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第17話-Lサイズポテトへのアップグレード

「全く……ガリスの野郎め……よくもまあ、面皮厚く私に物をねだりに来られたものだわ……」

暗闇の中から、誰かの声が聞こえる。

私は目を開けた。何も見えなくとも、それが誰の声なのかは分かった。

「戦争をしたいなら……勝手に一人でやればいいでしょうに……私に金と力を出させようとして……私を泥沼に引きずり込んで……遠すぎるわ……」


**(ゴゴゴゴッ――!)**

重厚な金属の扉が押し開かれ、彼が入ってきた。

「デリア・ソフィア……私のことを、理解してくれるかしら……」

「時間はもうすぐよ……さあ……行きましょう……」


彼は私を腕の中に抱き上げた。そして私は、また彼の嘘を信じてしまった。

長い旅路……。

青い惑星……。

崩れ落ちる神殿……。

そして、私もまた……。




「!」

タン・ピンは夢から飛び起き、全身に冷や汗をかいていた。

目の前は真っ暗で、息が詰まりそうだ。

顔の上に何かがある。

柔らかくて……。

白くて……。

これは……?


「んぐ、んぐ、んぐぐ(訳:お、おっぱい)?!」


顔に乗っている物体の正体に気づき、タン・ピンは驚愕して叫んだ。

だが、口がその柔らかな何かに塞がれており、くぐもった声しか出せない。

必死に抗おうとするが、それは顔にしっかりと張り付いている。

いや、全身を強く抱きしめられており、逃げ出す隙すらないのだ。


「んぅ……騒がしいわね……あともう少し寝かせて……」


銀髪の佳人が不満げに呟いた。その頬はわずかに赤らんでいる。

それは情欲ではなく、心からの安寧の証。

あの夜と同じように、計算も疑念もなく、ただ無条件の包容がある。

二つの裸体が重なり合い、人間特有の体温が、一点一点と少女の肌に染み渡っていく。

許されるなら、このまま百年先までこうしていたい。

彼女は腕の中の暖炉タン・ピンをより強く抱きしめ、横向きから覆い被さるような姿勢へと変えた。

自らの体重で、この温かな抱き枕が逃げ出さないように押さえつける。


「んぐっ、んぐぐぐぐ(訳:死ぬ、死ぬ)!!!」


天国と地獄。

今日この時まで、タン・ピンはこれほど相反する言葉が同時に成立する場所があるとは思いもしなかった。

もちろん、生き延びることができればの話だが。

彼は意を決して、目の前の膨らみに歯を立てた。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


女神様の悲鳴が島中に響き渡り、計り知れない災厄をもたらした。

空を行く鳥たちは雨のように墜落し、大量の魚が腹を白く見せて海面を埋め尽くした。

地下室にいた凍土魔狼たちでさえ、顔を見合わせて戸惑いの表情を浮かべた。


荷の運び込みを担当していたブロードが、慌てて叱責する。

「あれはあの方々、夫婦の痴話喧嘩だ! 我々には関係ない、仕事を続けろ!」

その言葉に、四頭の魔狼は隅の荷下ろし場へと駆け寄り、背負っていた荷を迅速に下ろした。

細心の注意を払っていたが、荷が着地した瞬間、表面を覆う布が赤く染まった。

幸いなことに、その程度の失策を気にする者はここにはいなかった。


すべてを終えると、四頭は部屋の反対側にある巨大な魔法陣へと向かった。

魔法陣が眩い光を放ち、周囲は白昼のように照らされる。

瞬きの間に、巨獣たちの姿は跡形もなく消え去った。


「ふぅ……」

張り詰めていたブロードはようやく安堵の息を漏らした。

神々のねやの秘事を盗み聞きするなど、本来なら死罪に値する。

近くにいなくて正解だった。戻ったら他の族人に伝えなければ、二、三時間後にまた来いとな。


「あなたがセイラン様に代わって職を引き継いだモニカさんですね。私は凍土魔狼族のブロードです。三時間後にまた戻ります」

麗人は何も答えず、振り返りさえしなかった。ただ手元の作業を続けている。

ブロードはその沈黙の意味を察した。

彼は軽く一礼し、魔法陣の中央へと退いた。

光が弾け、ブロードの姿もまた消失した。



十分間に及ぶ窒息死の恐怖から、タン・ピンはようやく自由を勝ち取った。代償は右頬に刻まれた鮮やかな手形だ。


「はぁ……はぁ……はぁ……死ぬかと……思った!」

彼は掃き出し窓に背を預けて荒い息をつき、生存の喜びを噛み締めていた。

一方、ベッドの上の傾国の美人は、恨めしげな視線を彼に送りながら、胸に残った歯形をさすっていた。

(この野郎……あんなに強く噛むなんて!)


