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廻る家族とひな人形

作者: ウォーカー

 貧しい家の女の子だった。

家屋だけは先祖代々から受け継いだものがあるのだけれど、

とかく他のものは乏しく、お金に縁のない貧しい家だった。

二月も下旬。もうすぐ春、三月三日のひな祭りが迫っていた。


 その幼い女の子の家には、立派なひな人形がある。

あるいは、あったと言うべきか。

そのひな人形は、段飾りなどのお飾りの類は一式揃っているのに、

肝心の人形が一つもなかった。

家と同じくそのひな人形も古くから家に伝わるものなのだが、

人形はいつの間にか紛失しまっていたようだった。

新しくひな人形を買い揃えるようなお金はもちろんない。

もうすぐひな祭りなのに、ひな人形が揃うあてはなく、

今年も満足なひな祭りはできそうもない。

そのことを、女の子の両親は気に病んでいた。


 すると、ある日。

その幼い女の子は、ふらりと一人で外に遊びに出かけると、

何やら人形を手にして家へと帰ってきた。

その手に握られていたのは、古めかしいひな人形の士丁しちょう

数あるひな人形の一式の中の一つのようだった。

子供が外から物を持って帰ってくるのは、ただごとではない。

すぐに母親はその女の子に問いただした。

「その人形、どこから持ってきたの?

 お金はどうしたの?」

しかし女の子は幼く、事の重大さがわからず、

あどけない表情で受け答えするのだった。

「あのね、おじいちゃんとおばあちゃんに貰ったの。」

「どこの?

