修行開始
「お食事は終わったようですね。では、出かける準備をしてください」
「……? この屋敷でやるんじゃないのか?」
朝食を食べ終わった頃合いを見て、ツバキさんが部屋に入ってくる。
ちなみに、天狐さんの部屋を後にして朝食の用意された部屋に入るとそこには、コータが朝食を食べている最中だった。
「一応、城の監視の目もありますのでそれを避けるのと、あと万が一、魔法が暴発してもこの屋敷を壊さないようにする目的がありますので」
「……魔法が暴発ってそんな危ないんか?」
「……フフッ」
笑顔で回答を濁すツバキさんに少し不安が募る。ほんとに大丈夫なのだろうか。
思えばこの屋敷に来てから、天狐さんやツバキさんには、ほとほと悩まされてばかりな気がする。まぁ、自業自得と言えないではないが、別にそんなことはないと言えばそんなことはない。
「なんか笑顔が怖いんですけど」
「へへっ、なんかよくわかんないけどツバキ姉にしごかれるんだろ? 大変だな、二人とも」
僕らとツバキさんとのやり取りに自分は無関係、とばかりに横やりを入れてくるコータに少し腹が立つ。とはいえ、こんなことで腹を立てていてもしょうがない。コータを無視しつつ、ツバキさんに場所を尋ねる。
「この屋敷じゃないなら、いったいどこで修行をするんですか?」
「おい、無視すんな!!」
無視されたコータが後ろで騒いでいたが、これも無視する。
するとツバキさんはどこから取り出したのか、おもむろに紙を取り出して地図を書きはじめる。
それを見せてもらうと、左半分は空白になっているが、右上に月見高原、右下に神楽町、その間の空欄に黄金城と城下町が書かれている。その城下町の見取り図の上の方に黄金城、右のほうにこの屋敷が記されていた。
「修行の場所は、この月見高原です」
「月見高原か、この場所だと城から丸見えではないのかのう?」
「その点は問題に及びません。高原なので坂を利用すれば見つかりませんし、そもそもそちらへの監視は甘いんです――話が長引いてしまいましたね。そろそろ出発しましょう。それなりに距離がありますから」
「……それで、なんでおいらまで一緒に行かなきゃならないんだ!!」
歩きながら文句を言ってくるコータ。なんで一緒にいるのかというと、月見高原へ移動しようとしたとき、見送りに来ていたコータに向かってツバキさんが声をかけたのだ。
「なんでって――ついでにあなたも修行になるでしょう。寺子屋にも通わず、そのうえ初級魔法がせいぜいとは、情けないことこの上ないです。ご両親を助けたいのならそれに見合う力をつけなさい」
「ウグッ……」
図星を突かれ、何も言い返せずに顔を逸らすコータ。
「がはははは! まぁ、おぬしも一緒にやるというのもよかろうぞ、なぁ、八雲」
「そうだな。あまり役に立つと思わないけどな」
「……ッ、お前らよりはできるんだよ!」
「……多少だろ」
「うるせぇ‼」
「……しかし、昨日は夜だったのもあるけど、人通りがすごいな。城下町というのに恥じない賑わい方だ」
ツバキさんに先導されながら、僕と剛玄とコータで町の中を行く。昨日の追跡を除けば、静寂が辺りを包んでいたのに、朝の人通りはなかなか多い。商売人や町人の行き交いに思わず圧倒される。
しかし、外を出歩く人の格好も、ほとんどが着物なのに対し、たまに古めかしい洋装をした女性や男性とすれ違う。彼らは、この町の住民ではないのだろうか。
そんなことを考えながら歩いていると、次第に人通りが少なくなってくる。
「そろそろ見えてくるはずです――ちょうど見えてきましたね。あれが月見高原です」
先頭を行くツバキさんの指し示す方を見ると、鮮やかな緑の草原が見える。風に揺れる草が、豊かさと雄大さを感じさせ、心を落ち着かせる。それがより一層、これからの修行の気持ちを引き締めさせてくれた。
「さてここら辺でいいでしょう。修業を始めましょう」
高原に入りいくつかの丘を越え、城が見えなくなったころツバキさんが修行の開始を伝えてくる。
実は僕と剛玄は、屋敷の人から荷物を渡されていた。荷物と言っても刀とお弁当だが。とりあえず、お弁当だけ少し離れた場所においてツバキさんのところに行く。
