2.ゲーム世界に来たけれど
夏休みなので朝食を食べ終えた僕は早速VR装置に潜り込み『究極幻想譚』を起動した。
数秒後。
VR特有の一瞬の浮遊感の後、僕は見渡す限りの草原に降り立っていた。
「すごい……」
なにがって、見渡す限り草原なんだ。
ずっと向こうまで草が生えてるのが見える!
空に浮かぶ雲だって色々な形をしてるし、太陽も丸くて小さくて眩しい!
現実だと草は緑色の何か。空は青いか白いか黒いか。太陽だって眩しいだけでそれ以上の何かではなかった。
それがここでは全部くっきり輪郭が見えているんだ。
「すごいなぁ。形は触って知ってたけど草ってこんな色合いをしてるんだ」
「あのぉ~」
「よく見ると根元の方と先の方で色が違うし細かい毛まで見える」
「すみません、よろしいでしょうか」
「え?」
四つん這いになって足元の草に感動していたら後ろから声を掛けられた。
振り返ってみればそこには光沢のない白いローブのような服を着た、声からして女性なんだけど顔のパーツがないマネキンのような人が立っていた。
だから僕は慌てて地面に目を向けた。
「ほ、よかった。草はちゃんと見える」
「?あの、なにを」
「すみません。お姉さんの顔が分からなかったので、また僕の目が見えなくなったのかと思ってしまいました」
「なるほど。今私の姿はあなた様に先入観を与えない為にあえてこのようになっています」
「そうだったんですね。
あ、僕は照元 晃です」
「私はこの世界にあなた様を導くために派遣されたナビゲーターのガンマです」
「よろしくお願いします」
うん、挨拶は大事。
いきなりなことで失礼なことをしてしまったけど、ちゃんと相手の顔を見て自分から名乗るのは人と仲良くなる為の重要な一歩だ。
ガンマさんも僕の挨拶を聞いてどことなく笑顔になった気がするし。
「では晃様。これからする質問に答えて頂けますか」
「はい」
「まず初めにこの世界におけるお名前を教えてください」
「晃じゃダメってことですか?」
「禁止されてはおりませんが本名は推奨しておりません。
あだ名、ニックネームのようなものをお考え下さい」
「えっと、じゃあ……『ラキア』で」
逆から読んだだけだから安直かなとも思うけど、まぁいいよね。
「かしこまりました。私も今後はラキア様と呼ばせていただきます。
では2つめの質問です。
この世界では女神から1つだけ祝福を授かることが出来ます。
その1つの祝福を活用し研鑽し極めていくことがこの世界での成功のカギとなるでしょう。
武器を扱う力、魔法を扱う力、モノを生み出す力など、何でも構いません。
ラキア様はどのような祝福を望まれますか?」
なるほど、1つの祝福を極める世界だから『究極幻想譚』という名前らしい。
うーん、だけど困ったな。
「ガンマさん」
「はい」
「僕はもう現実では得られなかったものを頂いてしまっています」
「え? あの、それが何かをお聞きしてもよろしいですか?」
「視力です」
「視力……」
「こんなにハッキリ見えるのはそれこそ神様の贈り物じゃないでしょうか」
「なるほど。では『視力』で受理いたします」
それで良かったらしい。
その後は簡単な外見の設定。
と言っても身長などはリアルから大きく逸脱は出来ないので肌の色や髪の色、長さを調整できるだけなのですぐに終わる。
「お疲れさまでした。以上で初期設定は終わります。
それでは行ってらっしゃいませ」
そうして僕はガンマさんに見送られながら足元に光る魔法陣によって始まりの街へと転送されたのだった。
と、そこまでは良かったんだけど。
ガヤガヤガヤガヤ……
「うっ」
あまりの事態に立ち眩みを起こした僕は目をつむって這うように道の端に行くとドサッと座り込んだ。
そこで大きく深呼吸をして、ゆっくりと目を開ける。
途端、僕の目に飛び込んでくる大勢の人の姿。
色も様々だし動きもバラバラだし凄い量の情報が僕を押し流そうとしてくる。
「これが目が見えるって事なのか」
昨日見た家族写真は静止画だったし、さっきのガンマさんと話してた世界は緑と青と白の3色だけで動く物もほとんど無かったから大丈夫だったけど、ここではそうはいかない。
多分リアルでも目が見えてる人達はこういう世界で生活しているのだろう。
なら僕も、この世界ではみんなと同じようにこの情報量に慣れていかないと。
「で、これは何だろう」
座りながらぼーっと行き交う人たちを眺めること10分。
少なくとも立ち眩みは起こさない程度になって来たので次の問題に取り組むことにした。
何かというと、先ほどから視界の中に半透明の何か板っぽいものが見えるんだ。
『■■■■■■■■■■■■■■?』
多分だけど文字が書いてあるんだと思う。
だけど残念ながら僕は文字が読めない。
リアルではずっと腕時計型デバイスで音声翻訳してもらってたから文字が読めなくても不自由してなかったけど、このゲームではそんな便利な機能は無いらしい。
このままではこのゲームを楽しむのは夢のまた夢だ。
「それなら頑張って覚えれば良いよね」
誰にともなくそう呟いてみる。
折角姉ちゃんが大金出して買ってくれたVRデバイスを使わせてもらってるんだ。
何もせずに諦めるという選択肢は無い。
それよりここで文字を覚えれば、将来VRを使って仕事が出来たりするかもしれない。
そうなれば姉ちゃんや両親にも恩返しが出来るようになるだろう。
問題はどうやって覚えるか。
この世界に学校みたいなところがあるとは思えないし、独学でとなると絵本みたいなものがあれば絵と文字と読み方の3つセットで学べるけど、やっぱりそんなこのゲームと関係ないものは無いだろう。
ならゲームと関係のあるもので、かつ文字が書かれててその意味を教えて貰えるところに行こう。
当てはある。
「そうと決まれば早速行動開始だ」
僕は立ち上がり、ようやくこのゲーム世界で一歩を踏み出したのだった。