 うちのおじいちゃんとおばあちゃんは、とっくに亡くなってるでしょう?」

「知らない人。」

「知らない人からものをもらったら駄目だって、いつも言ってるでしょう。」

母親は慌てて家の外へと駆け出した。

幼い子供とはいえ、他人から無制限に金品を受け取るわけにはいかない。

すぐにお返ししなければ。

しかし、家の外にはそれらしき人は見当たらない。

「誰もいないじゃない。

 そのおじいさんとおばあさんとは、どこで会ったの?」

「おうちの前だよ。

 でもすぐに行かなきゃって言ってた。」

幼い女の子に事情を聞いても要領を得ない。

やがて父親が仕事から帰宅してくる頃になったが、

やはりひな人形の持ち主は見当たらなかった。

貰ったひな人形を嬉しそうに眺めている女の子の傍で、

父親と母親は難しい顔をしていた。

「あのひな人形、立派で高価そうだよ。

 いくら子供とはいえ、タダで貰っていいものか。」

「そうなのよねぇ。

 でも、くれた人が見当たらなくって。」

「高価な人形を買うようなお金はうちには無いし、

 返さないといけないかもね。」

結局、その日はどうすることもできず。

その女の子と両親の三人はいつも通りに床についた。


 次の日、両親は仰天することになる。

幼い女の子が、またも外からひな人形を持ち帰ったから。

今度もひな人形の士丁の一人のようだった。

「知らない人からものを貰っちゃ駄目って言ったでしょう!」

「うん。でもね、おじいちゃんとおばあちゃんは、わたしのこと知ってるって。

 だから、知らない人じゃないんだって。」

幼い娘の話はやはり要領を得ない。

またしても母親は家の外を見回ったが、それらしい相手は見つからなかった。

仕事から帰宅した父親とまた困り顔を突き合わせることになった。

それだけで話は終わらない。

次の日も、そのまた次の日も、女の子はどこからかひな人形を持ち帰ってきた。

士丁しちょう随身ずいしん五人囃子ごにんばやし官女かんじょ

女の子が毎日人形を持ち帰る度に、ひな人形が揃っていく。

「おひなさま♪おひなさま♪」

欠けていたひな人形が揃う毎に、女の子は嬉しそうにしていた。

しかしお冠なのは女の子の両親。

「もう一人でお外に出ちゃいけません!」

そうして女の子は一人で外出しないよう、母親にきつく言われてしまった。

言われてはしまったのだけれど、子供の好奇心と行動力にはかなわない。

結局は母親の目を盗んで、またしても女の子は人形を持ち帰ってきたのだった。

それは立派な女雛めびなのひな人形だった。

これで残るひな人形は男雛おびなの一つだけ。

こうなってはもう仕方がない。

明日は娘に付き添って、件のおじいさんとおばあさんに会いに行こう。

そう観念して、両親は女の子と眠ったのだった。



 目を覚ますと、その女は床に伏せる両親の前にいた。

かつて幼い女の子だった自分は、今は成長して人の親ほどの年齢になっていた。

生憎と良縁には恵まれず、子供どころか恋人もいないのだけれど。

目の前には、衰弱した両親が床に伏している。

不幸にも両親は揃って体が衰弱し、臨終間際の状態だった。

「死ぬ時は家で死にたい。代々伝わるあの我が家で。」

そんな両親の我儘わがままを聞いて、

その女は今、自宅で両親の臨終を看取ろうとしていた。

両親がどんな事情で衰弱しているのかはわからない。

その女の家は相変わらず金に縁がなく、ろくな医者にもかかっていないから。

でも、両親が揃って臨終間近なのは、素人目にも明らかだった。

声を出すのもやっとな状態の両親が、何やら小声で話している。

その女は布団に寄って耳を近付けた。

「娘や、いつぞやのおひな様はどうだった?」

「いつぞやって、わたしがひな人形を貰ってきた時の話?」

まさか、臨終間近の両親に、今見ていた夢の話をされるとは、

その女は一瞬、耳を疑った。

しかし、あの出来事は、

その女にも両親にも思い出深い出来事だったので、

そのせいだろうと、その女は納得して、それから首を横に振って答えた。

「あの時は、結局、ひな人形は揃わなかったんだよね。

 士丁、随身、五人囃子、官女、女雛までは揃ったんだけど、

 その後で、おじいさんとおばあさんに出会わなくなっちゃって。

 でも、足りないひな人形でも、

 お父さんとお母さんと家族一緒のひな祭りは楽しかったよ。」

その女の言う通り、幼い女の子のひな人形は、全部は揃わなかった。

どんな都合だったのか、おじいさんとおばあさんは姿を現さなくなって、

ひな人形の最後の一つである男雛は手に入らなかったのだった。

そんな思い出話を聞いて、

その女の両親は、ゆっくりと枕の上で顔を横に向けて、

お互いに微笑み合って口を薄く開いた。

「ひな人形、まだ揃ってなかったんですって。」

「そうか。私たち、まだこの世を離れるわけにはいかないようだな。」

「でも、次で最後かしらね。上手くいくかしら・・・」

「きっと私たち家族なら大丈夫さ。

 娘よ、もう少しだけ待っていてくれよ・・・」

次、とはどういう意味なのか?

