修行3
――ウソ――だろ。
この目の前で、にこにこしながら刀を携えたツバキさんに戦慄する。
開けた口がふさがらないというのはこのことだろう。隣を見ると右のごつい男は顔が引きつっているし、その反対にいる、先程自信満々に魔法を放った少年は顔が青ざめている。おそらく自分の顔もひきつっているんじゃないだろうか。
しばしの沈黙が続いた後、ようやく我に帰ったであろう剛玄が絞り出すように声を出す。
「あーっと、そのじゃな? いくらなんでも、本物の刀ということは真剣ということじゃろう。いきなりそれでやるというのはさすがにな、こう、心の準備が出来とらんよ」
「――実戦に勝る鍛錬は無し――です」
実戦? 実践の間違いじゃないのだろうか? 字が違うような気がするが、これは突っ込んだ方がいいのだろうか。
「持ってきた荷物の中にあなたたちの刀が入っています。それを持ってきてくださいな。もちろん――あなたもです、コータ」
思いっきりいやそうな顔をしたコータは何とか逃げようと必死に抵抗をする。
「い、いやさ、おいらも修行をしたいのはやまやまなんだけどさ、さっき魔法使っただろ。おいらの全力の魔法なんだ、あれ。そもそも、さっきの魔法を使う前にもいろいろやってたから、そこまでのものじゃなかったというかなんというか……」
「いろいろ言い訳が長いですね。要点のみ話しなさい」
「魔力切れで体が動かねえんだ、うん。しょうがないよな?」
ツバキさんの迫力にビビったのか開き直りやがった。それを聞いたツバキさんは、表情を変えず無言で立っている。開き直ったはいいもののやはり彼女が無言でいるというのは相当怖いのか、顔がだんだん下に向いていく。
まぁ、いきなり真剣を使うと言ったらふつうは嫌がる。正直、僕だって竹刀か木刀を使ってほしいと思っているのに。
「クソっ。見送りなんてしないでさっさと逃げるんだった」
あれ?
ひょっとしてこいつ、こうなることわかってたから見送りに来たんじゃないだろうか。僕たちがしごかれるのが分かってて笑いに来たんだな。それで、ツバキさんに捕まったと。玄関先で声をかけられて逃げようとしていたのはこのためだったのか。
そんなことを考えながら剛玄と二人、成り行きを見守っていると、ようやく決心がついたのか、あるいは心が折れたのかコータが渋々といった感じで立ち上がる。
「……わかったよ、やればいいんだろやれば。なるようになれだ」
その言葉を待っていたのか、ようやくツバキさんも動き出す。こちらを見てくる彼女に僕も我に返る。
(おっと、僕たちも刀を取りにいかないと)
刀を取りに戻る途中、なにやらぶつぶつ言いながら歩いてるコータに話しかける。
「お前、分かってたな」
「……ウルセー」
ふてぶてしく答えを返してきたことに確信を得る。
(やはり、こいつ、刀を使うというのが分かってて逃げようとしてたな)
となると……何をされるか分からないな。意外とスパルタなツバキさんの一面に、今後の対策を肝に銘じておこうと思う。
刀を持って3人で戻るとツバキさんの雰囲気が変わる。その変化に改めて気持ちを引き締める。強くなって、文也と西条さんを助け出すんだ。
「これから教えるのはごく一部、守り方です」
「「守り方??」」
予想外の言葉に剛玄とともに素っ頓狂な声が出る。
てっきり敵の斬り方でも教えられるものだと思っていたが意外だ。
「そう。守り方です。今回の目的は敵を責めるのではなく、あなた方の友人を奪取すること。必ずしも敵を斬る必要はありません。ただし――必要であれば斬らねばなりません。故に斬り方も教えます。ですが、今回必要なのは守り方です」
「……そういうもんか」
