表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/20

第15話-幽霊都市(ゴーストタウン)

「おじいさん、ここは今、立ち入り禁止ですよ」

防護服に身を包んだ男が前に出、電車を降りたばかりの老人を遮った。

「娘が銀行で働いておるんじゃ。今日はわざわざ会いに来たんじゃが、一体どうしたというんじゃ?」

古びた服を着た老人は、ホームの出口に張られた封鎖線を指差して尋ねた。

「おじいさん、ここは放射能漏れが発生したんです。街全体が封鎖されました」

「何だと? じゃあ、娘はまだ中にいるんじゃないのか?」

「それは……私には分かりません」

「そ、そんな……」

老人は膝から崩れ落ち、その場にへたり込んだ。

この十日間、娘から一本の電話もなく、心配でたまらずにわざわざ北上して探しに来たのだ。

病気か何かかと思っていたが、現実は想像を絶するほど複雑だった。

娘は仕事以外ではほとんど家に引きこもるタイプだ。避難の機会を逃し、家で倒れている可能性が高い。

もし逃げ出せていたなら、家に連絡がないはずがないのだ。


防護服の男は、老人を抱き起こそうとはしなかった。

それどころか、黙って出口に立ちふさがり、鋭い視線で老人を監視している。

ここ数日、電車でやってくる人間は少なくなかった。大半は政府の公式見解を聞いてすごすごと立ち去ったが、中には諦めきれない家族や、下心を持って探索を目論む輩もいた。

ホームを乗り越えて侵入を試みる。それが彼らにとっての「最適解」だからだ。

門番として駆り出されたこの三日間で、男はそんな人間を嫌というほど見てきた。

目の前で憐れを誘うこの老人も、その一人ではないか。


「十日前には『来月彼氏を連れて帰る』と言っていたんじゃ。どうしてこんなことに……。政府の対策はどうなっとる!? 娘はまだ中にいるはずだ、頼む、助けに行ってくれ!」


老人が突然立ち上がり、男に縋り付いた。

充血したその眼には、娘を想う純粋な絶望だけが宿っていた。

男は困惑したが、答えるべき言葉は決まっている。


「被害を拡大させないために、今は封鎖令を出すしかないんです。事態が落ち着けば、娘さんも救助されますよ」

「それはいつだ!? 今日か!? 娘の職場もアパートも知っておる。全部教えるから、今すぐ人をやってくれ!」


老人の叫びに、他の乗客たちもざわつき始めた。


「本当に放射能漏れか? 新手シンシュウ市に核施設なんてあったか?」

「核兵器じゃないのか? 昔、自衛隊の先輩が言ってたぞ。直轄市であり軍区でもあるこの街の周辺には、秘密兵器が隠されてるってな」

「実験室の事故かもな。どこかの議員が言ってたろ、『ミサイル国家隊』を作るって。あれに失敗したんじゃないのか?」

「政府のたわ言を信じてるのかよ。以前の艦艇チームもドローンチームも頓挫しただろ。結局は汚職の言い訳だ。大層なプロジェクトを立てて予算をポッケに入れ、任期が来たら知らんぷり。いつもの手口だよ!」


