アルバイトへの道中”都市の歴史の一部”
昼食後、僕たちはアルバイトのために町まで戻ることになった。ここに来る時に持ってきた荷物をまとめてるとき、そういえばお弁当を持ってきていたことに気づく。普通にツバキさんが昼食の用意をしていたので、すっかりその存在を忘れていた。
「ツバキさん、そういえば持ってきた弁当なんですけど……」
「それは、これから向かうところにいる方たちのお昼です」
「アルバイトに向かった先のいる人たちの?」
「ええ、昨晩、あなた方のお食事でいくつか食材を切らしてしまったので、お昼は届けると伝えましたので」
少し困ったように言う彼女に、少しばつが悪そうな顔を向ける。いきなり訪れてきた僕たちの、寝食の世話をしてくれたのだ。そうなれば当然あり合わせのもので用意するしかなかったのだろう。
「すみません。迷惑をかけてしまって」
「いえいえ、いいんですよ。天狐様に命じられましたが、女中を起こすのも忍びなかったので私が用意しましたが、あまり料理は得意ではないので、ほぼ出来合いのものを用意するしかなかったんです。お気にしないでください」
「……ありがとうございます」
「――はい!」
あまり、この件で深追いしてもツバキさんを困らせるだけだと思ったので素直に感謝しておく。
とはいえ、お弁当を用意するということは、あの屋敷から通っている人なんだろう。しかし、なんで働きに出ているんだろう。少なくとも、そこまで貧困だとは思えなかったんだけど。
質問しようかどうか悩んでいると、ツバキさんがアルバイトについて話し始める。
「ではそろそろ向かいましょうか」
「おう、どこにいくんじゃ?」
「――と言ってもこれから二手に分かれて向かいます」
「二手? 一緒にやるんじゃないんか?」
「ええ、それぞれ目的が違いますから――コータ。あなたは剛玄さんの案内をなさい。言ってほしいのは武蔵さんのところです。すでに話は通してありますので案内だけで結構です。それと――案内が終わったらまっすぐ屋敷まで戻るように」
「……はーい」
やる気のなさそうな返事をするコータに不安を覚える。とはいえ、よくよく考えたら、城に忍び込んでは逃げ回るということをしていたので、何かあったら逃げ出せるだろう。
それよりもこっちのアルバイトのことが気になるがやはり……。
「ンじゃ、行こうぜ、剛玄」
「おう、案内頼むぞ、コータ」
――なんだかんだ向こうもやっていけそうみたいだし、意識をこちらに戻す。
彼らが出発するのを待ってツバキさんも歩き出す。
「これから向かう場所ってどこなんですか?」
「屋敷の近くにある茶屋に向かっています。今朝のことを覚えていますか?」
今朝のこと――屋敷を出て人通りの少ない静かな通りを歩いていると、にぎやかな場所に出た。そこはひとがごった返していて、賑わいのある栄えた通りだった。
「ええ、確か――屋敷を出てにぎやかな大通りに出たんでしたっけ?」
「はい、そうです。その通りから、もう少し中に入り組んだ場所にある茶屋なんですよ。先程召し上がったお団子も、そこのものなんですよ」
「とてもおいしいお団子でしたね。けど……なんでまたそこに僕一人で?」
「出発する前にも話しましたがそれぞれ目的が違うんです。屋敷に戻ったら剛玄さんと働いた感想でも話してみてください。私たちがこの町のことを話すより、直接見ていただいた方がより詳しく伝わるはずです」
……なるほど。
確かにそうかもしれないなと思ってしまった。天狐さんやツバキさんから昨晩話を聞いたが、今日実際に見たのとは少し印象は違っていた。あくまでも一方の視点からだけではなく、自分自身の目で見て判断する機会をくれたんだろう。
いつの間にか、人通りのある道を歩いていたが、それを見てふと疑問がわく。
「……そういえば昨日、僕襲われたというかコータに巻き込まれたというかで、役人に追われたじゃないですか? こんな町中でバイトをして顔がばれたら、まずいんじゃないんですか?」
「それは今のところ問題ありません」
「なんで……?」
「……この都市の最大の弱点がそうさせているんです。詳しく説明しますね。まず、この都市以外にも、ほかに4つの都市がこの国にはあります。ほかの都市もそれぞれ異なった特色をお持ちですが、今はそれは置いておきましょう。この都市がほかの都市と違うのは、ずばり”武力”です」
「武……力……」
「この都市は昨夜話した通りダリックという少年が治めています。しかし、その統治はとても納得のできることではなかった。それを知っていたあの少年は、この都市からの反乱を防ぐために武力を取り上げたのです」
「僕たちの世界の刀狩りみたいなことですね」
「――その通りです。こちらの世界でも刀狩りが行われました。武士たちは戦う武器を取られ、反乱の火は大きく燃え広がらなかった。この町の武士のほとんどが武器を主体に戦っていますから、魔法だけで城の役人たちと戦うのは圧倒的に不利だったんです。その劣勢の上、家族を人質に取られては、武士たちにはもうどうしようもなかったんです」
「そうだったのか……」
悔しそうに言うツバキさんは、どうにもならない現状を憂いているように感じた。なんて声を掛けたらいいか分からず、ひとまず肯定をするだけになってしまう。
「少し話が逸れました。この都市の持っている力、すなわち”武力”はこの国は著しく低いんです。それはほかの都市からの侵略に敵わないということ。そしてもう一つ。こちらが本命でしょうが、彼らは指名手配を公表したくないんです。そんなことになれば必然、城下町、下手すればこの都市中に広まってしまうでしょう」
「それの何が問題なんですか?」
指名手配が町中、いや、都市中に広がれば、うかつに動けなくなって探しやすくなると思うんだが。そんな疑問に答えるようにツバキさんは言葉をつづける。
「城に勤めている人たちからすれば、それは面白くない話なんですよ。町を巡回してる役人は城勤めの役人より立場は圧倒的に弱いですから、プライドがそれを許さないはずです」
なるほど……。つまり、城に侵入されて、それを取り逃がして、その上、町の役人たちに助けを求めるというのはできないということか。
昨夜、隊長と呼ばれた男とその部下と思わしき男たちは、城の役人だったということか。それで、一度見失った僕たちを追えなかったのか。妙な納得をして話の続きに戻る。
「つまり、役人たちのメンツとその混乱に乗じて侵略しようとするほかの都市のことを考えると、指名手配の公表はできないんです」
ツバキさんの話が終わると同時にこれから向かうであろう茶屋が見えてくる。
彼女もそれが見えたのか説明をしてくる。
「……あれが八雲さんにこれから働いていただく茶屋です」
そのままツバキさんと一緒に店に入ると、一人の少女が近づいてくる。
「――ようこそニャン、茶屋”猫の手”へ」
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