10.言葉が不自由なのは僕だけではなかった
この作品、主人公は漢字がほとんど読めない設定です。
着実に学んでいってゆくゆくは普通に読めるようになりますがしばらくは漢字で書かれても読めなくて??みたいになります。
(どの漢字を学んでどの漢字は未修得かは細かくチェックしないので「前回出てきた漢字じゃないか」みたいなことはよくあるかと思います)
極力読みにくくならないようにはしていきます。
究極幻想譚2日目。
目を開けてほっと一息つく。
「天井が見える」
前に聞いた話だと、宿屋で目が覚めた時は「知らない天井だ」って言うのが定番らしいけど、僕の場合はまず見えるかどうかが重要になってくる。
木目までくっきりばっちり見えるのが新鮮な体験過ぎてこのまま1時間くらい眺めていられそうだ。
だけどそんな事ばかりしていられない。
僕はもっといろんなものが見たいのだから。
宿を出れば街は昨日と変わらず大勢の人でにぎわっていた。
(さて、今日はなにをしようか)
昨日は主に街の外で活動していた。
それはそれで広大な景色を眺めたり芋虫さん達と出会ったりモンスターと戦ったりと刺激が多かったのだけど、そこまでザ・冒険!って感じばかりである必要は無い。
目が見えるようになったことで出来るようになった事、例えば友達とかくれんぼをするって言うのも1回やってみたいなって思う。
……今はまだそんな友達いないけど。
ミッチャーさんも有名配信者ってことなら忙しいだろうし、そもそもそんな子供の遊びに付き合ってはくれないか。
ならば街の子供達と仲良くなるっていうのも良いかもしれない。
昨日の午後に調べたところ、このゲームでは自然な街を演出するために赤ん坊からお年寄りまで存在しており、仲良くなることで様々なイベントも発生するそうだ。
「自然な街っていうくらいだから子供達が遊ぶ広場とか公園なんかもあるはず」
僕は適当な路地を曲がりながら街中を散策していく。
ちなみに一度通った場所はマップに残るので迷子になる心配はない。
それとスラム街みたいな場所もないそうなのでそういう意味でも安心だ。
そうして1時間くらい歩いた頃、小さな丘がある広場を発見した。
小学生くらいの子供達がボール遊びをしていたりして期待通りの光景だ。
(いや待てよ)
見た感じ10歳未満の小さい子ばかりだ。
この世界で言えば10歳を過ぎれば親の手伝いをしているから呑気に遊んでたりしないのだろう。
そこに身長でいえば160センチ近い僕が入っていくのは場違い感が酷い。
お兄ちゃん仕事サボってるなんてダッセーとか言われそう。
それにそもそも高校生になってかくれんぼって言うのも可笑しな話か。
(僕なんかよりもここの子供たちの方がよっぽど立派だな)
目の事もあって僕は親の手伝いなんてほとんどしてこなかったし。
と、ちょっと自嘲してたところで何かが聞こえてきた。
「ぁ~あ~ぁああ~♪」
歌声、かな。ただ歌詞は無いみたいで色々な音程で声を出してるだけだから発声練習の可能性もある。
その声の主は……あの女の子だ。
丘の上に立っている木に背中を預けてお腹に手を当てながら軽く目を閉じて、どこか楽し気に歌っている。
僕はその歌がもっと良く聞こえるようにそっと丘に歩いて行った。
「あ~……ん?」
「っと。ごめんなさい。邪魔しちゃったかな」
僕の接近に気づいた彼女は歌うのをやめてしまった。
慌てて謝ったんだけどちょっと困った顔をされてしまった。
むぅ~と悩んだ彼女はアイテムボックスからスケッチブックを取り出しサラサラと何かを書いて見せてきた。
『何か御用ですか?』
「えっと?」
ひらがなが含まれているので多分文字を書いてくれてるんだと思うけど、まだ漢字が読めない僕では意味が分からなかった。
その所為で僕の目には『〇が〇〇ですか?』と映っている。
『視力』が上がって自動翻訳とかしてくれないかな。
なんて無理なことを望んでも仕方ない。
どうしよう。というかあれ?
「もしかして言葉が分からないのかな(外人さん?でもそれならひらがなも書かないか)」
『私は喋れないんです』
何とか『れない』。『しゃべ、れない』って言う事かな。
更に手を複雑に動かして何かを表現してくれてるっぽいけど当然僕にはわからない。(手話かな?)
そこから考えられることは、多分僕と同じような事情なんじゃないだろうか。
世の中には僕みたいに目が見えない人はいるし、他に耳が聞こえない人や下半身が麻痺してる人も居ると聞く。
彼女はきっと生まれながらに耳が聞こえなくてだから言葉も話せないという事だと思う。
ただちょっと気になるのは。
「今僕の言葉を理解してなかった?」
『唇の動きで大体分かるんです』
「え、えっと……」
やっぱり僕の言葉が分かるっぽい。
逆に僕の方が彼女の言いたいことが分からない。
それを伝える為に僕は手を差し出した。
「そのスケッチブックを借りても良いかな」
「ん~あぁ!」
無事に僕の言いたいことが伝わったらしい。
渡してもらったスケッチブックの空いてるところにサラサラと文字を書いて彼女に見せた。
『ぼく は ひらかな しか よめないんです』
これを読んだ彼女は「あらまぁ」と口元に手を当てて驚いていた。
そりゃそうだよね。
このゲームの、というかフルダイブ型VRシステムの適用年齢は中学生以上だ。
なのに漢字が読めないというのは相当その、頭が残念な人か僕みたいに目が見えない等の事情がある人だろう。
プレイ人口がまだ限定的なフルダイブ型ゲームにそんな少数派な人がプレイしていて、しかも彼女自身もその少数派の1人だなんてどれだけの確率なのか。
ともかく折角知り合ったので何とかコミュニケーションを。
『ぼくは ラキアです。よろしく』
『フォニーです』
ひとまずお互いの名前を交換しながら握手。
これでフレンド登録も完了だ。
後は筆談でお互いの事情を伝え合う。
やっぱり彼女はリアルでは耳が聞こえないらしい。
このゲーム世界では耳も聞こえるし声も出るので普通の人みたいに喋れるようになるのが目標らしい。
理想としては自由に歌えるようにもなりたいらしい。
だからここで声を出す練習をしていたんだね。
僕もリアルでは目が見えない事と、この世界で文字の読み書きが出来るようになって自由に走り回れるようになることが目標であることを伝えた。
そして。
お互いに健常者とは一歩離れた状態ってことは、もしかしたら一緒に頑張っていくことも出来るかもしれない。
やっぱり健常者からは気を使われてしまう事の方が多いから。
『もしフォニーがよかったら、いっしょにがんばろう』
『はい。よろしくおねがいします』
こうしてフォニーには僕の漢字の先生になってもらって、僕はフォニーの音声の先生になることになった。
意思の疎通がちょっと大変だけど、そこはお互い様だから大丈夫だ。