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第14話-勝者の裁き

第14話-勝者の裁き


 ヒュン!

 刹那の間に、タノシは青嵐チンランの目の前へと詰め寄っていた。


「深淵邪法――冥獄終結爪めいごくしゅうけつそう!」


 漆黒の死の力が掌に集い、あらゆるものを切り裂く致命的な魔爪と化す。それが青嵐の心臓目がけて振り下ろされた。

 当たれば即死、免れぬ一撃。

 だが……。


 シュッ!

「!」

(消えた……!?)


 タノシの目に困惑が走る。

 その時、タノシの側頭部に影が差した。それはしなやかでありながら、爆発的な破壊力を秘めた右脚。


 ドォォォン!


 タノシの体が吹き飛ぶ。

 地面に叩きつけられる寸前、背後の白い触手が彼女を繭のように包み込み、数回バウンドして衝撃を完全に殺した。

 タノシは地を蹴り、砲弾のごとき速さで再びあの「泥棒猫」へと肉薄する。

(この女、危険すぎる。今ここで仕留めなければ!)


 しかし、相手も同じことを考えていた。

 再びタノシの前に現れた青嵐が大きく口を開くと、周囲のあらゆる水元素がそこへ凝縮されていく。


「!」

龍息ドラゴンブレス……回避しなきゃ!)


 そう思考したものの、身体が追いつかない。

 タノシは至近距離から超高圧の水流を浴びせられ、地面に釘付けにされた。


「深淵邪法――聖華晶盾せいかしょうじゅん!」


 巨大な氷の盾が突如として現れ、高圧水流を遮断する。

 強力な氷結の力は攻撃を防ぐのみならず、襲いくる水流そのものを凍らせ、氷柱となって逆流するように青嵐へと迫る。

 盾の背後に隠れたタノシが、すぐさま反撃に転じた。


「深淵邪法――翡翠水素弾ひすいすいそだん!」


 巨大な光球が一瞬でバレーボールほどの大きさにまで圧縮される。

 タノシがそれを全力で投じると、光球は雷鳴のような轟音を立てて青嵐へと飛んでいった。

 島一つを滅ぼし、同時に再生させるほどの魔性を持つその光球は、裏切り者への至高の神罰となるはずだった。


 当然、青嵐も黙ってはいなかった。

 彼女は素早く印を組み、天地の霊気を総動員して次なる術を起動する。


かくこうていぼうしん。」


 結印が完了した瞬間、彼女の前に七つの輝く星が現れた。

 東方蒼龍七宿。その光が互いに結ばれ、天を昇る龍のごとき星図を描き出す。

 それは最強の盾であり、同時にあらゆる防壁を貫く槍でもあった。


「四象仙道――七星剣しちせいけん!」


 星光で構成された七振りの刃が天より降り注ぎ、タノシを強襲する。

 しかし、それこそがタノシの狙い通りだった。


「翡翠水素弾――終末の星群ラスト・メテオ!」


 タノシが両手を合わせると、翡翠色の光球が数百の発の小型弾へと分裂した。

 流星雨のように、青嵐の位置へ向かって飽和攻撃が仕掛けられる。

 空中で双方の攻勢が激突し、連続的な大爆発が巻き起こった。


 ――ドォォン! ドォォン! ドォォン!


「……」


 盾の後ろで、タノシは冷静だった。彼女は地べたに座り込み、現状の情報を整理し始める。

 神へと突破した青嵐の実力は、まだ自分には及ばない。天賦の才も突破の時期も、自分の方が上だ。

 戦い続ければ、勝つのは自分だ……魔力が持てば、の話だが。


 不運なことに、今の自分はこの惑星に排斥されており、外部から魔力を補充できない。

 対して青嵐は、おそらく世界の意志に認められた。彼女が「二代目青龍」として推戴されれば、勝機はなくなる。

 これは実力ではなく、補給線の問題だ。


 この島は、惑星最大の海の中央にある。

 たとえ陸地の上であっても、周囲の海域から供給される無尽蔵の水気と純粋な魔力が、絶え間なく彼女を回復させている。

 青龍の末裔である彼女にとって、ここは絶対的な地の利がある聖域なのだ。


(どうする……。あと五、六時間は戦えるけれど、泥沼化させるべきか? それとも最大火力で一気に押しつぶすべきか?)


