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第39話 第三品川

 クラウンの車内から見える東京湾沿いは、秀にとっては初見の風景だった。埋立地の拡張が進むこの時代は、使用される重機にGDMやGPMが混在している点が特徴だろう。

 八メートル級の重機が前後を行き来するその奥では、腐れかかった木の棒が何本も海辺に植えられていた。


「防波柵ですよ」

「へぇ……」

「知らないですか。第三品川や第四台場には来たことは?」

「いや……無いです」

「まだ波が高いですから。もう劣化が酷くて機能しているかあやふやなのですが、必要だからと放置しています」


 ガス管や石油管が複雑に絡む資源場の奥では、GDM用トレーラーが何台も連なって駐車場で待機している。


「海上用工具転換ですかね」

「どうだか。基盤工事は粗方終わったと聞いたが」

「それが外国人労働者の夜逃げがあったとかで、また延期らしいです」

「また?。懲りないね先月も話していたのに」

「侃侃諤諤だそうで」

「他人事に思えるように頑張らなくては、か」

「お願いしますよ」


 ラーマは運転席側のドアのスイッチを押し、後部座席の窓を開いた。香草煙草の水蒸気が排出される代わりに、生暖かい海洋性風が、車内に怒涛の勢いで流れ込む。


「っ、すご」

「慣れておく事です。埋立地付近では、夏と冬は突風が常に吹くのですが……分かったから閉めてちょうだいラーマ」


 文句を言いながら煙草をしまう千恵は、乱れた髪を直しながらも、手元のドアをタップした。


「おお……」

「これも初見ですか。家の車には、デバイスカーリンクは無いのですか?」

「聞いたことはありましたけど……」

「何処かの誰かが風を入れても、両手で資料を押さえなくて済むようになりました。時代は変わったものです」


 手渡されたデバイスには、図面が表示されている。


「貴方の働き口について。警視庁次世代機械対策本部・機動一課所属臨時行動隊の()()基地の詳細です」

「暫定?」

「正式に稼働していないのですよ」

「え、何でですか」

「詳細は長くなるのですが。端的に言えば予算と時間の都合で。今は総務課の手続きを待っている状況なんです」

「大変ですね……」

「要らぬ負担はかけさせません。ただでさえ重たい荷物を抱えてしまいましたから」


 千恵のチクリとした物言いに、秀は睨みを返した。少し眉を動かした彼女は、年上の部下の目力など気にもせず、見慣れた海岸線に視線を移す。


「そろそろ着きます。用意を」

「は、はい」



「暫定という立場ではありますが、基地に関しては並の隊より上だと自負してもいます。工場で勤務された貴方なら、過ごすには問題ない筈です」


 照りつける残暑の日差しを受け、コンクリートの地面はそれなりの温度を保っていた。広大というよりもだだっ広い敷地内にはいくつかの倉庫が立ち並び、トレーラーやフォークリフトが縦横無尽に移動している。

 先導する千恵や真智子達に敬礼をする作業員達は、一人だけ場違いである秀を見て、驚きの顔つきになった。


「皆貴方の事は知っていますが。情報だけならああもなりますよ。四十路を迎えた新人パイロットは珍しい」

「はい……」

「ラーマとジュニアの所属する、第四整備班や連なる備品管理班の面々です。後で挨拶周りを」

「ありがとう、ございます……」

「簡単な自己紹介でも考えておくと楽です。そうですね、ベタに好きな食べ物か映画でいいのではないでしょうか」


 千恵の提案に中途半端な頷きを返した秀は、鼻をつく独特の匂いに顔を顰める。真智子からGDM整備に使用される合成油の匂いと説明されても、やはりそうそう慣れる匂いではなかったが。


「ここが宿舎です。ラーマ、ジュニア」

「はい」

「あいさ!」

「私達はひと足先にシュミレーションルームに居る。用意できたら案内お願い」

「少し休ませても構わんですかね」

「任せるわ。時間はどうにでもなる」

「何なら欲しいぐらいだね。警備部から回されたファーストセット、終わらせたいんだ。班員達はアタシが指示しておくよ」

「任してください!」

「ではお願いします」


 案内された宿舎は基地内の東側に位置した、典型的な公舎の造りである。暮らしに特化した、単調とも言える最低限度のデザインである建物は、しかし秀の馴染み深いアパートと似通っていた。

 三階の隅、無記名のネームプレートが示す部屋が彼の拠点である。


(うっわ、牢屋じゃん)


 外観と同じく、デザインのへったくれもない内装である。玄関と居間を繋ぐ四メートルも無い廊下の横に水回り一式が備えられ、居間は秀も数回しか使用した事のない畳張り一室のみだ。

 一人用の座卓とモニター用の横棚が用意された以外、室内には何一つ無い。秀が持って来た生活雑貨をおいても、ワンルームはまだ余裕があった。


「狭いけど、慣れたら意外といいものですよ。僕達からしたら、その床だけで結構日本を感じられる、という面もあります」

「冷蔵庫、洗濯機にエアコンオーブンレンジ。なきゃ困る家電は入っているから、必要になったら自分で買うのがいいぜ」

「はい」

「さて、兄貴。俺はちょっと持ってくるよ」

「……ああ。秀さんには冷えたやつを頼む。俺はいつものでいい」

「ああ言っておいてなんだがよ。腹入れても平気か?」

「ここまでお疲れだ。固体ではないから、始末もましだろう。お出ししろ」

「兄貴が言うなら、大丈夫だな。さっさと用意しますかね」

「やる気なのか?」

「へっ。整備士が乗りこなして、悪いかい」

「後始末をする気はない」

「釣れないねぇ」




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