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第37話 決断の余波

「秀、本気なのか」

「本気だよ」

「考え直せ。こんな下らない戯れ事、俺は賛成できないぞ」


 玄関口で、父子は終わらぬ討論をしていた。しかしそれは必要な過程である。

 

「お、俺は本気だ」

「秀。頭を冷やせ。いいか、お前はただの派遣だろうが」

「違う」

「違わない。お前は()()()なんだよ。ただの、工場で働く、ただの派遣なんだ」

「もう違う!」

「自惚れるな」


 頬を叩かれた秀は、赤くなる皮膚を抑える。口元で手を固める母親を置き去りにして、父親は尚も手を振り上げた。


「お前は、普通の、どこにでもいる労働者だ」

「……それでも、もう違う」


 反対側を叩かれた秀は、父親に詰め寄る。


「自惚れでも、人を助けられるかもしれないだろ」

「秀」

「このまま、黙って。と、父さんみたく歯車しろってか。俺は嫌だ」

「……GDMに乗らなきゃいけなくても、わざわざそんな事をする必要はないと、刑事の方達も言っているだろう」

「出来るのに、指咥えて見ているのは嫌だ!」


 秀の目には涙が浮かんでいた。ひりつく頬の痛みは、かつて経験のないものだ。


「自惚れで一人でも救えるなら、それでいいだろ」

「っ、の糞馬鹿が……」

「お待ち下さい」


 いつの間にか父親の手首を掴んだ千恵は、強制的に下げさせる。一連の素早い行動が、彼女の技量と風格を際立たせていた。


「……お恥ずかしい話ですが、我々としてはご子息の提案を採用する事は、望ましい状況ではあります」

「貴女、正気ですか。この子は特別な才能などありません。ただの平凡な人間です。これまで責任のある立場に立ったこともないのですよ」

「しかしご存じの通りでしょうが、一昨年実施された警察法の採用基準は変化への対応を目的としています。例えば今回のような、特定の条件下での警察任務への従事を可能としてしまう、など」

「そ、そそんな……」

「いやまぁ、これは本当なんですな。ご存じ無かったですかな」

「いえ、ニュースで見はしましたが……」

「何を言い負かされてるんだ。しっかりしろ!!」

「その、ご両親も身に沁みて理解したと思いますがな。次世代機械対策本部のGDMも、対応できる限界が来ておるのです。今までは何とか個々の技量で誤魔化してきましたが、今回の事件のように、最早猶予は無くなったのですな」

「なんて……こ、この子に、全てを任せるつもりですか……」

「無論そのつもりはありません。あくまでも予備部隊として、です。現場への出動は可能な限り抑制させます」

「俺、はやります」


 秀の再度の言葉に、今度は母親が噛みついた。


「ね、ねぇ?本気なの」

「本気だよ。俺はやる」

「そ、そんな危険な真似、今までした事ないじゃない。どうして今頃になって……その、お父さんにまで……」

「知ってるよ。そんな性格じゃないさ」

「なら辞めなさい」

「じゃあ、俺は何になる?このままの俺は、何になるんだ」


 秀の口は止まらない。何故かは、本人すら分からなかった。一人でに動く口は、己の身体とは思えない。


「父さんの後を追って何となく工場で正社員に就けばいいのか?なれる訳ないのに」

現在(いま)でも製造業は人手不足だ。正社員なら成りようは幾らでもある。父さんの周りにも、正社員雇用された人は一杯いるぞ」

「その人達と同じぐらい、息子が優秀だとか言うなよ。俺だってそこまで馬鹿じゃない」

「何を……世間知らずが!!調子に乗った振る舞いをするな。恥ずかしい」

()()やりたいんだ。自惚れだろうけど、これは絶対言い切れる」


 秀の言葉に、父親が近くにあった花瓶を投げ飛ばした。破片とゴミへと変わるカーネーションと水と花瓶がある。


「知らん」

「お父さん」

「顔を見たくない。もういい、勝手にしろ」

「お父さん、やめて」

「GDMに乗りたいだ何だ言って引きこもって、それで今度はヒーロー気取りか。付き合えない」

「お父さん」


 自室へと姿を消す父親を追って、母親も室奥へと駆けていった。



「俺はやります」

「あれだけ言われても、ですか」

「やります」


 仮説アパート前の路地で、秀は千恵と川上に宣言した。頭を掻く川上が促して、千恵が一歩前に出る。


「模擬戦で十分、バイオチップはコントロールできると報告されています。貴方が働く意味はない」

「でも、プロメテオは必要なのでしょう。俺に言わせるつもりで、最初から来ていた」

「ほう」

「やらせてください。せめて人の役に立てる仕事がしたいです。俺の意思で」

「ーーそうです。私達は貴方をスカウトに来た」

「松島君」

「一つ家庭を壊しておいて、今更隠す道理はないでしょう」

「建前は大事だろうよな」

「告白も大事です」


 千恵は懐から、一枚の紙切れを取り出した。それは骨董品と化した、名刺と呼ばれる仕事用品である。


「明日、ここでお待ちしましょう」

「分かりました」

「貴重品を纏めて下さい。簡単な生活雑貨は、こちらで用意できます」

「はい」

「私が言う権利は皆目ない事を承知で、申し上げます。親御さんとは話をつけて下さい」

「ああ、まぁそうですね」

「どう転んでも、会える機会は減ってしまいますから」

「ありがとう、ございます」

「卑怯な真似をした事、ここにお詫びします」

「いえ、逆に決心がついたと思いました」

「仮初でも安心するものですね」

「正直ですね……」

「失礼、悪い癖で。そうだ、お伝えしたい事がもう一つありました」


 立ち去ろうとした千恵が、背中越しに秀と目を合わせた。


「職業に貴賤はありません。身分が違かろうが、何らかの社会の一員という、確かな立ち位置はあるのですよ」

「?はぁ……」

「ご家族の価値観に、貴方も知らず知らずのうちに縛られてはいないかと、思いまして」

「はぁ……」

「家族といえど、突き詰めれば他人です。貴方自身の価値観を見つける事を、お勧めします」




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