群衆は勝手な憶測を飛ばし、現場の空気は制御不能になりつつあった。

そこへ、別の防護服のスタッフが歩み寄ってきた。

感情を昂ぶらせるこの老人は、真っ先に「処理」すべき対象だった。


「おじいさん、申し訳ありませんがお約束はできません。中は今、混乱の極致にあるんです。専門家がサンプル採取に入っていますが、結果が出るまでには時間がかかります」

「いつまで待てばいい!? 娘は病気で動けないのかもしれん。今すぐ助けてくれなきゃ、一人で死んでしまう!」

「落ち着いてください! 大統領の命令で軍が介入しました。ほら、あそこを車列が通っています。まずは資料を書いてください。私が責任を持って上層部へ渡しますから!」


スタッフが駅の外を指差すと、数台の軍用トラックが轟音を立てて走り去っていくのが見えた。

その光景に、集まった人々はいくばくかの安堵を覚えた。


「分かった……頼む、娘を助けてくれ!」


老人はスタッフの腕を強く掴み、最後の藁に縋るように叫んだ。

それを機に、スタッフの一人が拡音器を掲げ、群衆を誘導し始めた。


「中に入りたい方、家族を探している方、今は入り口を開放できません! 混乱を防ぐためです。まずはこちらで資料に記入してください。政府が必ず対応します!」


人々は三列に並び、順に記入を始めた。

列の先頭にいた老人は、すでに娘の居場所を書き終えていた。

彼は群衆を抜け、鉄製の改札越しに遠くの交差点を眺めた。

そこには豪華な五つ星レストランが見える。大理石の柱と高いガラス扉を備えた、気品ある建物だ。

最後の一台の軍用トラックがその角を曲がり、巨大な影に飲み込まれて姿を消した。




**(ダダダダダッ!!)**


激しい銃声が響いた。

一人の兵士が小銃を掲げ、通りの一角に向けて狂ったように弾丸を浴びせている。

やがて、銃身の震えが止まった。

二度、三度と引き金を引くが反応はない。イ・ヒョンプンは弾倉が空になったことに気づいた。


「くそったれ……」


ヒョンプンはゴミ箱を蹴り倒すと、それを飛び越えて路地裏へと逃げ込んだ。


**(パキィッ!)**


背後で何かが割れる鋭い音が響く。

同時に、野獣特有の生臭い臭気が鼻腔を突いた。

振り返るまでもない。「それ」が来たのだ。


**(グルゥゥ……!!)**


背後から響く低い唸り声に、兵士は足を速めた。

狭い路地を抜けると、大通りが広がり、固く扉を閉ざした商店が立ち並んでいた。

右前方には、扉が開け放たれたままの暗いコンビニが見える。

兵士は迷わずそこへ飛び込んだ。

路上に乗り捨てられた車を飛び越え、コンビニの奥へと滑り込む。

棚の影に身を隠し、必死に息を整えた。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


ヒョンプンは片手で口を塞ぎ、荒い呼吸を殺した。震える手で空の弾倉を抜き、胸ポケットから予備の弾倉を装填する。

チャージングハンドルを引くカチャリという音に、ようやくわずかな安心感を覚えた。

スナック菓子の袋の隙間から、路地の入り口を凝視する。


「…………」


誰もいない。

何一つ、動くものはない。

撒いたのか?

それとも、私が出てくるのを待っているのか?


ヒョンプンは銃を握りしめ、通りを慎重に走査した。

だが、どれほど時間が経っても異変は見当たらない。

がらんとした大通り、放置された車、そして――この、極致の静寂。


自分の呼吸音と、銃の部品が擦れる微かな音以外、何も聞こえない。

それが、異常だった。

本来、大都市の中央であれば、ビルの隙間を縫う風が笛のような音を立てるはずだ。

特に、街に数百人の政府関係者しかいない今の状況なら、風の音はより鮮明に響くはず。


だが、どこへ行っても重苦しい沈黙が支配している。

まるで巨大なガラスの鐘で、新手シンシュウ市を丸ごと覆い隠してしまったかのように。

一体どうなっている。

この街で、何が起きているんだ。

イ・ヒョンプンは深く息を吸い込み、例の生臭い臭いがしないことを確認してから、イヤホン型の無線機のボタンを押し、司令部へ呼びかけた。


「こちらビー8。ハニカム、感度あるか。どうぞ」

「…………」

無線機からは何の応答もなく、電子機器特有のノイズすら聞こえてこない。

ヒョンプンは再度、問いかける。

「こちらビー8。隊長、聞こえますか。どうぞ」

「…………」

依然として、静寂が支配している。

これは異常だ。

わずか三時間前、この街に足を踏み入れたばかりの頃は、まだ司令部と円滑に連絡が取れていたはずだ。

隊長の言っていたことは正しかった。この街の特定のエリアには、電子信号を遮斷する何らかの干渉が存在している。

だとしたら、どうやって助けを求めればいい?

