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第19話 襲い掛かる恐怖

「ああ……」


 秀の腰から、力が抜けた。腰が抜けるとは、こう言う事を指すのである。剥き出しになった外壁から見えるのは、騒然となった施設の跡地だった。

 GDMの試運転用に広々と確保された敷地内なのに、火の手が上がっていない場所を探す方が困難だ。ガラス張りの研究棟は破片の海と化し、カンファレンスルーム等が収納された複合施設も、秀の目の前でGDMのロケットランチャーの餌食となる。


「終わった……」


 黒鋼色の筒を構えるGDM(T-89)について、知識などある筈が無かった。しかし秀とて、彼等が善意で現状の行為を遂行していると考えるほど、間抜けではない。

 いつ殺戮の牙が己に向くか、その点だけが知りたかった。深い絶望が全身を支配し、生存を諦めているからこそ、せめてその時への備えをしたくなっている。


「へぁ……」


 間抜けな声を漏らし、失禁をしようとも、貶す輩も揶揄う同僚もいなかった。唸る警告音があちこちから聞こえてくる。瓦礫のフレーム内で、攻撃してきたGDMが仰向けに倒れていった。


「も、ぁ……」


 秀の知る事ではないが、倒れ込むT-89を相手にしているのは、自衛隊配備機・T-G15Sである。正確にはSAT(警視庁特殊部隊)が使用する専用機体で、対テロ装備としてGDM用H&KMP5を装備し、容赦なくコクピットを蜂の巣にした訳であったのだ。

 この一撃が契機となったのか、T-89の攻撃対象はT-G15Sに向けられた。大型化したロケットランチャーとサブマシンガンが互いに火を吹く。人の両腕で抱えられるほどの薬莢が、次々と舞っていった。

 両者の撃ち合いは一瞬で終わりはするが、双方真正面に黒炭の穴を大量に化粧し、そのまま沈黙してしまっている。


「ああ、ああああ……!!」


 爆発と爆風と薬莢が余波となって、秀を襲った。飲み込めやしない状況になす術もない彼は、狙いを失った高爆弾頭がビルの柱を破壊した事で、崩れゆく床に巻き込まれる。

 音を立てて不安定になる足場と裏腹に、身体は軽々と宙に浮いた。コンクリートの破片の雨に打たれつつも下の地面に叩きつけられる秀は、もう死を覚悟するしかない。



 覚えているのは、背中への強烈な衝撃と口内で味わされた独特の苦味だ。遠のいていた意識が正常に戻りつつある間、秀は身体を覆うコンクリートの砂地を振り払う。


(い、いきてる……)


 強運か悪運か。とかく命を閉ざす結末から逃れた彼は、周りの状況を確認する為に、痛む身体に鞭打って上半身だけでも起こしてみた。


「あ……」



 燃え盛る炎によってまだ太陽が昇っているにも関わらず、辺りは夕暮れに沈んだようだ。頬をひりつかせる熱源は、眼前で燃える紙媒体によって生み出され、微かな火傷を作る火花は、剥き出しとなった電線が放っている。

 人一人居ない場所で力無く立ち上がった秀は、自分の為すべき事など考えもつかず、その場で立ち尽くしてしまった。


(何でこんなことに……)


 どれだけ時間を無駄にしただろう。瓦礫の山のオブジェと化していた彼が動く羽目になるのは、騒乱の渦が再び彼を巻き込まんとしてきたからだ。

 T-89とT-G15Sの衝突は秀のいるB棟から離れ、A棟と施設内出入り口付近で活発化していた。それはテロリスト達の優位故だが、次第に自衛隊とSATによる反撃が有効化し、選局は退避の為に再度逆戻りしたのだ。


(おれ……あ……)


 海上への逃避ルート確保を目的として、T-G15が三機、B棟付近に移動する。手持ちのロケットランチャーの弾頭が尽きたのか、腰部に装着したグレネードを投下した。

 殺戮用に威力を調整された爆弾は、戦火の海を継続させる。これまでよりも至近距離で炸裂した爆弾の爆風は、秀の生存本能を刺激するには十分な悪意を秘めていた。


「う、あァァァ……?!」


 思考の過程は無い。恐怖で力が入らない手脚を懸命に振り回し、彼はひたすら騒動の震源地から真反対に逃げる選択肢をとった。

 彼が逃げていく方向は内陸部になる訳だが、破壊の牙は伸びている。火の手を掻い潜って逃げ惑うと、目線の先にコンテナが現れた。


「……ぅあ」


 中身など伺う術が無い。しかし前世よりの知識でコンテナの頑強さは知っていた。周囲の建物はほぼ半壊以上であるから、騒乱の中でも無傷のそれに頼るのは、彼に出来る精一杯の選択肢だった。

 秀は駆け寄ったコンテナの外壁を叩いて回る。何処かに人が入るスペースがあると、心から縋って探した。


(なにかあれなにか、なにか!)


 半周ほどしただろうか、外壁の一部分にガラスケースで保護されたボタン式パネルを発見する。本来ならば暗証番号を入力する必要があるのだろう、八桁の入力画面が映されていた。

 しかし緊急事態だからか、エンターキーのボタンが青く光っている。迷わず押した秀は、何処かで歯車の回転音と番が外れる音を、爆炎と硝煙と騒音の中で確かに聞いた。




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