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灰色の勤務

「よお八代。元気ないな」


 いつもの口調だ。秀は腰掛けている椅子の脚を後ろから蹴ってくる、有田光一に内心呆れ返る。


「……おはようございます……」

「元気ないな、え?シケた面してると、怪我すんぞ」

「はぁ……」


 曖昧な返事を聞いているのか、それは秀には分からなかった。光一が踵を返していつものメンバーと談笑を始めた様子を尻目に、秀は一人ロッカーから灰色の制服を取り出す。


 彼が務める工場は、雑貨製造を担っていた。雑貨とは言うものの、関東圏と関西圏で名を馳せる、秀ですら名前を知る遊園地で販売されるグッズだ。


「聞いたかよ、また新商品だ」

「そりゃまだいいぜ。クレーム来たらしいぞ」

「マジか?何処だよ」

「Cブロック。ほら、先週だか先々週だかに大量に仕込んだ奴だよ」

「訳の分からねぇあれか?何だポップコーンだか何だかわかんねー奴」

「あれのシール位置ズレてたんだと」

「冗談じゃねぇ〜。シールの貼り位置でガタガタ言われたら無理だっつーの」


 名前も覚束ない同僚の愚痴は、聞いていて愉快ではない。だが彼等が愚痴を溢す理由も、嫌というほど理解できた。

 有名遊園地で販売されるグッズは、より外見の整えに気を配られている。蓋の閉める場所からシールの張り位置、トレーに載せる向きまで細かく指定されるのだ。

 それら全てが手作業で行われ、都度現場の要望に応じて対処する。手間のかかる事この上ないが、GDMが導入されるほどの技術革新をもってしても、秀の時代と何ら代わりはなかった。


(希望がないよなぁ、ほんと)


 ロボアームの導入・運用コストよりも、人力の方が安価であるそうだ。派遣労働者として業務に携わる転生者としては、憂鬱とした感情を抱かざるをえない。


『チョウレイカイシジュウゴフンマエ』

「はぁー」

「あいあい」

「っしょ」


 AIの促しに、重い腰を上げた同僚達が工場内に出向いた。その後を追う秀は、前世と何ら変わらない周囲に、ほとほと失望する。



 業務の内容など、語るに値しなかった。上手くもないシール貼りとパレット移動を終えた秀は、同僚達に形だけの挨拶を済ませて、一人帰路につく。


「っけ……」


 帰りにコンビニでも寄ろうかと思ったが、店の方は秀を歓迎しなかった。彼の記憶にある相場から二倍から三倍に当たる値を示す電子値札は、排除信号にも思える蛍光色を放つ。

 画一的なデザインのパッケージに描かれた美味の数々を、彼は眺めて終わった。


(はぁ……)


 徒労感を抱えて帰宅すると、もう家は寝静まっている。一足先に就寝している両親を起こさないよう、秀は脚を忍ばせて自室に戻った。


「け」


 冷蔵庫を開けても変わり映えがしない。画一的デザインで統一された冷凍食品は、確かに栄養バランスの整った一品だ。味も良いし、問題はない。


「……っす」


 おざなりな挨拶を済ませ、手早くプレートを片付けた。たっぷりとかけた辣油の効いた麻婆豆腐と白米、中華スープに水餃子に胡麻団子。ボリュームのあるそれらを機械的に腹に納めていけば、かなりの満足感がある。


「……た」


 プレートは専用のゴミ箱に捨てれば良かった。洗い物もないから、負担は無いに等しい。

 それでもプレート自体は自分達で処分しなくてはならないから、若年層の中では不満を感じる人も一定数いるそうだ。そんな趣旨のニュースを見た父親が呆れて怒り散らしていたが、秀とて同じである。世代間思想の違いといえど、受け入れ難かった。



こじんまりとした部屋に入ると、ナイトライトが点灯する。手の届く範囲内が見える程度の視界は、何となく彼の混迷とした先行きや意識の在り方と、関係がある気もしてきた。


「……はぁ……」


その先は考えない。蓄積した疲労が睡魔を誘い、意識を暗黒へと誘う。

 今日は二度寝する事なく寝切りたい、彼の一日最後の思考であった。



第13話の閲覧ありがとうございました。

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