「……エッチ」

タノシが小さく吐き捨て、指先に淡い緑の光を宿した。

数秒後、胸の傷跡は跡形もなく消え去り、完璧な形状へと戻る。


「き、君がどうして僕のベッドにいるんだ!?」

タン・ピンはタノシを指差した。

自分が何かを「されてしまった」可能性を考え、全身が震え出す。


「どうして私がアンタのベッドにいたらいけないのよ? 私の国家、私の家、私の下僕。すべては私のものよ、何を驚く必要があるの!」

タノシは両手を腰に当て、不機嫌そうに言い返した。

主人として、下僕を甘やかすつもりはない。

お前のものは私のもの、私のものは私のもの。

この揺るぎない鉄則を、主人として彼に叩き込まなければならない。


「ええっと……」

無茶苦茶な理屈だが、あまりに堂々と言い切られ、タン・ピンの思考が追いつかない。

漫画に出てくるツンデレヒロインのような存在に、現実で遭遇したのは初めてだった。

これがいわゆる「面倒な女」というやつだろうか。


「まさか、私たちに何があったか忘れたわけじゃないわよね? この数日間、私たちは恋人のようにずっと一緒に過ごしてきたじゃない。アンタ、あんなに恥ずかしいことを私にしたくせに、記憶喪失のフリをして責任を逃れるつもり?」


「何だって? 僕が……!」

タン・ピンは呆然とし、この数日間の出来事を思い返した。

あの日、視察隊が出発しようとした時、タノシが急に我儘を言って「行きたくない」と言い出したのだった。

仕方なく、彼は視察隊を単独で出発させ、自分はタノシと同居することになった。

ある夜、タノシが部屋を訪れ、二人は親密な時間を過ごした……。

最後の一線を越えたかどうかは思い出せないが、裸で同じベッドに寝るような仲になったことは確かだ。


「忠実なる下僕……」

(……待てよ。何かがおかしい。何かが足りない気がする……。何かを忘れているような……)


