15.聞こえない少女はよく見ている
布団を蹴り飛ばして寝てたせいで若干体調不良に(子供かw)
皆様も季節の変わり目はご注意ください。
<フォニー(響)視点>
冒険者ギルドで納品とクエスト完了手続きを終えた私たちはそこで解散することになった。
「じゃあまたね」
そう言って笑顔でログアウトしていくラキア君を私も手を振って見送る。
そして完全に見えなくなったところで大きく息を吐いた。
(さっきは危なかった)
街に入る手前で騎士団に囲まれた時。
私には彼らの言ってることがほとんど分からなかったのだ。
なにせこの世界の人達はとにかく口の動きが読みにくい。
そして怒っている時はいつもより早口になるので余計に音を言葉として理解することが困難になってしまう。
雰囲気で怒ってることは分かるんだけどね。
ラキア君が取り成してくれたから問題なく終わったけど、最悪牢屋行き(罰金+好感度や評価の低下。リアル時間で半日拘束)になっていたことだろう。
騒動が収まってから何が問題だったのかを確認したら完全に私のミスだった。
第3者視点で自分の取った行動を考えてみればなるほど拷問と言われても納得してしまう。
一応ラキア君が耐えられる速度には調整してたつもりだけどそんな言い訳を言う機会は存在しない。
むしろよくあれでラキア君が笑って許してくれたなと思ってしまう。
(というか全然怒った様子が無かったんですよね。流石に疲れてふらふらしてましたど)
私はリアルでは耳が聞こえないというハンデを持っている影響で、他人の表情や態度には敏感な方だと思っている。
だから仲の良いクラスメイトのうち、本当に友達と呼べるのは1人しかいないのも分かってしまう。
残りの人達は私のことを気遣ってお世話してくれるけど、例えば遊ぶ時は私に来ないで欲しいと思いながら誘ってくれているのも分かってる。
私が一緒だとカラオケとかには行けないからね。
そしてこのゲームでもそれは同じだった。
最初こそ音が聞こえるようになってこれで普通の人と対等に遊べるんだと思った。
でも冒険者ギルドのパーティーメンバー募集掲示板で知り合った人は、私が女性だと見ると大喜びし(女性プレイヤーは少ないらしい)、会話が出来ないと知ると手のひらを返してしまう。
一応それでも良いよって一緒に遊んでくれる人は居たけど、大半は同情や哀れみから来るボランティア精神で『お世話してあげる』というもの。
残りは下心。これも現実と変わらない。
『助けてあげたんだから、見返りに彼女になって。もっと直接的に言うとエッチなことさせて』
クラスの男子からそんなことを言われたことがある。
人の弱みに付け込もうとする人の言いなりになるなんて真っ平御免だ。
それで断ると『思わせぶりな態度取りやがって』と逆ギレされるのもセット。
個人的にはそういう男子がそれなりにモテてるのが理解できない。
ワイルドとゲスは別だと思うんだけど。
それはともかく。
結果として私はこのゲームも1人で遊ぶようになった。
『音』の祝福を受けている私は戦闘時に良い音が出る打撃系の武器を中心に使っている。
その戦う姿を見た人たちが付けた私のあだ名は『打鬼』。
どうやら妲己と掛けているらしい。
それは良いけど頭に『孤高の』と付けるのは止めてもらいたい。
私だって好きで1人で遊んでいる訳ではないのだから。
衆目の監視に疲れた私は時々、最初の街の公園でのんびりとするようになった。
丘の上の木に背中を預け、発声練習も兼ねて歌っぽいものを口ずさむ。
「ぁ~あ~ぁああ~♪」
リアルでは喋れない私はゲームの中でも喋れない。
喉というか発声器官に問題は無いので声自体は出るのだけど、日本語の50音を出し分けるとかどこの曲芸だろう。
何度か練習して母音は言えるようになってきたけど会話には程遠い。
でも会話が出来るようになれば今度こそ他の人とも遊べるようになるかもしれない。
そう思っていたところにラキア君がやってきたのだ。
「っと。ごめんなさい。邪魔しちゃったかな」
慌てて頭を下げて謝る男性プレイヤー。
背格好からして多分私と同じくらいの年齢かな。
こんなところに何しに来たんだろう。
私に会いに来た? でも私は彼のことを見たことないけど。
『何か御用ですか?』
スケッチブックにそう書いて見せると、たいていの人は訳アリなんだなって理解してくれて特に用が無ければ去っていく。
でも彼はじっとスケッチブックを見て、首をかしげていた。
「もしかして***分からな***か*」
ゆっくり丁寧に喋ってくれたお陰で一部は何とか聞き取れた。
どうやら私のことを訪ねているっぽい。
『私は喋れないんです』
そう書いて伝えてもやっぱりスケッチブックとにらめっこしてる。
私漢字間違ってないよね?
そしたら今度は手を出して何かを求めて……あぁスケッチブックを貸してってことかな。
試しに渡してみると彼はそこにたどたどしく文字を書いて見せた。
『ぼく は ひらかな しか よめないんです』
幼稚園児みたいな歪な文字は、しかしちゃんと私に伝わった。
もしかして『見た目は大人、中身は子供!』だったり?
いや違うか。こうして話している態度は誠実で幼児のそれではない。
ということは私が話せないのと同じように何か理由があるのだろう。
そこから私たちは改めて自己紹介をして、お互いの事情を交換したり一緒に会話の練習をしたりと、久しぶりに対等な人との時間を過ごした。
そう、対等な関係。
彼は私が喋れないのをただの個性として受け入れてくれたのだ。
そんな待ち望んでいた彼と出会えた私はちょっと浮かれていたんだろう。
パーティー推奨平均レベル15以上の森に行くクエストを受けてしまったのだから。
しかし結果として問題は無かった。
(というかラキア君凄いです!)
レベル2という事は多分昨日始めたばかりで戦闘経験も片手で数えられる程だと思う。
だというのに森の中に隠れるモンスターを瞬時に見つけボウガンで射落としていく。
威力はレベル相応だけど命中精度は神がかっていた。
そういう祝福なのかなと思って聞いてみたけど返ってきた答えは『視力』。
本人は良く見えるだけって言ってるけど絶対それだけじゃないと思う。
クマハチとの戦闘を思い返してみても(盛大に転んだのは横に置いておいて)慌てて短剣で応戦する姿は熟練の戦士だ。
「うわわっ」
驚いて情けない声が出てるけど、クマハチの右手振り下ろしに対して右手の短剣で受け流しつつ左手の短剣で脇に一突き。
続く左手の横薙ぎを受け止めつつその力を利用して後ろにジャンプ。
更に飛び掛かって噛みついてきた所に逆に前傾になりつつカウンターで顎下に短剣を突き刺していた。
最後こそ私が後ろから頭を叩いて倒したけど、私が居なくても勝てたんじゃないかな。
あれはきっとレベルや祝福なんて関係なくてリアルでの経験の賜物だと思う。
私もそうだったけど身体的ハンデを持っていると何かと苦労するから。
主人公との出会いの体験談にしようと思ってたのに大分回り道してしまいました。