124.宝食龍
一瞬、僕の欲望が心の声として聞こえてきたのかなと思ったけど、どうやら違うようだ。
慌てて周囲を確認してみても誰も居ない。
幻聴というにははっきりしていたし、つまり誰かの仕業。
そしてここには僕ともう一人しかいない。
「えっと、もしかして起きてますか?」
『おっとバレてしまったか。こりゃ失敗した』
改めて声を掛けるとドラゴンはおどけたように声を上げて笑った。
ひとしきり笑い終えたところでドラゴンは立ち上がり僕の方を向いた。
『私に話しかけてきた人間はいつ振りか。
私の名はトリトストラント。人間の間では宝食龍とも呼ばれている』
「僕はラキアです。えっと、トトさんとお呼びしても?」
『うむ、構わぬぞ。それでラキアは何用でここに来たのだ』
「短剣の材料になるものを取りに来ました」
なんというか、普通に会話が通じる。
どうやらこの世界のドラゴンはかなり理性的というか人間よりも賢い存在なのかもしれない。
もちろん目の前のトトさんが特別って可能性は十分にあるけど。
ただ、今はそんな事よりもっと気になることがある。
「あのトトさん。失礼かもしれないですが一つ質問をさせて頂いてもよろしいですか?」
『うむ』
「もしかして目が見えていないのではないですか?」
トトさんはずっと僕の方に顔を向けてくれてるんだけど、その目は閉じたままだった。
寝たふりをしてた時からずっと僕の存在には気付いていたみたいだし、目が見えなくても不自由は無いのかもしれないけど、同じ目が見えない者として気になってしまった。
僕の質問を聞いたトトさんはそっと顔に手を当てて静かに頷いた。
『そうだ。かつて女神と戦った折にな。
奴の左腕を奪う代償に私は光と友を失った』
また女神か。
勇者チームのカゲロウさんも女神と因縁があるような話をしてたし、思った以上に女神は多くの人に嫌われてるのかもしれない。
『そういう君からはあの女神の気配を感じるな』
「はい。僕は異界の住人なのですが、この世界に来る時に女神から祝福を授かってます」
『そうか。君もそうなのか』
僕の返事を聞いてしみじみと頷くトトさん。
君もということは僕以外にも女神の祝福を持った人に知り合いがいるようだ。
口ぶりからして他のプレイヤーって感じでは無いけど。
『どの様な祝福なのか聞いても良いか?』
「僕の祝福は【視力】です」
『なんと!』
グワッと口を開けて驚いてる。
え、視力だと何か問題があるの?
トトさんはじっと見えない目で僕を見つめ、小さく首を振った。
『ラキアよ。その祝福、私に預けてみる気はないか?』
「え?」
祝福って他の人に渡せるものなの?
僕のその疑問に答えるように目の前にメッセージが表示された。
【宝食龍トリトストラントに祝福を預けますか?
注意:預けた場合、祝福レベルは1になり、それまで獲得していた能力は全て失います。
また、預けた祝福は戻ってこない可能性があります】
どうやら預けることは可能らしい。
でもレベル初期化って相当な戦力ダウンだよね。
フランが目覚めた時には強くなっておきたいんだけど、これでは逆行もいいところだ。
ここは断った方が……
(くすくす)
(!!)
いま一瞬フランの声が聞こえた気がした。
辺りを見渡してもフランの姿は無いので空耳だとは思う。
でもお陰で狭まっていた視野が広がった気がする。
改めてトトさんの姿を見れば僕を騙そうという悪意は感じられない。
なら何か理由があるはず。
「僕の祝福を預けた場合、トトさんには何か良いことがあるんですか?」
『預かっている間、その祝福を使う事が出来る。
【視力】の祝福であれば私の目に光を取り戻すことが出来るだろう』
「そう言う事なら最初に言ってください!」
『おっと。すまぬ』
語気強く返すとトトさんは少し恐縮したような顔をしてしまった。
いや別にトトさんが悪い訳じゃない。
でもそれだけ僕にとっては重要な事だったのだ。
僕は改めてメッセージの警告文を確認し、迷わず『はい』を選択。
すると僕の全身から光の粒子が浮かびトトさんの身体へと吸い込まれていった。
ステータスを確認すれば祝福の欄は『視力?(1)』に変わり、ダンジョンの中は薄暗く、トトさんの姿も鱗の1枚1枚まではっきり見えていたのが全体的に模様が付いてるな、くらいになった。
対してトトさんは驚きで目を見開いていた。
良かった、ちゃんと見えてそうだ。
『……礼を言う。しかし私が言うのも変だが良かったのか?』
「もちろんです。
僕は向こうの世界では生まれながらに目が見えないのですが、こちらに来て見えるようになって感動したのを今でも覚えています。
トトさんの場合は以前は見えていたのに見えなくなったのでしょう?
その喪失感は僕では想像できません。
それを救えるというのであれば僕の能力が一時的に低下するくらいなんて事はありません。
下がった分はまた鍛えれば良いだけですから」
祝福が完全に消えて僕の目が見えなくなるというのであれば、また話は違ったかもしれない。
でも実際は全然普通に見えてるし祝福も残っている。
ゲーム開始直後に戻っただけと考えれば失ったのはここ数か月の経験だけ。
それだって祝福以外は全て残っているのだから無駄になった訳じゃない。
こういうのを何て言うんだっけ。えっとそう。
『人生二週目。強くなってニューゲーム』
っていう奴だ。
そう考えればこれからやりたい事は沢山増えた気がする。
何からやろうかなぁ。
今ならフォニーと最初に行ったクマハチの森だって一人で行けるだろうし。
闘技場の地下とか、また穴に落ちたら困るから行ってなかったけど今の祝福レベルなら大丈夫だろうしちょっと探検してみようかな。
あ、でもまずは当初の予定を終わらせるのを優先すべきか。
などとあれこれ考えていたら頭上から声が降ってきた。
『……不思議な少年だ。なぜ笑っている』
「あ、すみません。一人で浮かれてました」
『浮かれて?……まぁ良い。
これだけ貰って何も返さぬでは私の沽券に拘わる。
ラキアは確か短剣が欲しいのだったな。ならばこれを持っていくと良い』
そういうとトトさんは自分の爪をバキッと折ると、それに炎を吹きかけて成形し1振りの短剣。いや反りの付いた小太刀を鍛え上げてしまった。
てっきり生え変わりでその辺に落ちてるのを譲ってもらって町で加工するんだろうと思ってたのに。
『落ちているものより今生えてるものの方が丈夫だ。
それに爪はすぐ伸びるから心配ない』
言ってる間に折れた爪がすぅっと伸びて元の状態に戻ってしまった。
これがドラゴンの再生力か。
『早速私は見えるようになったこの目で今の世界を見てくるとしよう。
ではさらばだ!』
「あ、はい。短剣ありがとうございました」
トトさんは翼を広げると飛び上がり、そのまま真上の穴から飛んで行ってしまった。
これはあれかな。
見た目以上に目が見えるようになった事が嬉しくて居ても立っても居られなかったとか。
そこまで喜んでもらえたのなら僕も嬉しい。
「よし、じゃあ僕も用事は済んだし町に戻ろうかな」
そう言って後ろを振り返ると、来た時よりかなり暗く先も見通せないダンジョンが広がっていた。
これだと僕がモンスターを見つける前に向こうが僕に気付く方が早いかも。
もしかしてとってもまずい?