俺がここにいることを、誰が知っているというんだ。

そう考えた瞬間、ヒョンプンの精神は崩壊しかけた。

先ほど起きた惨劇が、鮮明に脳裏に蘇る……。



「え? 放射能漏れって、嘘だったんですか?」

ヒョンプンが思わず声を上げると、隣の兵士が慌ててその口を塞いだ。

声が大きい、と目で制する。任務中に大声を出すのは、自分の位置を晒すも同然だからだ。

ヒョンプンは頷き、声を潜めた。

「どうして嘘なんてつくんです?」

「この街で起きていることは、俺たちが考えているよりずっと複雑なんだろうよ。少なくとも、ただの放射能漏れじゃ説明がつかないことが起きてる」

先頭を行く隊長が低く答えた。

路地から顔を出し、周囲の安全を確認してから、後続の隊員に前進の合図を送る。

「住民たちが跡形もなく消えちまった。上層部も解決策が浮かばねえから、とりあえずあの口実で民衆の口を封じてるのさ……少なくとも俺の解釈ではな」

隊長は紙の地図に印をつけながら、ヒョンプンの疑問に答えた。


「つまり……」

「いつもの手口ってことさ!」

隊長の隣にいた二人の同僚が、吐き捨てるように言った。

後ろの兵士たちも一様に頷く。上層部がどんな姑息な手を使うかなど、一兵卒の彼らでも膝で考えれば分かることだった。

だが、悲しいかな、その手口は確かに有効だった。少なくとも、一部の群衆はそれを鵜呑みにする。

愚かな民衆は賢明なリーダーを選べない。それは古今東西変わらぬ真理だ。


「そういう話は身内だけにしておけ。上官の前やネットで言うなよ。変な奴らに揚げ足を取られるからな」

隊長は苦笑いしながら、地図の一角に星印を書き込んだ。

「隊長、今回の任務……GPSも支給されずに、そんな古い地図を使ってるんですか?」

ヒョンプンの視線の先にある地図の隅には「2035年版」という文字が印字されており、彼は絶句した。


「おいおいヒョンプン、昨日のニュースを見なかったのか? 大統領閣下がオーダーメイドの高級スーツを着て発表してただろ。『純国産の次世代戦闘機を開発し、国防のレジリエンスを高める』ってな! 俺たちの装備を新調する金なんて、どこにも残っちゃいないのさ」

隣の兵士がヒョンプンの脇腹を肘で突き、「世間知らずめ」と言いたげな顔をした。

思い出した。この同僚は野党の支持者だ。与党が不祥事を起こせば、皮肉を言う機会を逃さない。

別の兵士も茶化すように続けた。

「全くだ! ネットのスクリーンショットをA4用紙に印刷して渡されなかっただけでも、ありがたいと思わなきゃな!」

「ははは……」

その精緻な皮肉に、全員が思わず吹き出した。

いかにも上層部がやりそうなことだったからだ。

軍隊はいつの時代も汚職の温床だ。前線の兵士に適正な装備が行き渡らなくても、特権階級は高級ホテルの個室で国家の未来を語り合っている。

国軍の戦力が向上したか、兵士の待遇が改善されたか……そんなことは末端の市民が考えることではない。

それよりも、来月の家賃をどう払うかを考えるのが先決だ。


捜索小隊は前進を続けた。

新手シンシュウ駅の臨時司令部を中心に、すでに3.7キロ地点まで進出している。

間もなく、噂に聞く「死の境界線」に到達するはずだ。


「気を引き締めろ! 近いぞ」

隊長が右手を上げ、合図を送る。

雑談は止み、全員が銃を構えて警戒態勢に入った。

この先、何を見ようが、ただ引き金を引くだけだ。

やがて広い十字路に出た。向かいの左側にあるビルが、軍が前線に設けた新拠点であり、今回の任務の中継地点だった。

そこで休息をとり、さらに先へと進む手はずになっている。

隊長は周囲を見回し、異常がないことを確認すると、無線のスイッチを入れた。


「こちらハニカム4。働き蜂は帰還できるか。どうぞ」

すぐに、明快な応答が返ってきた。

『こちらハニカム4。異常なし。働き蜂よ、戻ってこい』

その声を聞き、張り詰めていた一同の肩から力が抜けた。

どうやら幸運なことに、先輩たちが言っていたような「不測の事態」には遭遇しなかったようだ。

「了解。あと三分で到着する」


隊長が無線を終え、警戒を解く合図を送ると、皆が銃を下ろした。

その時、ヒョンプンは奇妙な臭いを感じた。

恋人が飼っているゴールデンレトリバーを、何日も風呂に入れていない時のような生臭い獣臭。

だが何かが違う。パック詰めの生肉を開けた瞬間に鼻を突くような、血なまぐさい臭いだ。


(ドンッ!)


何かが飛んできて、地面を転がり、一同の目の前で止まった。

「何だ!?」

突然の物音に、全員が飛び上がった。

慌てて銃口を向けた先には――空のペットボトルが一つ、転がっていた。

「ふぅ……。どこのどいつだ、ポイ捨てなんてしやがって」

一人の兵士が胸を撫で下ろした。

「よし、何でもない。みんな、移動を……」


隊長が言葉を終える前に、一条の緑色の閃光が彼の目の前を横切った。

(シュッ!)

直後、顔に生温かい液体が飛び散るのを感じた。

目の前が真っ赤に染まり、地面を転がる生首が、一つの事実を告げていた。

たった今、口を開いた兵士は――死んだ。


そして、向かいのビルの影から、「それ」がゆっくりと姿を現した。

それは巨大な「狼の頭」だった。

その眼は燃えるように赤く、鋭い牙が並ぶ口からは、大量の涎が絶え間なく滴り落ちている。もはや飢えを隠そうともしていない。


そして、その口元――。

そこには、**上半身だけになった兵士**が、がっちりと咥えられていた。

その兵士は焦点の合わない目で、まるで下半身を失った苦痛など感じていないかのような、はっきりとした口調で、手にした軍用無線機に向かってこう告げた。


『こちらハニカム4。異常なし。働き蜂よ、戻ってこい』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