「ええ、ではさっそく始めましょうか」
「いやいや、せめてどう守ったらいいのかぐらい教えてほしいんですけど」
「習うより慣れろ――です。大丈夫です、ある程度のけがなら私が直しますので」
「それは大丈夫じゃないような気がするんだけど」
「だからおいら、いやだって言ったんだ」
未だ横で文句を言っているコータを尻目に刀を抜くツバキさんを見て、僕も刀を抜く。
「でもどうやって鍛えるんですか? 誰かと組んでやるんです?」
「――いいえ。私が3人に斬りかかるので頑張って防いでください」
言い終わると同時にツバキさんが一気に間合いを詰めて切りかかってくる。
「――ッ!!」
横なぎに振るわれた刃を、自分の刀でかろうじて受け止める。しかし完全に威力を殺しきれなかったのか、そのまま後ろに吹っ飛ばされる。
(――くッ!! 手が痺れて、それに呼吸ができない――)
吹っ飛ばされたとき、背中から地面に叩きつけられた為、呼吸ができなくなる。必死に呼吸をしようと起き上がる。
呼吸を落ち着かせながらツバキさんの行方を追う。彼女は僕を吹っ飛ばしたあと、コータも吹っ飛ばしたらしい。彼女を探そうと辺りを見渡すと、視界の端っこの方に顔から地面に叩きつけられたであろう姿が目に入った。その姿を放置して改めて視線をさまよわせると、剛玄を攻め立てている姿が映る。
(――速えぇ。あんなのでたらめじゃないか)
しかし、剛玄も柔道をやっているせいか、向かい合って戦うことには慣れているらしく、押されていても姿勢を崩そうとはしない。徐々に足が下がりながらではあるがきちんと捌けてるように見える。
いつまでも座ったままではいられないので立ち上がり、刀を構える。それを確認したのか、ツバキさんがこちらに向き直り走ってくる。そのまま、先程僕を吹っ飛ばした時と同じように構える。
(これは……止める。止めて――見せる!!)
「うおりゃー!!」
横なぎに振るわれた刃を受け止める。先程と同じように吹っ飛ばされそうになるが、足に力を入れて踏ん張る。一瞬のことなのにとてつもない時間が流れたように感じる。刀に加わっていた力がフッと軽くなると同時に、やはり先ほどと同じくらいの力が刀にぶつかる。押されそうになるのを堪えつつ二太刀目を凌ぐ。すぐに次の攻撃がきて、これも防ごうと刀を前に出す。
しかし、斬り上げる様に振るわれた刃を止める力はすでに残っておらず、僕は刀ごと空を舞って地面に叩きつけられた。
(ハァ……ハァ……何とか二回防いだが――あの連撃をとても――防ぎきれるとは――思えない)
肩で息をしながら先程の攻防を思い出す。
速く重い。単純ながら強い。ゲームならガードすれば防げるのだろう。しかし、現実はガードごと体力と気力を奪っていく。起き上がろうと手に力を入れるが力が入らない。
寝たままツバキさんの動向を窺うと、再び剛玄と攻防を繰り広げていた。
(剛玄はどうやって受け止めているんだ? いくらあいつでもあの重さの攻撃を防げるとは思えないんだけど)
呼吸を整えつつ剛玄の動きを観察してみると、ツバキさんの刀が剛玄の刀に当たったときだろうか。その瞬間、剛玄は足を後ろに下げている。
(……足を……受け止めるんじゃなくて、受け流しているのか)
それなら納得がいく。あれほどの威力を伴った攻撃を真正面から愚直に受け止めていたら体力が尽きるのも早いが、受け流せばその負荷も大きく減らせる。
……とはいえあのスピードじゃ難しいと思うが。
なるほど。”実戦”か。確かに実際に戦っているような状況なら得るものも多いのかもしれない。
手に力を入れて立ち上がる。
(受け止めるのではなく受け流す。勝負は最初の一撃目! そこで決める!)
