52.鬼に金棒
僕は芋虫さん達に囲まれながら薬草園前に座り込んでいた。
芋虫さんは小指サイズから腕くらい太いのまで居て、長さもばらばらだ。
こんなに成長の仕方が違うってことは一括りに芋虫って考えてたけど、羽化したら全く違う蝶や蛾になるのかも知れない。
それは一度見てみたいな。
きっと見たこともない景色が広がっていることだろう。
……まぁ僕の見たことのある景色ってほぼこのゲームで見てきたものなんだけど。
「みんなは蛹になったり蝶になったりするの?」
(くすくす)
「あ、なるんだ。それはいつ頃?」
(くすくすくす)
「分からないか。まぁそうだよね」
自分がいつ大人になるかなんてその時にならないと分からないよなぁ。
ちなみに彼らは大きい方が年上と言う訳でもないらしい。
今みんなを代表して僕と会話してる子も親指くらいのサイズだ。
(くすくす。くすくすくす)
「え、そうなの?!」
今までここでこんなに大きく成長した子は居なかったらしい。
もしかして僕が食べ物を沢山持ってきた所為なのかな。
でも病気とかじゃないんだよね。
なら良かった。
「えっと、ラキア、くん?」
後ろからひょいっと覗き込むようにしながらフォニーが僕を声を掛けてきた。
どうやら話に夢中で近づいてきてたのに気付かなかったらしい。
「こんにちはフォニー。用事はもう終わったの?」
「うん。それより、ラキアくんはだれとはなしてたの?」
ゆっくりと、だけどだいぶ活舌も良く話せるようになってきたフォニー。
でもあれ? あ、そうか。
先日の蜂の件もあったし芋虫も見えるのは僕だけなのか。
「フォニーには僕の周りはどう見えてる?」
「え? うーん、みどり色のふわふわした光がただよってる?」
「あぁそんな感じなんだ」
つまり傍から見たら僕はずっと独り言を言ってた感じなのか。
そこに声を掛けてきたからフォニーはあんな恐る恐るだったのかな。
ともかくフォニーが来たのなら出発しよう。
「じゃあみんな、またね」
(くすくすくす)
「え、僕に付いて来る?」
別れの挨拶をしたらまさかの返事。
彼らってここを離れても生きていけるんだろうか。
いや大丈夫だから言ってるんだよね。
でも流石に全員で来られると僕が困る。
「うーん、みんなは困るから1匹だけならかな」
僕の答えを聞いて、くすくすと家族会議を始める芋虫さん達。
無事に結論が出たのか1匹が僕の肩に飛び乗ってきた。
形状は短めのフランスパン?
太さの割に長さはそれ程では無くて、ぽよぽよとぬいぐるみ感がすごい。
「これからよろしくね」
(くすくす)
「じゃあ今度こそ行ってきます」
改めてみんなに別れを告げて僕らは出発した。
目的地までは距離があるのでアイテムボックスから馬を出して、二人並んでぱっかぱっかと景色を見ながら走らせる。
道中の話題は合流するまでの事。
「そんな感じで3人組のプレイヤーに襲撃を受けたんだ」
「さいきん、多いみたい、ですね」
「そうなの?」
「はい。王都でとうぎじょうを造ってるはなしは聞きましたか?」
「うん、禊クエストがどうのってやつでしょ」
「それです。
で、とうぎじょうを造ってるということは、次の大規模イベントはPvP大会じゃないかって、噂されてます」
フォニーはまだ早く話すことは出来ないようで、代わりに1音1音を丁寧に話してくれた。
それによると、大会に向けてPvPの練習をしたい人達や、日頃の対戦成績を良くしておくことでシード権を狙う人達など、対人戦熱が高まっているらしい。
「マナーの悪い人達は、ごういんに勝負を仕掛けてるみたいで、国からも問題視されてます」
「相手の了承を得てないなら、やってることは辻斬りや盗賊と変わらないもんね」
「はい……ただ街の外で起きていることと、異界の旅人同士の事なので、積極的に介入しないみたいです」
「でも国からの評判は益々落ちていく、と。馬鹿なのかな」
「否定は、できません」
折角、禊クエストだなんだと挽回の機会を与えて貰ってるのに残念な話だ。
そしてその一部の人達によって僕達全体の評価も下がっているのだから悩ましい。
今後街での買い物に制限が付いたりとかしなければ良いけど。
「僕の方はそんな感じ。
フォニーの方は……あ、そのペンダントは新調したの?」
「はい。おじいさんから、先日のお礼だと言ってプレゼントしてもらいました」
フォニーの首には前回会った時には無かった艶やかな光沢を放つペンダントが揺れていた。
大きさは赤ん坊の手くらいあって横から見たら数字の6みたいなちょっと変わった形状だ。
おじいさんの所は特殊な工房だって話だし、これも特別な効果が付いてるのかも。
「そのペンダントはどういう効果が付いてるの?」
僕の質問にフォニーは「あ~」とちょっと目を逸らした。
もしかして聞いたらまずかったかなと思ったけど、そうじゃなかった。
「ラキア君は見たことないですよね。
楽器なんです、これ」
「え、そんなに小さいのに!?」
言われてじっくり観察してみれば幾つか穴が開いてるので、そこに息を吹き込んで音を出す笛の一種なのかな?
「これはホイッスルです」
「あぁあの体育の授業とかで使われる?」
「それです」
それなら僕も見たことはないけど、体育の授業時間中に良くピィーって響いてたので知っている。
そうか、こういう形をしてたんだな。
「そして私がこれを使うと、強力な武器になります!」
「おぉ~」
女神様からの祝福で音、それも自分から発する音に様々な効果を付与できるフォニーが楽器を使ったら、それはもうかなりの戦力アップになるんじゃないだろうか。
フルートやバイオリンなどは音を出すだけでも相当な練習が必要だけどホイッスルなら扱いやすい。
「といってもまだ使ったことないから威力は分からないんですけど」
「街中で吹いたら危険かもしれないしそれが賢明だったね」
「あ、一応音に指向性は持たせられるから狙った相手以外に被害は出ないですよ」
それを聞いて安心した。
これで半径10m以内の音が聞こえる人すべてにダメージを与えるとか言われたら、耳栓が必須になるところだ。
「じゃあ今のうちに試し撃ち、いや試し吹きしておく?」
「そうですね。
では向こうに飛んでる鳥を狙います」
飛んでる鳥って、あれか。
結構な距離があるけど届くの? 僕のボウガンでも無理なレベルなんだけど。
僕の心配をよそに、フォニーはホイッスルを咥えて息を吹き込んだ。
(ふぅ~~)
隣に居ても全く聞こえないくらい静かだ。
これちゃんと音出てる?
それとも実は犬笛みたいなもので人間の耳には聞こえないとか?
でも肩に乗ってる芋虫くんも首を傾げてるので彼の耳でも聞こえないらしい。
もしかして失敗だったのかなって思った次の瞬間。
「うわああああ~~~~」
狙っていた鳥が人間のような叫び声を上げながら墜落していった。
って違う。
ようなじゃなくて、今のは人の声だ!
それに気付いた僕らは顔を見合わせると落下地点に向けて馬を走らせるのだった。