43.アジトへご招待
ミッチャーさんとは街の中央広場で待ち合わせ。
えっと……まだ来てないかな。
と思ったら通りの向こうから走ってくるミッチャーさんの姿が見えた。
「待たせしてしまったかしら」
「いえ、僕も丁度今来たところです」
「うんうん良い感じね」
挨拶しただけなのになぜかグーサインを出された。
って、今のはあれか。ドラマとか古典アニメである待ち合わせシーン。
現代では携帯機器が普及したお陰でいつでもすぐに連絡が取れるけど、昔は自宅に備え付けの固定電話しか無かったらしい。
その所為で待ち合わせに遅れそうになっても連絡が取れず今のような挨拶がされることが多いのだとか。
そういう待っている時間もデートの醍醐味だって話だから、現代のデートは味気ないのかも。
「ってデートじゃないから」
「どしたの?」
「いえ何でもないです」
思わずセルフツッコミを口に出してしまったけど、別にその気はないので手を振って何でもないと告げる。
それよりこういう時にまず言うのは相手の服装を褒めるとかだろう。
これはデートとか関係なしに女性と会った時のマナーだ。
「今日のミッチャーさんは、あーどこか透けてますね」
いや全然褒めれてないけど事実そうなんだから仕方ない。
しかも服だけじゃなく全身が。もう向こうの景色が透けて見える。
え、そういう特殊スキルか装備?
などと思ったけど違った。
「最新の仕様で死に戻ると現実時間で30分こうなるのよ。
この状態だとNPCからは認識されないから活動が大幅に制限されるわ」
「街の人達から見えないって、それじゃあ悪戯し放題じゃないですか?」
「そこはちゃんと対策されてるわ。
セクハラや不法侵入、窃盗などを行おうとすると『悪霊』と判断されて回避不可の必殺攻撃を受けてデスペナルティ24時間追加。
それでも悪事を繰り返すと『あなたは女神から見放されました』ってメッセージと共にアカウントが消滅するらしいわ」
「その言い方、もしかして既に誰かが試したんですか?」
「ええ。馬鹿な迷惑系配信者が投稿してたわ。
『正規の料金を払ってゲームをしていたのにこの扱いは不当だ。運営に損害賠償を請求してやる』
なんて言ってたけど無理でしょうね」
うん、絶対無理だと思う。
昨今の時々湧いて出る頭オカシイ人対策でゲームに限らずあらゆるものの説明書に注意書きを通り越して警告文が記載されているから、運営側が悪質な行為と判断したことを繰り返すと処分は免れない。
ただどこまでがセーフでどこからがアウトなのか明確な線引きは難しいのも確かだ。
「そうそう。その配信の事でミッチャーさんに聞きたかったんです。
実は主に身内向けに自分の活動内容を配信していこうかなって考えてるんですが、うっかり禁止ワードを言ってしまったりネタバレとか映してはいけないものを映してしまう危険がありますよね。
それをシステム的にブロックを掛けたいんですけど、設定方法分かりますか?」
僕の言葉にミッチャーさんは目をキラリと光らせた。
「遂にラキア君も配信者デビューするのね!」
「いえ別に攻略配信とかを流す気はないし、爆笑トークで盛り上げたりもしないのでほとんど誰も見ないと思いますよ」
「そう思っていた時期が私にもあったわ」
しみじみとミッチャーさん。
多分ミッチャーさんも配信を始めた当初は色々とあったんだろう。
それはまた今度聞くとして今は設定の話だ。
大量にあるONOFF機能を見ながら必要な設定だけ教えて貰う。
「えっと、こことこことこれ。
これらをONにしておけばAIが自動で判断してモザイクを入れてくれたりするわ」
「なるほど(やっぱり項目名を見ただけだと分からないなぁ)」
「後は不快なコメントを削除したり迷惑なリスナーはブラックリストに登録したりする必要はあるけど、それは追々ね」
「変な人はどこにでも現れますからねぇ」
