プロローグ
初めまして。初投稿になります。
楽しんで読んでいただけると幸いです。
おぼろげな意識の中で声が聞こえる。
「■■■――、返事しろ■■■!! くっ、聞こえんのか――」
……誰だろう、こちらに向かって必死に呼びかけてくる。
薄れゆく意識の中でその少女は、とても儚げで夜空の月のように輝いて見えた。
「――なかなか終わらないな。まったく、付き合うのはこれくらいにしたいものだ」
背後の友人のボヤキを聞きながら僕はあたりを見渡す。なるほどきれいに片付きかかってきているがまだまだ時間のかかりそうな部屋の散らかりようだった。
「大和、手止まっているぞ」
友人に言われ、ふむと少し考えて返答する。
「なんかわけのわからん夢を見てた。ここはどこで僕は誰だ?」
「ここは社会科準備室でお前は八雲大和だ」
冗談めかして言う僕に友人、片桐文也は少し訝しそうに答える。
「ありがとよ」
くだらないやり取りにも丁寧に返答する友人に礼を言いつつ、僕はなぜこのような状況になっているのか思い出そうとしてみた。
――3時間前――
昼食後の授業、日本史でのこと。
5月の日差しの中、僕はお昼ご飯の後ということもあり眠気が襲ってきていた。ふあーぁと出る欠伸を嚙み殺す。ばれたら何言われるかわかったもんじゃないからだ。
それでも襲ってくる眠気には勝てず、うとうとしてしまう。
「――があり日本という国ができたわけだ。ではこの時の初代天皇はだれか? 八雲答えてみろ」
「……」
「八雲、……八雲!!」
「……あ、は、はい⁉」
ボーっとしていたため慌てて立ち上がり返事をする。そのせいで皆の視線が集まる。
「授業中にボーっとするとはいい度胸だ。私の授業では不満か?」
今年の春からうちの高校、天鳴高校に着任している日本史教師である女性、時任綾乃に問われ言葉を濁す。
「いえ、そんなことはないですけどね」
「はぁ、もういい、席に着け」
おとなしく席に着こうとすると離れた席に座っている友人と目が合った。
何でもないとアイコンタクトをする。
「授業が終わったら、八雲は私のところに来るように」
……お説教が待っていると思うと残りの時間が憂鬱になる。
「その結果がこれか」
社会科準備室の中で僕はため息交じりにつぶやく。
「まさか社会科準備室の片付けをさせられるとは思わなかった」
「時任先生は新任だからな、去年の日本史の先生が残していったのだろう」
「忙しいからって人に押し付けないでほしいよ」
「ほう、文句を言えた立場か?」
「うわっ!!」
文句を言ってるとドアを開けて入ってきた時任先生に驚かされる。
「サボってないか見に来ただけだ。……あまりまじめにやってないようだな?」
「そんなことはないですよ。もう少しで終わります」
「片桐……そうか。終わったら鍵を閉めて職員室まで返しに来てくれ。……八雲、くれぐれもサボるなよ」
文也の言葉で時任先生はあっさりと納得したらしい。
自分の担当するクラス、2年2組の学級委員でもある文也の言葉は教師としても疑う必要がないのだろう。成績優秀、品行方正の眼鏡をかけたイケメン。地を行く真面目だろう。
自分で言うのもアレだが僕の言葉よりよっぽど信用に足りると思う。
一人じゃないのに涙が出そうだ。
「やっと終わった、もう5時過ぎか」
あれから結局20分ほどかかって片付けから解放された。帰宅するために校門にむかって文也と歩いていると学校のいたるところで部活動をしている声が聞こえる。間もなく校門というところで聞きなれた声が聞こえてきた。
「おう。珍しいのう、八雲に片桐じゃないか! がはははは!」
「おや、剛玄君か。部活中かい?」
「いや、今日はもう帰ろうと思っての」
文也に聞かれ剛玄と言われた生徒は帰る仕草をしながら答える。確かに彼は制服を着ていて帰るところだったのだろう。
柔道部に所属している彼は身長180センチ以上はあり、ガタイもとても良い。知らなければ声をかけるのもためらうだろう。だがそんな見た目とは裏腹に快男児という言葉が似合う男である。クラスメイトということもあり、また以前、彼の弟のことで関わりがあったため彼に話しかける。
「弟さんは元気?」
確か年齢は11歳だったはず。この男とは対照的に小柄で、もの静かな印象を感じさせる子だった。
「おう、優斗は元気にやっとるよ」
「なんだ二人は知り合いだったのか? あまり話をしているのを見たことないが。最も大和が人に積極的に話しかけているのも見たことなかったが」
文也の驚きはもっともだろう。僕は学校で剛玄と話したことはない。
「まあ、前に少しね」
「うむ、その節は世話になった」
丁寧に頭を下げる剛玄に別にいいよと言いながら校門に向かって歩きだす。帰り道は途中まで一緒だというので皆で帰る。
「インターハイに向けて調子はどうだい?」
「順調よ! 二連覇目指して今年入ってきた新入生もビシバシしごいとるわ。おぬしもどうだ、鍛えんか」
「え、遠慮しておこう、運動はあまり得意じゃないんだ。後輩たちにはほどほどにしといてやれよ」
話す二人をしり目に柔道をしている剛玄を考える。後輩や同級生、果ては先輩すらちぎっては投げ、ちぎっては投げを繰り返す男に頼もしさを覚える。この男は実際にぶん投げたことがあるため相手は恐怖でしかないだろう。
