138.人形配りもあと少し
次に向かう場所はあそこかなと町の外に出たのだけど。
「……雪に埋まってる」
薬草園のあった場所にはどっしりと雪があってそこだけ高さ1メートルの雪の壁状態。
他は10センチくらいしか積もってないのにどうして?
ここで暮らしていた筈の芋虫さん達はどうなったんだろう。
そう首を捻っていると、後ろから声を掛けられた。
「お、新人さんかい?
残念だけど雪がある間は営業休止らしいから薬草が欲しいなら森に行くんだな」
教えてくれたのは見知らぬ男性プレイヤー。
僕がここに薬草を取りに来たと勘違いしたらしいけど、この口ぶりからして何か知ってるのかな。
「何か事情を知ってるんですか?」
「俺も掲示板を読んだだけだが、ここの常連が果物を貢いだら『冬はあまり薬草育たないからごめんなさい』って言われて翌日にはこうなってたらしい。
喋る薬草ってマンドラゴラとかかな」
喋ったというより多分、果物に文字を掘って伝えたんじゃないかな。
なるほど。律儀な芋虫さん達らしい話だ。
果物を貰ったお返しの薬草が渡せなくなったから、分かりやすく冬ごもりをしたって事なんだろう。
それなら芋虫さん達の心配をする必要は無さそうだ。
いや、そもそも芋虫さん達からしたら冬は毎年の事なんだから慣れたものか。
ちなみに僕はマンドラゴラは見たことが無い。
「教えて頂きありがとうございます」
「おう。この辺りのモンスターは冬でも活発だから気を付けてな」
男性は軽く手を上げて去っていった。
さてじゃあ折角作った芋虫さんの人形は、この雪の壁の上に置いておけば雪が溶けた時に薬草園の中に納まるかな。
そう思って人形を雪の上に置いたら、ズボっと雪の中に沈んで行ってしまった。
(くすくす)
雪の中から微かに声が聞こえた。
どうやら無事に受け取れたらしい。良かった。
順番的に次はミッチャーさんだけど、メールしたら今は忙しいらしいので手が空いた時に渡すことにして、と。
ならフォニーとコロンはと思ったけど、こちらも何やら忙しいらしい。
『クリスマス最終日でも良いですか?』
『別件で手が離せないの。最終日でもいい?』
だそうだ。
まぁ腕輪の件もあるし最終日に纏めて渡すことにしよう。
じゃあ後はあそこかな。
工房の裏手。いつもの縁側は、流石に冬は寒いという事で部屋に通されて、現在こたつの中だ。
余談だけどこたつの中は真っ暗で熱源の明かりは無い。
「このこたつって熱源はやっぱり魔法ですか?」
「いえいえ、これは豆炭ですよ」
「まぁ若いもんは知らんだろう」
豆炭ってことは炭の一種なのかな。
詳しくは分からないけど、とにかく噂通りこたつは一度入ると動けなくなる。
と、忘れないうちに。
「おじいさん、おばあさん。こちらをどうぞ」
「おぉクリスマス人形か」
「懐かしいですねぇ」
僕の差し出した人形をみてしみじみと笑う二人。
ちなみにおじいさんは座布団に胡坐で座り、おばあさんは正座しながらお茶を飲んでいる姿だ。
おじいさんは自分の人形を手に取り色んな角度からじっくりと観察しながら言った。
「昔、結婚の挨拶に行った時に『こんな出来の悪い人形を作る奴の所に嫁にはやれん!』ってお前のオヤジさんに怒られたなぁ」
「そうですねぇ」
「そしたらお前が『そんなこと言うお父さんには人形あげないから!』って啖呵切ったんだよなぁ」
「そんなこともありましたねぇ」
のんびりとお茶をすするおばあさん。
実はこう見えて昔は肝が据わっていたらしい。
いや今もそれは変わらないか。事件が起きた時に一番冷静なのはおばあさんだったし。
そんな微笑ましいやり取りを見た後、僕は自分の膝をポンと叩いた。
「さて、こたつから動けなくなる前に行きますね」
「おやおや。もっとゆっくりして行けばいいのに」
「すみません。まだ幾つか寄る場所があるので」
「そうかい。まぁまたいつでもおいで」
「はい、ありがとうございます」