他人を貶めないと生きていけない人種っていうのは本当にどこにでも現れる。
もっと目を向けた方が良いものなんて沢山あるはずなのにって思うんだけど。
っと、そんな人の事はどうでもいいか。
「ひとまず僕の方の用事はこれで完了なんですけど。
ミッチャーさんの方も何か困りごとがあるみたいですね」
じゃないと死に戻ったりしないだろうし、わざわざ僕と待ち合わせして会う理由もない。
「そうなのよ。
でも悪いけど場所を変えても良いかしら」
「もちろんです」
ミッチャーさんは有名人だからこんな街のど真ん中に居たら注目を浴びてしまう。
もうすでに何人かこちらを見るとはなしに見ているようなのだ。
彼らが根も葉もない噂をまき散らさないことを祈ろう。
そしてミッチャーさんの案内で連れてこられたのはどこにでもありそうな1軒の民家。
「さぁ入って入って」
「はい。お邪魔します」
玄関入ってすぐにあるダイニング。隣はキッチンかな。
促されるままに席に着きながら部屋の中を見渡してみたけど、生活感はあまりない。
まあゲームだしここに誰かが住んでいるって訳でもないんだろう。
「ここは私達『電光石火』のアジトの1つよ。
ここなら盗聴の心配は無いし、何より他のアジトとも連絡が取れるから。
ということで、電光石火の他のメンバーにもラキア君を紹介したいのだけど良いかしら」
「あ、はい。大丈夫です」
何がどういう事かは分からないけど、ミッチャーさんやコロンの所属するチームの人なら悪い人では無いだろう。
でも「アジト」って言われると悪の組織を思い浮かべるのは僕だけかな。
ともかく僕が頷くとミッチャーさんはポチポチとウィンドウを操作して、壁の一面がスクリーンになって別の部屋の様子が映し出された。
そこには数人の男女、恐らく電光石火のメンバーが居て僕を見てにこにこと笑っていた。
「やあこんにちは。君が噂のラキア君だね。
俺は『電光石火』のリーダーのハルトだ。よろしく!」
ニカッと爽やかに笑う電光石火のリーダー。
ノリが明るいけどそこまで若い感じでもないから20代後半ってところかな?
映っている『電光石火』の面々は全員が半透明なのでもれなく死に戻ったことが分かる。
それより噂って何だろう。
「ラキアです。よろしくお願いします。
始めて間もない新人なのですが、何か噂されてるんですか?」
「先日の『狩人の森』の攻略配信は俺も見たよ。凄まじい洞察力と反応速度だった。
それになによりあのコロンが気を許す相手って言う事で俺達の間では株価急上昇中さ。
良かったら君もうちのチームに入らないかい?」
え、いやいや。『電光石火』って攻略トップチームの1つでしょ?
僕みたいな駆け出しが入っていいような場所じゃないし、何より忙しそうだからパスだ。
「すみません、僕はのんびり活動したいのでお断りします」
「残念断られてしまった」
残念と言いつつも表情を崩さないところを見ると最初から断られると思っていたようだ。
そもそも今日ここに呼ばれたのは勧誘が目的ではないだろうし。
「じゃあ本題だけど、ラキア君は今回の夏イベント、あぁ廃都を中心に繰り広げられてるクエストな。
それについてはどこまで知っているだろうか」
「えっと、怪しい組織が街の人を誘拐して何かの儀式を執り行おうとしているってくらいです」
「うんうん。その慎重なところは実に好感が持てる」
あーこれは、僕が知ってることを断片的にしか言わなかったことを理解している感じか。
まあ彼らの情報網を持ってすれば、僕たちが誘拐された人を救出したことを知ってるだろうし、冒険者ギルドで奥の部屋に入ったところも見られていた可能性がある。
このタイミングでギルドから特別扱いを受けたとなれば他には出回っていない情報を持っていると予想出来るし、それをおいそれと口外しなかったことを評価してくれたらしい。