「まずは座学です。と言ってもそんなに内容はありません。まずはこの薬をどうぞ」
ツバキさんが僕と剛玄に薬を差し出してくる。
「えーっと、ツバキさん、これは?」
「魔力浸透薬です。口の中に入れてください。すぐに口の中で溶けて体内に取り込まれます」
「あぶないものじゃないだろうな、これ?」
「心配しなくても大丈夫ですよ。その薬はただのきっかけにすぎません」
「……そうか。ン……なるほど。確かにすぐに口の中で溶けてなくなってしまうのう。それと……別に特に体に変化があるわけじゃないようだがのう」
剛玄が薬を飲んだのを見て、僕も薬を口に入れる。すぐに口の中で溶けて消えてしまうと同時に体が熱くなってくる。しかし、それもすぐに収まる。体に何か変化があるのかと、僕も確認してみるが特に変化はないようだ。
「僕も特に何も変わったように感じないんですけど」
「それはあなたたちが、魔力を扱う感覚を知らないから分からないだけです」
そう言われ、再び自分の体の感覚を確かめてみるが、やはり分からない。
パンパンと手を鳴らすツバキさんに自然と視線が集まる。
「はいはい、とりあえず座学に戻りますよ。まず、基礎知識として、この世界のエネルギーは魔力を基本としています。魔法は当然、そして生活にも魔力は使われています」
「魔法以外にも使われているんですか? 魔力って体を流れるものだと思っていたのですけど?」
「ええ、そうですね。ですが他にも、魔力を持つものがあります。今、手元にないので見せられませんが魔力石というものがそうです。これは、この世界のほぼすべての動力になっています」
「マリョクセキ? そんなんがあるんか? けど、わしらそんなもん見てないと思うが?」
「いえ、気づいてないだけですよ。昨夜、町中を動き回ったと思いますが明かりが少なかったはずです。ですが、屋敷は明かりがついていたはずです。あの明かりに魔力石が使われています。正確には、明かりの動力源に使われているんです」
「へぇー、そうだったんか」
「魔力石については、今はそんなものがあるという認識程度、で構いません。今、必要なのはこっちです」
そういうや否や、手のひらを上にして、前に出して見せるツバキさん。すると突然、その手のひらの中に突然、炎が出る。
「「ウオッ!!」」
剛玄と、二人して驚き、思わず立ち上がってしまった。その横でコータがこちらに軽口をたたく。
「ハッ、こんなんで驚いてるとは先が思いやられるな」
コータの方を向くとこっちを自信満々に向いていた。と思いきや、なぜかこちらから顔を逸らす。不思議に思って周りを見渡すと、ツバキさんがコータの方に向かって微笑んでいる。しかし、その目からやさしさを感じることができず、背筋をゾッと凍えさせる。そのまま、だんまりを決め込むコータに納得したのか、こちらを向いて再び説明を始める。
「立ったのなら好都合です。そのまま始めましょうか」
あっさりと言い、こちらに促してくるがそもそもどうやるのか分からない。剛玄の方を見ると、彼も同じくどうしたらいいのか分からないのか、困惑した表情をしていた。二人そろってツバキさんの方を見ると、不思議そうに首をかしげる。
「どうかしましたか?」
「いや……やり方がよく分からないんですけど」
「お二人の中にはすでに魔力が循環しています。まずは、手の中に、自身の魔力を放出することをイメージしてください。まずは、そこから始めてみましょう」
言われたとおり、手を出してその中に魔力の塊をイメージしてみる。体中を魔力が駆け巡り、手のひらに集まる。その瞬間、全力で手のひらに力を入れる。しかし、特に何も起こらなかった。剛玄の方も同じく苦戦しているらしい。顔が力んでいるせいか、眉が寄って、おでこにシワができている。
その反対方向を見ると、コータもどうやら修業を始めていたらしく、手のひらの中に魔力の粒子が渦巻いている。おそらく、ツバキさんのいう状態はあれを差すのだろう。
改めて手のひらに間隔を向ける。そして、全身を巡る魔力に全意識を向け、イメージを載せて全力で力んでみる。わずかに体が熱くなるのを感じたが、だがやはり、魔力は出なかった。