104.速やかなる撤収
屋根から降りて家の中に戻ると玄関先ではまだまだ元気そうなアミラさんと、床に倒れこんでやり切ったぞって感じの【安全☆第一】の人達が居た。
なのでまずはアミラさんに声を掛ける。
「お疲れ様でした」
「無事にボスを倒せたみたいね」
「はい。運が良かったです」
「運ねぇ」
僕の答えにニヤリと笑うアミラさん。
その笑顔はそれだけじゃないんでしょって言ってるけど問い質したりはしてこない。
冒険者同士の暗黙の了解という奴だ。
そして【安全☆第一】の皆さんはどうかというと。
「あ~俺こういう目の前で切った張ったの緊張感は無理だな」
「しっかり防御陣地構えて柵の後ろから一方的に攻撃したい」
「やっぱ攻城兵器で砦攻略だろ。投石機造ろうぜ」
「今回も敵の本拠地は洞窟だっていうし、もっとこう悪人なら金持ってるんだろうし堂々と要塞造れって」
反省会というより愚痴大会みたいになってる。
元々戦闘は苦手って言ってたし無理させてしまったかな。
でも無事だから良し。
続いて台所に顔を出してみると、コロンがお菓子責めにあっていた。
「お疲れ様です。
えっと、こっちはどういう状況?」
「戦闘が終わったのを見て料理チームが本気を出してるところ」
コロンも別に嫌がってる訳では無さそうなので止める必要は無さそうかな。
しかし料理人たちの気合の入り様も中々に凄いな。
今もまた焼きあがったクッキーを竃から出して冷ましていたり、冷めたものにクリーム等でデコレートする手に余念がない。
「一仕事終えた後は甘いものに限る」
「女の子に手作りお菓子を食べて貰う機会なんてなかなか無いからな」
「あ、後ろのフォニーさんだったな。あんたも良かったら食べて感想を聞かせてくれ」
「こっちのハーブ入りは俺達の従魔にも好評だったんだぜ」
そういう彼らの従魔は普段から試食とかしまくってるからか、ちょっと丸い。
まあ従魔なら糖尿病の心配とかはしなくて大丈夫なんだろう。きっと。
そして従魔達のいる部屋に戻ると、そこでは何故か演奏会が開かれていた。
うーん、みんな自由過ぎ。
数人のプレイヤーが楽器を手に軽快なメロディーを奏で、従魔たちもそれに合わせて声を出したり手を叩いたりと楽しそうだ。
そして僕が入ってきたことに気付いた一人がそっと目配せしてきた。
その視線の先を見ると。
「!」
盛大に壁が壊れて外が丸見えになっていた。
なのに誰もそのことを気にしていない。
……いやもしかして演奏に夢中で気付いてない?
(家の中から壁が壊されるのは防げなかったけど、従魔達が気付かなかったらセーフでしょ)
彼らの視線はそう言っていた。
つまりただ遊んでいるのではなく音楽で従魔たちの気を引いてたのか。
それに気付いた僕はグーサインを出して頷く。
怪我をした従魔も居ないみたいだし、むしろ元気になってるように見える。
この音楽の中でもマイペースに寝続けてる子も居るけど寝息は安定してるし問題なし。
では一度全員に集まってもらって締めの挨拶だ。
「お疲れ様です。
皆さんのお陰で無事に防衛ミッション達成出来ました。
ありがとうございます。
結局リーダーっぽいことは全然出来ず皆さんの自主性に頼りっぱなしでした」
「いやそんなことはないさ」
「うちのリーダーと比べたらよっぽど真面だったぜ」
「ありがとうございます。
それでこの後ですが、アミラさん。
従魔たちは引き続きここで療養させることになりますか?」
元々ここの管理をしていたのはアミラさんだから、どうするかを決める権利はアミラさんにある。
保護してほしいのであれば一度花畑に連れて行って妖精の女王と相談すればいいし、このままここで世話をするのであれば有志で協力して面倒を見てもいいだろう。
「それなんだけど、実は私の契約がついさっき解除されたみたいなのよ。
契約相手が死んだのか逃亡したのかは分からないけど」
あ、そっか。アミラさんの雇い主って恐らく今回の敵組織だから本拠地攻略で討伐されたのか。
「だから獣魔たちもここにいる必要が無いわ。
それぞれ生まれた場所に帰してあげるのが良いと思う。
まあそれも本人の要望を聞いてからだけど」
なるほど。確かに生まれ故郷に帰りたくないって子も居るか。
それはそれとしてちょっと気になってることがあるんだけど。
「あの、アミラさん。
何となくですけど僕らが言ってる『従魔』とアミラさんの言う『獣魔』ってニュアンスが違う気がするんですけど」
「ん?あぁ。『獣魔』っていうのはこの子達みたいに魔力を持った生き物全般を指す言葉よ。
その中で人と契約してパートナーになってる個体の事を『従魔』って言うの。
じゃないと誰に従ってる訳でも無いのに『従魔』って呼ぶのは変でしょ?」
「言われてみればそうですね。
ならもしかして野生の獣魔を『従魔』呼びしたら嫌われたり?」
「するでしょうね」
おっと何という事だ。
もしかしたら今までも『従魔』呼びして内心ムッとされてたかもしれない。
判明した新事実に他の皆もざわついている。
多分皆もどこかしら心当たりがあるのだろう。
ともかく疑問は晴れた。
なら今は従魔、いや獣魔達を花畑に連れ帰って妖精の女王に預ける手筈を考えなければ。
「さて獣魔を連れて花畑まで戻る移動手段ですが」
「あ、俺馬車持ってますよ?」
「私も持ってま~す」
「俺も俺も」
なぜか幾つも手が上がった。
えっと馬車って結構お値段するはずだし、普段使う機会ってほとんど無いと思うんだけど。
保管はアイテムボックスが使えると言ってもそれだって容量無限じゃないのにどうして?