気合を入れてこたつから抜け出した僕は王都へと移動した。
王都ではまずイールさんに人形を渡し(「まさか貰えるとは思ってなかったぜ」と鼻を撫でながら笑っていた)、ニットさんに人形を渡してと、順番にお世話になった人に人形を渡していく。
そうそう、蜜蜂さん達の所にも人形を持って行ったんだけど、こちらは冬ごもりをしていたけど顔を出してくれた。
巣が地上じゃなくて木の上だから、そこまで雪の影響は受けないらしい。
ただやっぱり冬は花が少ないのと寒さに強くないので外出は控えているとのこと。
『そなたが花畑を造ってくれたお陰で予定より多く蜜が集まって助かったのじゃ』
と女王蜂からお礼を言われた。
元々は彼女らから貰った花の種だったので僕の功績というより女王蜂の作戦勝ちと言う気もする。
まぁみんな喜んでるんだから何も問題なしだ。
「さて、あとはあそこか。会えるかな」
王宮の前にやってきた。
以前はクエストを受けてたから入れたけど今は無理かな。と思いつつも呼び鈴を鳴らして待つこと数分。
屋敷から前も応対してくれた執事さんが出て来た。
「あの、王妃様に取り次ぎして頂くことは可能でしょうか」
「……お約束等はありますか?」
「いえ、そういうのは無いんですけど」
「では残念ながらお通しする訳には参りません」
「そうですよね。すみません、お手数をお掛けしました」
やっぱりそうだよね。
無理を言ってる自覚はあるので素直に引き下がる。
流石に一介の冒険者がクリスマス人形を渡しに来てすんなり王妃様に会えるはずがない。
そう、これがゲーム世界で無ければ。
僕が帰ろうとしたところで、こちらに豪華な馬車が近づいてきた。
王宮に入るコースだったので慌てて道の端に避ける。
「停めて」
「はっ」
なぜか僕の目の前で止まる馬車。
そして窓からこちらを見たのは、なんと王妃様ではないか。
王妃様は口元を扇子で隠しながら僕に話しかけてきた。
「あなたは確かラキアと言ったわね。先日は世話になりました」
「えっと……勿体なきお言葉。王妃様も以前より更にお美しくなられたようですね」
「ふふ、そうでしょう」
目元しか見えなかったけど、明らかに以前の厚化粧からナチュラルメイクの美しさに変わっている。
どうやら僕の渡したハチミツベースの化粧品が役に立ったらしい。
「それで、今日は王宮に何か用があったのですか?」
「実は王妃様のクリスマス人形を作ったので献上しようと参った次第です」
「そう。所詮は庶民の玩具ですが私の為に作ったというのであれば受け取っておきましょう」
扉の隙間からそっと人形を渡すと王妃様はまじまじとそれを見てにっこり。
言葉とは裏腹に結構喜んでるっぽいな。
「こほん。このような物とはいえ受け取ったからには何か返すのが礼儀と言うもの。
何か欲しいものなどあるかしら」
若干取り繕ったように言われたけど、欲しいもの……あ、そうだ。
「それでしたら王妃様は城の文官に伝手などございませんでしょうか」
「あらあなた、まさか文官になりたいの? 冒険者には苦痛でしかないと思うのだけど」
「あ、いえ。そうではなく。
実は今、『灯の勇者』ゆかりのマッチの販売を手掛けてまして、文官の方々なら買ってくれるんじゃないかなと考えたのです」
「そうね。彼らの執務室はいつも煙草臭いし需要はあるでしょう。
……分かりました。では明日以降に城に行きなさい。話は通しておいてあげるわ」
「ありがとうございます」
「『灯の勇者』ゆかりのというのであればそうね。500箱くらいは用意しておきなさい」
「え……」
なにか凄い数を言われた気がする。城の文官ってそんなに居るの?
元々全部で100箱売れれば良かったのに、これで本当に売れたら5倍以上が売れたことになる。
まぁ在庫はまだ沢山あるって言ってたから大丈夫だとは思うけど。
王宮へと入っていく王妃様の馬車を見送りつつ、これであの少女も喜んでくれるだろうかと考えるのだった。