「せっかくだ、飯でも行かんか……と言いたいのだがのう。妹の面倒を見なければならん都合上な。面目ないのう」
時間があるときにでも、と話し剛玄と別れようとする。
「あっ!! うっかりしてた。巻物渡すの忘れてた」
僕の言葉に文也も驚いたような顔をした後困った顔をした。
「んん? なんだ、その巻物というのは?」
「実は時任先生に社会科準備室の片付けを頼まれてね」
「八雲、ぬしが時任教諭に当てられた時のことか?」
「そう。その罰で準備室の片付けをしてね、掃除中に見つけたんだ」
「で、どうすればいいかを終わったら聞こうと思って鞄にしまって」
「そのまま持ってきてしまったということか」
がはは、と声をあげて笑う豪玄を恨めしく思いつつ手に持った巻物に目をやる。
「しかし、どっかに片づけられるところはなかったのかのう?」
「見てもらえばわかるけどボロボロなんだよ」
「確かにシミや汚れ、ん? なんじゃ、破けてもおるのか」
「さすがにこれはどうすればいいのかわかんなかったんだよね」
剛玄に手渡しつつ文也のほうに目を配る。
「このまま持っていても仕方ない、返しに行こう」
なるほど、真面目な文也らしい考えに正直めんどくさいと思う自分がいた。
あたりを見渡すと、夕焼け空のせいか行き交う人々のいる中で少し寂しさを覚える。早く家に帰りたい気持ちや疲れもある。さらに、今から学校に戻るだけで10分ぐらいかかることを考えると……
「明日でいいか」
「おい⁉」
「中に何が書いてあったんじゃ?」
苦笑いしながら聞いてくる剛玄。そういえば何が書いてあるんだろう。開けるのも憚られたのでそのまま鞄にしまったが、これだけ異質な存在感を放つものを気にならないと言ったらうそになる。
「見てよいものかのう?」
「よせ! さすがに悪いだろう」
人のものを開けるのにさすがに抵抗感があったのであろう、その言葉に巻物を開こうとしていた剛玄も手が止まる。
とはいえ――
「……少しだけならいいんじゃないか?」
「大和……」
「いやさ、このまま戻るのもめんどくさいし、大事なことが書いてあったら戻ろうぜ」
呆れたようにこちらを見る文也に、言い訳がましく答える。
「たかだか10分程度だろうに」
「うっ、そ、そうだけどさぁ」
「開けるということでよいか?」
開こうとしたまま止まっていた剛玄にうなずく。
「よし開けよう」
頭に手を当てヤレヤレとあきれる文也を横に剛玄と巻物を覗き見る。
【 ”廻る月”
■■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 】
『なんじゃこりゃ⁉』
開いた部分からタイトルと内容(?)らしいものが見える。だが見えたものは黒く塗りつぶされていてとても読めるものではなかった。この先がどうなっているのか気になるので剛玄に手で促しつつ、先を見る。
【 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 】
その先もやはり黒塗りされていた。
「どういうことだこれは? まるで――」
まるで――意図的に隠されたものじゃないか?
この言葉にごくりと息をのむ。ふと周囲の人影がないことに気づく。おかしい、いつもより帰宅時間が遅いとはいえ、人っ子一人もいないのは変だ。背筋に寒気が走る。僕の様子がおかしいことに気づいたのか二人もあたりを見渡す。
「人の気配がせん……」
「おかしいな。――ずいぶん暗いな」
再びあたりを見渡してみる。確かに周囲は薄暗く、不気味な雰囲気を醸し出している。
「……すっかり遅くなってしまったの。急いで帰るとしよう」
巻物を受け取りながら挨拶をする。
「ああ、気をつけて、また明日」
「また明日」
「主らも気をつけい、また明日の」
異様な雰囲気を察したのか剛玄も忠告してくる。
手を挙げて帰る剛玄を見送りつつ巻物をしまう。
「僕たちも帰ろうか」
「そうだな、巻物は明日、時任先生に渡そう」
さすがにこの雰囲気の中、学校に引き返そうとは言えなかったのか、文也は僕の言葉に賛同する。
僕としてはありがたいのでそのまま家に向かって歩き出す。なんとなく話ずらく無言のまま歩いていると自宅が見えてきた。
妹の紗夜香が先に帰ってきているのだろう、明かりのついている自宅を見るとホッと気持ちが楽になった気がする。文也も同様に安堵しているようだった。
「じゃあ僕はこれで。さよなら」
「ああ、さよなら」
文也と別れて自宅に向かう。さっきのはいったい何だったのだろう。相変わらず辺りは暗く、人通りはないが玄関の前に立ってカバンから家のカギを取り出そうとする。
辺りは暗く、明かりがないのでカギを探すのに苦労する。
「明かりがない?」
ふと窓に目をやるとさっきまでついていたはずの家の電気が消えていた。
「な、なんで⁉」
情けない声をあげながら急いでカギを取り出そうとする。ふと目に先ほど仕舞った巻物が目に入ってきた。結び目がほどけ中が見えるようになっている。
だが、今はカギを取り出さなきゃいけないので巻物をどけようとした瞬間、黒い光が巻物から出て僕を飲み込もうとする。必死に足掻くが、流れはさらに強さを増し、やがて抵抗むなしく僕を飲み込んだ。
完全創作になります。
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