攻防の最中、ふとツバキさんと目が合う。僕の意図を受け取ったのか、彼女は剛玄への攻撃を止めこちらに駆けてくる。
話は変わるがゾーンに入るというのを聞いたことがあるだろうか。物事に集中すると周りの景色がはっきりと見えるアレである。
例えば今、剛玄がツバキさんの攻撃を止めようとして、前のめりになって倒れかけている。
そして極限の集中状態にある今、僕にはそれがはっきりと見える。先程と同じ横なぎの一撃。なるほど、研ぎ澄まされた一撃というのはこういうのを言うのだろう。僕に合わせてくれているが鋭い一撃。それを僕は、これから受け流す。体を横にずらし回転扉のように相手をいなす。そして、こちらに向かってくる刃を上から叩くようにして刃を躱す。そこからツバキさんの二撃目は――来なかった。
「――ッハァ、ハァ、ハァ」
今日だけで何回呼吸を意識しただろうか。一瞬の出来事にとてつもない緊張を張り巡らした気がする。脱力感に襲われ、立っていることができず座り込む。
「――見事ですね。まさかもう出来るとは。そうですね――そろそろお昼にしましょうか」
ツバキさんの言葉に安堵しつつ、剛玄が駆け寄ってくるのを眺める。
「なんじゃ今のは⁉ 躱したというより受け流したのか⁉ すさましい気迫じゃったのう!!」
「……悪いんだが剛玄、手を貸してくれ。ちょっと立ち上がれそうにない」
興奮して矢継ぎ早に話しかけてくる剛玄に助けを求める。手を貸してくれた剛玄とともにお昼ご飯を用意しているツバキさんのところへ向かうと、そこにはおいしそうなご飯が用意されていた。
腰を下ろして重箱をのぞいてみると、色鮮やかなおかずが入っており食欲をそそる。ツバキさんの入れてくれたお茶を受け取り、食べ始める。
「んー、美味いのう。天気もいいし体を動かした後じゃから、より一層美味い」
「そうだな。ピクニックみたいだ……話は変わるんですけど、ツバキさん。さっき、もう出来るって言ってましたけどあれって……」
「――そうですね。本当は順序だてて鍛えていくつもりだったんですけど。まず、相手の攻撃を受け止める。そして、攻撃を躱せるようになる。最後、今回の目標です。”カウンター攻撃”を習得する」
「カウンター、か」
「黙っていたのは、攻撃を見切れるようになってほしいからです。それぞれの段階に目的がありますが、まずはスピードに慣れてほしかったんです。そして、負担をかけずに攻撃を捌けるようになる受け流しを習得する。それが最初の段階です。もっとも、八雲さんのあれは、ほぼ完成形と言っていいものでした。私を斬る気でいれば有効な一撃になっていたでしょう」
そう言われ、少し照れ臭くなる。見切り、そして相手を斬る。
極限の状態だったからできただけだと思うが、それでも感覚はつかめた。鍛えれば強力な技になるだろう。
「その技の完成形は〝転斬”と言います。回転することで相手をいなして斬る技です」
「――こりゃわしも負けていられんのう。八雲、おぬしに追いつかないとな」
「……いや、僕ももう一度できるかどうかわからないな。あのとき、無我夢中だったし。それに出来たのは剛玄のおかげだ」
「わしの?」
「ああ、そうだ。剛玄の受け方を見て思いついたんだ」
そうか、と照れ臭そうに頬をかきながら重箱に手を伸ばす。
「……いやいや、すげーって。いきなりあんなの見せられるとは思っても見なかったぜ」
「何もしてないあなたがよく言えたものですね」
「いや、だってさー……」
急に自分に矛先が向いて慌てるコータ。何を隠そうこいつ、結局最初に吹っ飛ばされて以降、あのままの状態で過ごしていやがった。起き上がったら自分が標的になると思っていたんだろう。
「まぁそう言わんでも。午後はわしも、もっとできるように頑張るとしよう」
より一層のやる気を見せる剛玄に、僕も一緒につられる。
(いつでもできるようにならないと完成しないからな)
「やる気を見せていただけるのはうれしいのですが、午後は午後でまた違ったことをやります」
「――なぬ⁉」
やる気に水を差して申し訳ないという感じを醸し出しながら、ツバキさんに告げられた剛玄は、やる気から一転、落ち込み始める。そのため、剛玄に代わって、午後にやることの内容を聞いてみる。
「午後は何をするんですか? また違った修行ですか?」
「――いいえ。天狐様から告げられた内容は2つあったはずです。1つは修行。強くなること。そしてもう1つはお金を貯めること」
「それってつまり……」
「ええ、そうです。午後にやるのはアルバイトです」
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