「忠実なる下僕!!」

少女の叫び声に、タン・ピンは我に返った。

いつの間にかタノシは服を着替え、彼のそばで心配そうに覗き込んでいた。

今日の彼女は、いつもの黒いシルクのローブではなく、白地に青い紋様の入ったシンプルな宮廷装束を纏っている。

露出は少ないが、体にぴったりとフィットした裁断が、かえって彼女の立体的なラインを強調していた。

つまり――露出は低いが、異様にエロいのだ。

特に、タノシのような巨乳・細腰・安産型という砂時計スタイルの持ち主が着ると、その破壊力は凄まじい。

そしてタン・ピンは、この「落ち着いた大人の女性」風の衣装に、どこか既視感を覚えた……。


「え?」

「大丈夫? 叩くつもりはなかったんだけど……私たちがしてきたことを忘れたフリをされるのが、あまりに悲しくて!」

「私は皆に忌み嫌われる邪神かもしれないけれど、清らかな乙女なのよ! 体まで捧げたのに、責任を取りたくないなんて言われたら、私は……うわぁぁぁん!」


少女の瞳には涙が溢れ、その華奢な肩が嗚咽と共に震えている。

ついに耐えきれなくなった彼女は、両手で顔を覆い、指の隙間から涙がポロポロとこぼれ落ちた。

たとえ冷酷な殺人犯であっても、この姿を見れば動揺せずにはいられないだろう。

案の定、まともな女性経験がほとんどないタン・ピンは、即座に狼狽した。

彼は両腕を広げて少女を抱き寄せ、その背を優しく撫でた。


「責任を取るつもりがないわけじゃないんだ、本当に! だから泣かないで、ね?」

「……じゃあ、私たちの間にあったこと、もう知らないなんて言わない?」

「言わないよ! 僕は男だ、責任は必ず取る。愛する女に嘘なんてつくもんか!」

「……アンタ、ずっと私に嘘をついてるくせに……」

タノシが小さく、聞き取れないほどの声で呟いた。


「え、何?」

「ううん! 二度と離れないって約束して? これからは私だけを見ていてほしいの!」

「分かった、分かったよ! 君だけを愛する、本当に!」


そう言って、タン・ピンはタノシの額にそっとキスをした。

タノシは歓喜に震え、背中の触手が蔦のように伸びてタン・ピンの体に絡みついた。

差し込む陽光がタノシの顔を照らし、彼女を聖潔な女神のように見せている。

抱きしめられたタン・ピンは、温かな「沼」に沈み込み、陽の光に触れる機会を完全に失っていた。



午前十時。TOSTTO一階の一角にあるファストフード店「マクド・ドナルド」にて。

タン・ピンはノートPCを開き、建国計画書の修正に没頭していた。一方、タノシは二人の朝食を用意するため「厨房」へと向かった。


タン・ピンは少し不思議に思っていた。ヘリオスやブレノといった配下の一族が一人も見当たらないのだ。

タノシに尋ねると、「視察行動で疲れ果てていたから、休暇を取らせたわ。当分は戻らないわよ」という答えが返ってきた。

タン・ピンは(確かに一週間以上も出張していたんだし、すぐに働かせるのは酷か)と納得し、自分の作業に集中することにした。


「忠実なる下僕、アンガス牛バーガーとエッグマフィン、どっちがいい?」

「どっちでもいいよ」

「ふんふん、じゃあ牛ね。私は牛が好きだから」


タノシはカウンターの横へ行き、壁に設置された巨大なスクリーンを慣れた手つきでパチパチと操作し始めた。その淀みのない動作を見るに、相当通い詰めているらしい。


「アップルコークとブルーベリーコーク、どっちにする?」

「任せるよ」

「ほう。じゃあブルーベリーね。私は海神の娘だし、厳密に言えばブルー陣営だもの」

「へー、そうなんだ」


数日前、タノシはこの「自動注文機セルフオーダー」を発見して以来、これに夢中になっていた。邪神お嬢様は「忠実なる下僕に私の手料理を振る舞い、女神の女子力を見せつけてやるわ!」と息巻いていたが、タン・ピンは内心で鼻で笑っていた。

案の定、タノシは期待を裏切らず、自動注文機の労働成果を自分の「料理」として差し出してきたのだ。おそらく彼女の感覚では、注文機を使うのは人間が電子レンジを使うのと同じようなものなのだろう。


ちなみに、西暦2040年の現在、この店の注文機は完全自動化されている。

店員が調理する必要はなく、原材料のボックスをセットすれば、内部で3Dプリントと加熱調理が完結する。人間の店員は、今やいてもいなくてもいい「マスコット」に過ぎない。


「『邪神祭司』と『デスナイト』、どっちになりたい?」

「……デスナイトかな。響きがかっこいいし。……え?」


上の空で答えたタン・ピンは、直後にフリーズした。

今、何かおかしな言葉が混ざっていなかったか?