「俺ら普段農業プレイヤーなので作物運ぶのに馬車があると便利なんすよ」
「市場に卸す際にもいろいろと融通が利くようになりますし」
「おぉそうなんですね」
どうやら生産職の間では有名な話らしい。
僕はそっち方面の知り合いは居なかったから初めて知った。
「じゃあ寝ている子や歩けない子を優先して馬車に乗せてあげて、走り回れるくらい元気な子は自力で歩いて貰って、残りのまだ体力が回復しきってない子は分担して抱きかかえて運びましょう。
フォニーとコロンとアミラさんは道中の護衛をお願いします」
「「はいっ」」
「ラキア君はどうするんですか?」
「僕は、」
言いかけたところでミッチャーさんから連絡が飛んできた。
『ラキア君今良い? 急ぎの要件なの』
『急ぎなら、はい』
『王都に残ってるメンバーから連絡があって、騎士団の要請を受けた人達がここに向かってるって』
『あぁ、はい。情報ありがとうございます。では見つからないように撤収します』
やっぱり来たか。
イールさんは王都警備隊の所属だからそっちにも情報が回ってると思った。
しかし随分と良いタイミングで来るものだ。
「どうやら王都からハイエナ部隊が来るみたいだから証拠隠滅してから追いかけるよ。
みんなも道中でかち合わないように注意してね」
そこからは急ピッチだ。
丁度壁に穴が開いてるのでそこから外に出て馬車を用意してもらい、引っ越し業者よろしく獣魔たちを運び出していく。
これまでの時間で仲良くなったのか獣魔達は僕らの指示を素直に聞いてくれた。
「じゃあふたりとも気を付けて」
「ラキア君も」
「無茶は厳禁」
「うん。皆さんも後日打ち上げしましょう」
「「はいっ」」
出発する皆を見送り、僕は療養所に向き直った。
その僕の横に立つ長身の女性。もちろんアミラさんだ。
「ここをぶっ壊すんでしょ?手伝うわ」
「みんなと一緒に行ったんじゃ」
「適材適所って奴よ。私は護衛よりも破壊活動の方が得意。
対してラキアはボウガンに短剣。なにより索敵能力に長けてて護衛が得意。
なら私がこっちに残ってさっさと終わらせてラキアを連れて行った方が効率的よ」
「まあそうですけど」
でも曲がりなりにもアミラさんは敵組織に加担していたことになるので、こっちに向かっている騎士団に見つかると罪に問われることになりそう。
出来ればみんなと一緒に早く離脱して欲しかったんだけど。まぁもう今更か。
「じゃあ少し離れてて」
「はい」
僕を下がらせたアミラさんはグレートソードを横に構え。
「ふんっ!」
ズバッ!
恐らくスキルを使ったんだろうけど、ただの一振りで家を瓦礫の山に変えてしまった。
僕が台所の火種を持って放火して回ろうと思ってたのに比べると本当に一瞬で終わってしまった。
「後はまぁ燃やしておきましょう。『火炎弾』」
「あ、魔法も使えるんですか」
「得意ではないけどね。
さ、それより火の手を見て敵がこっちに向かってくるからとっととずらかるよ」
「はい!」
そうして僕らは無事に先行していたフォニー達に合流し、騎士団に遭遇することもなく花畑に帰ることが出来たのだった。