 奥の手はあるが、青嵐に使うのは惜しい。

 空中から爆撃を続ける龍姫を見上げ、タノシは思考を巡らせる。

 その時、タノシはある「もの」に気づいた。


(嘘でしょう……信じられない……!)

 もしそうなら、彼女が気づく前に「一撃必殺」を見舞うことができる。


 一方、爆撃を続けていた青嵐も、下の異変に気づいた。

 タノシが作戦を変えたのだ。彼女は盾を構えたまま、一直線にこちらへ突っ込んでくる。


「!」

(背水の陣というわけね……無駄よ!)


 青嵐は出し惜しみをやめ、全エネルギーを眼前の術式に注ぎ込んだ。

 最強の盾と剣で、タノシをこの場で消し去るつもりだ。


 タノシもまた、同じ覚悟だった。

 盾に魔力を注ぎ込み、七星剣の猛攻を無理やり耐え忍びながら、星図の結界へと激突した。


 パリィィィン!


 青嵐が驚愕する中、互いの盾が衝突し、粉々に砕け散った。

 そして、目の前にタノシが姿を現した。

 吐息が触れ合うほどの至近距離。


「眷属契約――魔力束縛マナ・バインド!」

「!」


 タノシの背後から触手が射出され、網のように青嵐の四肢を絡めとった。

 だが青嵐をさらに驚かせたのは、体内の魔力の流れが完全に停止したことだ。

 その異変の源は、手甲に刻まれたクトゥルフの紋章――二人がかつて交わした眷属契約「水神印」だった。


「力に溺れて、こんな単純なことにも気づかないなんて。……すべて終わりよ!」


 タノシの左手が青嵐の左胸を鋭く貫いた。


「がはっ……!」

 青嵐の口から大量の鮮血が溢れ出し、彼女は信じられないという表情で固まった。


「宣告する! 眷属・青嵐の地位を剥奪し、奴隷へと落とす。」

「主を裏切るは不忠。我が夫を奪わんとするは不義。ゆえに、我は裁きを下す!」


「一つ。汝はこの国の周辺海域にて服役し、青龍の血脈を以て海の魔力をこの島へ還元せよ。また、敵対する侵入者を排除せよ。期間は五百年とする!」

「二つ。汝と我が夫が交わした私的な誓いはすべて無効とする。我が許しなくして、終生夫の前に姿を現すことは許さぬ。」

「三つ……」


 タノシは三つ目の条件を、青嵐の耳元で囁いた。

 下された審判を聞き、抗う術を失った青嵐は、ただ静かに目を閉じた。


「……ええ」


---


 二人はホテルの廃墟へと戻り、瓦礫の中から湯評タンピンの体を見つけ出した。

 彼は生きていたが、深い昏睡に陥っていた。

 青嵐が左手を振ると、清らかな水流が蛇のように現れ、二人を包み込んで汚れを洗い流した。


 青嵐はタノシの目の前で、湯評に深く口づけをした。

 タノシは何も言わずにそれを見ていた。


「私を忘れないでね、あなた」

 青嵐はまるで一番の宝物を抱くように、湯評を抱きしめた。


「服を整えたら、行きなさい」

 タノシが新たな命令を下す。


「はい、我が主よ……」

 青嵐は男をそっと横たえ、ゆっくりと立ち上がった。

 彼女が手をかざすと、淡い緑色の優雅な宮廷衣装がその身を包んだ。

 青嵐は海の方へと歩き出す。その時――。


「あなた……本当はあの契約、振りほどけたでしょう?」

「……」


 タノシが背中に向かって問いかけるが、龍姫は答えない。


「あなたは青龍の末裔。四神を失ったこの世界にとって、あなたの出現は福音そのもの。世界の意志はあなたを排斥するどころか、味方に引き込もうと莫大な力を与えたはずよ。」