「よし、分かったわ! じゃあ商品を受け取ってくる。バイバイ!」

逃げようとするタノシを、タン・ピンは慌てて捕まえた。


「待て! 今の質問の中に、変な選択肢が混ざってなかったか?」

「変なもの? 何もなかったわよ。寝ぼけてるんじゃないの?」

「いやいやいや! 絶対に言っただろ、邪神なんとかとか、ナイトなんとかって!」

「そんな卑猥な言い方しないでよ。『邪神祭司』と『デスナイト』よ!」

「めちゃくちゃハッキリ覚えてるじゃないか! 僕はただ注文してるだけなのに、なんでそんな不穏な決定を下そうとしてるんだ!」


策が露見したタノシは、頭の後ろを掻きながら、申し訳なさそうなフリをした。

「いや、ただ……試用期間一千年って、ちょっと長すぎる気がして。このまま長引くと、アンタまた浮気するし……」

タノシの最後の一言はあまりに小さく、タン・ピンの耳には届かなかった。


「え、何?」

「コホン! つまり、いつまでも雑用ばかりさせておくわけにはいかないわ。もっと色んなことに挑戦して、成長してもらわないと!」

「……つまり、平社員から正式な管理職に昇進させたいってことか?」


タノシは期待に満ちた目で、小刻みに何度も頷いた。

タン・ピンは微笑んだ。

そして、断固として言い放った。

「お断りだ!」



「どうしてよぉぉ!」

腹を満たしたタン・ピンがオフィスへと続く廊下を歩いていると、諦めきれないタノシが周囲をうろちょろとつきまとう。


「考えてもみてよ。アンタは偉大なる邪神の婚約者なのよ? 他の食っちゃ寝してる凡人と同じじゃ困るわ! かっこよくて響きのいい称号がないなんて、ありえない!」

「それが密入国……じゃなくて、勝手に役職をねじ込もうとする理由か?」

タン・ピンは白目を剥きながら角を曲がる。


「密入国じゃないわ、強行突破よ!」

タノシは足早に回り込み、オフィス扉との間に立ちはだかった。

そして豊かな胸を張り、さも正論だと言わんばかりの態度をとる。

「……マルチの勧誘員みたいで、めちゃくちゃ鬱陶しいんだけど」

タノシの我儘に、タン・ピンは言葉を失う。だが、彼女は止まらない。


「え? 『大司教の座以外、他の役職なんて眼中にない』って?」

タノシは両手を合わせ、瞳をキラキラと輝かせた。

ここで女神様は、女性特有の武器――「可愛子ぶりっこ」を発動!

さらに、相手に反論の隙を与えない連続技――「押し売り(強引な解釈)」を叩き込む。

(ふふん、買いたくないならカバンの中に突っ込んであげるわ!)


「いやいやいや! そんなこと一言も言ってない!」

「何ですって? 『俺は闇の教皇になる男だ。そんな軟弱な役職を選ばせるのは、俺自身への宣戦布告であり、人格への最大の侮辱だ』……ですって?」

「言ってないって言ってるだろ! 平然とデタラメを並べて自分に都合のいい方向に話を持っていくな!」

タン・ピンは、自分が漫画によくある「ツッコミキャラ」に変貌していくのを感じていた。


「ええっ? 『終わりのない契約を結びたい。一生をかけて、唯一の最愛を守り抜く』……ですって!?」

「話を聞けぇぇぇ!!!」


タン・ピンが厳重に抗議したものの、タノシはどこ吹く風。

彼女は「ふーん」と気のない返事をして、どこかへ走り去っていった。

そして彼女が戻ってきた時――真の「パフォーマンス」が始まった。


「ポテトをLサイズにアップグレードしてからというもの、お腹がいっぱいになるだけじゃなくて、長年悩んでいた腰痛や抜け毛まで劇的に改善されたわ。これこそがセットアップグレードの恩恵ね……」


タノシはどこからか持ってきたファストフード店のポスターを、オフィスで唯一のホワイトボードに貼り付けた。

そこにはデカデカと書かれている。

**【超おトク! コイン一枚でセットをアップグレード】**

そして、彼女はタン・ピンのそばで独り言を始めた。


「やっぱりね、安物買いの銭失いとはよく言ったものだわ。人生も同じね」

「私たちは時として、運命の交差点で予期せぬ困難に遭遇する。そんな時、一人の美しい女神が迷える子羊に道を示し、正しい方向へ導いてくれたなら、どんなに素晴らしいことか……」


神としての威厳も品格も、タノシの手によって粉々に粉砕されていく。

タン・ピンは引き攣る頬を押さえ、どう反応すべきか途方に暮れた。

(お嬢様……! あなた、邪神のくせに部下を洗脳するためにファストフード店でバイトでもしてきたんですか!?)


「人は往々にして後悔するものよ。あの時どうしてあのアクションを起こさなかったのか、と。そしてチャンスを逃すの」

「もし、あの時の私にほんの少しの勇気があれば。成功への一歩を踏み出す機会があれば、私はそれを逃さず、より良い自分になれたはずなのに!」

「ああ……悲しいかな、私はもう年老いてしまったわ(※邪神基準)。でも、ある人はまだ若い。彼はきっと先人の轍を踏まず、人生の新しい方向性を見つけ出すと信じているわ!」


「……前の職場の社長に搾取されてた時も、同じようにPUA(精神的支配)されたっけな……」

タン・ピンは小声で毒づいた。


「ほんのわずかな追加投資(覚悟)をするだけで、Lサイズポテト並みのメリットが手に入るのよ。これを最愛の人に勧めないわけにはいかないわ! ねぇ、忠実なる下僕、そう思わない?」

「…………」


(お願いだから僕に振らないでくれ! この寸劇に付き合いたくないのが分からないのか!?)

……だが、待てよ。このセリフ回し、彼女が考えたにしては出来が良すぎる。

誰かに入れ知恵されているのか?


