろうし普段は一人で部屋に持って行って食べてるんだ」
なるほどなぁ。
でもここはゲームの世界だし、足の臭いや汚れを気にする必要は無い。
イールさんのこの様子からして結構慣れてそうだし、食べ散らかすって事も無いだろう。
多分食べ方云々で言えば、子供の頃の僕とかよく茶碗をひっくり返してたし相当家族には苦労させたと思う。
だから全然気にならないかな。
「フォニーは気にする?」
「いえ、器用だなとは思いますけど、不快とかはないです」
「なら後はお店の人次第かな」
ということで女将さんに声を掛けて事情を説明。
女将さんもイールさんの姿を見てすぐに納得してくれてOKを出してくれた。
むしろそれなら食べやすい料理に変更しますねとまで言ってくれた。ありがたい。
そして出てきたのは串焼きの盛合せ。
「気を遣わせて悪かったな」
「いえいえ、仲間の為に行動するのは当たり前だから」
「うん。それに足で食事ってちょっと見てみたいです」
僕たちの返事に物好きだなと苦笑いのイールさん。
そして靴を脱いで椅子の背もたれの所に腰を下ろすと、右足の親指と人差し指で器用に串を掴んで口まで運んで行った。
「すごい、なんか慣れた感じですね」
「ははは。まあ10年もやってれば誰だって出来るようになるさ」
「10年?」
このゲームはオープンしてからまだ半年くらいのはず。
10年って事はもしかしてリアルでも?
「あぁ。お察しの通りリアルの方は事故で両手を失ってるんだ。
今は一応義手も付けてるんだが、生身の時と同じようにとは行かなくてな。
試行錯誤した結果、足で色々やった方が便利だろうって結論に至った」
「なるほどそうだったんですね」
「あ、だからって変に気を遣わなくて良いからな!
今まで通り普通に接してくれ」
「はい」
この慌て様、多分色々な人に気を遣われてきたんだろうなぁ。
でもそう言う事なら大丈夫だ。
「安心してください。
僕はリアルでは目がほとんど視えません」
「私は耳が聞こえないので、話すことも出来ないです」
「おいおいちょっと待て。それ俺なんかよりよっぽど深刻じゃねえかよ」
さらっと公表した僕らにイールさんの方が驚いていた。
いやでも両手を失うって言うのも相当辛い経験だし、僕らと違って後天的なものだから喪失感が大きいだろう。
僕らはほら、生まれた時からこうだから出来ないのが当たり前だ。
幸い素敵な家族に恵まれてるし、今こうして生きていられていることに感謝している。
「なのでイールさんも今まで通りに接してくださいね」
「お、おう。分かった」
食事を通じて互いの距離を縮められるかなっていう期待はあったんだけど、これは想像以上に良かったかもしれない。
そしてより仲良くなるなら自分も同じ体験をと足で串焼きを食べるのに挑戦。
「くっ、これ、とどかっ、うわっ」
どてーん
バランスを崩して椅子ごと後ろに倒れてしまった。
リアルだったら頭を打ち付けて大怪我してたかも。
「だ、だいじょうぶですか?」
「はっはっは。すぐには無理だって」
(くすくすくす)
フォニーには心配され、イールさんは笑いながら手を貸してくれて、フランは潰されないように避難している。
やっぱり何事もすぐに出来たりはしないらしい。
今度こっそり練習しておこうかな。