「……」

「その力を得た時点で、あなたの本質は変質した。コーヒーの瓶にミルクを注いだようにね。契約の術式はもう、あなたを同一人物とは認識できなかったはず。その気になれば、一秒もかからずに契約を破り、私の一撃を防げたはずなのに……。」


「……ただの不注意よ。自分の魔力が止まるなんて、誰が予想できるかしら。それだけのことよ。」


 青嵐はタノシの言葉を遮った。

(それ以上、言わないで……)


「負けは負け。言い訳をするなんて、無様でしょう?」


 そう言い残すと、青嵐は二度と振り返ることなく去っていった。

 彼女がどんな表情をしていたのか、何を想っていたのか、知る者は誰もいない。

 広大な天地の中、彼女はたった一人で旅路に就く。

(五百年、か……)

(本当に、長くなりそうね……)

 青嵐が見上げた夜空には、満天の星が瞬いていた。


---


 タノシもまた、自分の感情をどう整理すべきか測りかねていた。

 共に地獄のような「白砂の海」で育った二人だ。「勝者がすべてを得、敗者はすべてを失う」という鉄則を、青嵐が知らないはずがない。

 それでも、彼女はあの選択をした。


 勝敗よりも、愛を勝ち取ることよりも大切なものを、彼女は見つけたのだろうか?

 この過酷な異世界で、それ以上に価値のあるものなどあるのだろうか。

 答えは、タノシにも分かっていた。自分も同じように大切なものを持っているからだ。

 けれど……この胸に燻る不甲斐なさは何だろうか。


「果肉は手に入れて、種(核心)は逃したというわけね……。ふん、狡猾な女だわ」


 あちらが「善神」で、こちらが「邪神」だというのに、向こうの方がよほど策士ではないか。滑稽な世界だ。

 まあいい、精々得意げにしていなさい。

 どのみち私の負けではない。あなたの男は、今私の手の中にあるのだから。


「タ……様……青嵐を……殺さないで……」

 泥のように眠りながらも、なお青嵐を救おうとうなされる湯評を見て、タノシの口角が吊り上がった。


「浮気な男ね……。後でたっぷりお仕置きしてあげるわ。」


 さて……「間違い」を正すとしましょうか。

 タノシは湯評の顔を、壊れやすい陶器を扱うように優しく包み込んだ。

 彼女はゆっくりと口を開く。そこにあるのは人間の歯ではない。深淵そのものだ。


 ――ガリッ!


 硬質な音が響くと同時に、湯評の体がびくりと硬直した。

 やがて彼の四肢から力が抜け、糸の切れた人形のように横たわる。

 ただ、震えるような、満たされた溜息だけが耳元に響いていた。


---


 最後に、タノシはホテルの廃墟のある場所へと向かった。

 指を鳴らすと、地面の瓦礫が左右に割れ、白い大理石の板が姿を現した。そこには多くの触手を持つ怪物の姿が刻まれている。

 タノシが手をかざして神力を注ぎ込むと、石板が割れ、地下へと続く扉が開いた。


 タノシが一歩踏み出すと、重心がふらつき、危うく倒れそうになった。

「やはり、少し消耗しすぎたかしら……」


 早くこれを終わらせて、魔力を補充しなくては。

 タノシは深呼吸をし、壁を伝いながらゆっくりと階段を下りていった。

 長い廊下を抜け、たどり着いた広い部屋の中央には、三つの巨大な黒い金属の塊が鎮座していた。


 タノシは中央の金属塊に右手を添える。ひんやりとした感触が掌に伝わる。


「目覚めなさい」


 神力が注がれると、金属塊は淡い白光を放ち始めた。

 漆黒の表面に回路のような紋様が浮かび上がり、光は徐々に紫へと変質していく。

 成功だ。


「今日から、あなたがこの惑星における私の二人目の下僕よ。我が自ら名を授けましょう。忠誠を以て我が呼びかけに応えなさい。――スーパーコンピューター・モニカ!」



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