タン・ピンはスマホを取り出し、検索エンジン「Voogle」のアプリを開いた。

アカウントを切り替え、タノシのアカウント(スマホを買ってあげた時に登録したもの)を表示させる。

そして検索履歴の欄をタップすると、案の定、香ばしい履歴がずらりと並んでいた。


最新の閲覧履歴は――。


1. **草食系ダメ人間に闘争心を取り戻させる! マネージャーが読むべき管理規約**

2. **猿でも分かる帝王学! 飴と鞭でビジネス帝国を支配せよ**

3. **この三招で部下を心服させる! イーロン・マスクも絶賛のCEO養成バイブル!**(※注:テスラの方のマスクではない)


「…………」

タン・ピンの頬が激しく引き攣った。


(どこのどいつだ、こんなゴミみたいな記事や本を書いた野郎は……!)

もし将来、こいつらがこの島に足を踏み入れることがあれば、その時は徹底的にしごいてやるとタン・ピンは心に誓った。



午後の時間が訪れた。

タノシも、もはや芝居を続けるのは面倒になったらしい。彼女はなりふり構わぬ威嚇行動に出た。


「シャーッ!!!」


邪神お嬢様は血の滴るような大口を開け、ナイフのような鋭い牙を剥き出しにした。背中の八本の触手も、蜘蛛の巣のように禍々しく広がっている。

だが、タン・ピンは動じない。

彼は一袋分の黒ごま大福を破ると、無造作にタノシの口の中へと放り込んだ。

タノシが満足げな表情を浮かべるのを見届けてから、彼は口を開いた。


「……お言葉ですが、一体何をされているんですか?」

「もぐもぐ(咀嚼)……見れば分かるでしょう? もぐもぐ……アンタを威嚇してるのよ、もぐもぐ……」


その姿は怒れる邪神というより、毛を逆立てた子猫のようだった。

タン・ピンはため息混じりに、救いようのない子供を見るような目で言った。

「あそこに砂がある。いい子だから、向こうで遊んでなさい」


そう言うと、彼はストレージ空間からステンレス製の小さなスコップと、視察隊が持ち帰った海砂の入ったバケツを取り出した。

そして、それらをタノシの手に押し付ける。

単純な邪神様は、部下からの献上品(?)を手に取ると、案の定、嬉しそうに目を輝かせた。


「おぉ! 砂!」


タノシはスコップを受け取り、意気揚々と土を二、三回掘り起こしたが……すぐに違和感に気づいた。

(待って……私、こんなに喜んで遊んでる場合じゃないわよね?)


「私を誤魔化そうったってそうはいかないわ! シャーッ!!」

「はいはい、分かりましたよ。でも、実際楽しそうに遊んでたじゃないですか」

「楽しんでなんかいないわよ! シャーッ!!」



ついに、タノシも打つ手がなくなった。

彼女は涙目の潤んだ瞳でタン・ピンを見つめ、この冷酷無比な男を情に訴えて動かそうと試みた。

タン・ピンも少しばかり心が揺らいだが、かつての職場で経験した数々の出来事が、彼に「仕事の本質」を突きつけていた。

できることなら、彼は本当に末端の平社員でいたいのだ。


「申し訳ありません、タノ大様。僕は今の生活に満足しています。名利を追い求め、巨大な物語のために自らの心をすり減らす……そんな無意味なことには、もう興味がないんです」

「もちろん、これからもあなたのために尽力します。それは給料がいくらだからという理由ではなく、僕があなたを好きだからです。だから……今は今のままの僕らでいましょう。いいですね?」


男の誠実な表情が、タノシの瞳に映り込んだ。

千年前、ある男も彼女に同じことを言った。

そして今、全く同じ言葉が愛する人の口から紡ぎ出された。タノシは呆然として立ち尽くした。


やはり、似た者同士は惹かれ合うものらしい。

たとえ自分が邪魔をしなくても、彼らは結局のところ、結ばれる運命だったのかもしれない……。


「……あぁ、そうなの……」


タノシは力なく項垂れ、背を向けて立ち去ろうとした。

その寂しげな後ろ姿に、タン・ピンの胸が不意に痛んだ。

彼女を追いかけ、腕の中に抱きしめて慰めようとした、その時――。

タノシが猛烈な勢いで振り返った。


「コーラをLサイズにアップグレードするだけでもいいわよ!?」

「No! Thank you!(お断りだ!)」


二人のふざけ合う笑い声が、広々とした部屋を満たした。

しかし、その中に混じった一筋の「寂寞せきばく」に気づく者は、誰もいなかった。

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