その女の疑問に、両親はもう答えてはくれなかった。

「お父さん?お母さん!」

その女が名前を呼んでも、手を握っても、両親はもう答えない。

両親は安らかに臨終を迎えていた。

両親を同時に失って、その女は深く悲しみ、大粒の涙を流した。

大粒の涙で顔を濡らし、臨終した両親の横で、

泣き疲れたのか意識を失ってしまった。



 両親を一度に失って、その女は深く悲しんでいた。

悲しくて涙が止まらないのは、幼い女の子だった。

幼い女の子が、えーんえーんと涙を流していると、背後から声が聞こえる。

「どうしたんだい?」

「どうしてそんなに泣いているの?」

幼い女の子が振り返ると、そこには知らないおじいさんとおばあさんがいた。

いや、亡くなったばかりの両親だったか。

幼い女の子には理解が追いつかない。

とにかく、おじいさんとおばあさんはやさしくて、

その幼い女の子は泣いている理由を話すのだった。

「あのね、おうちにおひな様のお人形がないの。

 だから、うちはおひな様のお祭りができないの。」

涙ながらに話すその幼い女の子に、

おじいさんとおばあさんは、やさしい笑顔とともに、

そっと人形を差し出した。

「それはかわいそうにねぇ。

 足りないのは男雛だったよね?」

「じゃあ、これを持っておゆきなさい。」

「・・・いいの?」

男雛のひな人形を受け取って、その幼い女の子は泣き止んだが、

まだしゃっくりをして、おじいさんとおばあさんを見上げていた。

「もちろん、持っていっていいんだよ。

 これはお前のために用意したのだからね。」

「これでひな人形が揃うといいのだけれど。」

「・・・ありがとう!」

その幼い女の子は、ちょこんとお辞儀をして、

それから自分の家の方へちょこちょこ駆けていった。

そんな幼い女の子の後ろ姿を見送って、

おじいさんとおばあさんはお互いに手を握り合っていた。



 目を覚ますと、またしてもその女は、床に伏せる両親の前にいた。

かつて幼い女の子だった自分は、今は成長して人の親ほどの年齢になって、

実際に人の親になっていた。

良縁にも恵まれ、傍らには夫と幼い娘が一緒だった。

もっとも、お金には相変わらず縁がないのだけれど。

目の前には、衰弱した両親が床に伏していて、臨終間際の状態だった。

つい今しがたまでうたた寝して見ていた夢のせいだろうか。

なんだかその光景には見覚えがあるような気がした。

すると布団に横たわる両親が、何やら小声で囁いている。

その女は布団に近付いて耳を寄せた。

「娘や、いつぞやのおひな様はどうだった?」

「いつぞやって、わたしがひな人形を貰ってきた時の話?」

まさか、臨終間近の両親に、今見ていた夢の話をされるとは。

それだけではない。

夢の中でもそんな話をしていたような気がした。

でも今度は、その女は、首を縦に振って答えた。

「あの時のおひな様の話だよね?

 うん。ひな人形は全部揃ったよ。

 だからひな祭りも家族揃ってちゃんとできた。

 もっともひな人形自体は、おひな様を一回やったら、

 いつの間にかどこかへ消えちゃったんだけどね。」

今度はひな祭りがちゃんとできた。

その女の答えを聞いて、両親はすーっと肩の荷が下りたようだった。

「そう、そうか。

 やっと、ひな人形は全部揃ったか・・・」

「わたしたち、やり遂げられましたね。

 娘や、次はあなたが、自分の娘におひな様をしてあげるのよ。

 子の親になるのは大変だけれど、しっかりね・・・」

そうしてその女の両親は、安らかに眠りについた。

その死に顔は安らかで、まるで眠っているようで、

その女も夫も娘も、しばらく臨終に気が付かないほどだった。



 お金には縁がなかったけれど、良縁には恵まれ、家族とは常に一緒だった。

まるで一揃いのひな人形のように。

そんなことを今、自分が臨終間際になって、その女は回想していた。

お金には縁がないせいで、碌な医者にもかかれず、

何故、自分だけでなく夫まで同時に臨終を迎えようとしているのか、

その理由は皆目見当がつかない。

とはいえ、年齢はとうに高齢と言っていい年齢だから、

体の不調など当然のことなのかもしれない。

いや、あるいは。

今だからこそ、自分自身が娘の親になったからこそ、

その理由がわかる気がする。

精一杯の力を振り絞って、娘を枕元に呼ぶ。

それから、こう尋ねた。

「娘や、おひな様はちゃんとできたかい?」

すると、その女の娘は、弱ったように首を横に振った。

「おひな様って、わたしがひな人形を貰ってきた時のことだよね?

 どこかのおじいさんとおばあさんから。

 ううん。あの時は、最後の一個が揃わなかったんだよね。

 でも、家族でやるひな祭りは楽しかったよ。」

この答えにもやはり聞き覚えがある。

枕の上で横を向くと、同じく隣では夫がこちらを見ていた。

「そうか、そういうことだったんだな。」

「私たちも、まだ後少しやることがあるみたいね。」

その女と夫は静かに目を閉じた。

「お父さん?お母さん!」

その女は、臨終間際、

娘が懸命に呼びかける声を聞きながら、

意識がどこかへ流されていくのを感じていた。



 目を開くと、その女は家の前に立っていた。

忘れもしない、代々受け継がれてきたあの家だ。

横には自分と同じくらいに老いた夫がいて、

そして家の前には、忘れもしない幼い娘の姿があった。

その女と夫は、もう何度目かの笑顔で、幼い娘に尋ねた。

「どうしたんだい?」

「どうしてそんなに泣いているの?」

すると、幼い娘は、こう答える。

「あのね、おうちにひな人形がないの。

 だから、うちはおひな様のお祭りができないの。」

知っている。

うちにはひな壇と段飾りはあるのに、人形だけがないのだ。

そして、足りない人形はあと一つのはず。

だから、その女と夫は、幼い娘に人形を差し出した。

「じゃあ、これを持っておゆきなさい。」

「・・・いいの?」

泣き止んだ幼い娘を見て、その女も思い出していた。

そうだった、そうだった。

あの時のおじいさんとおばあさんは、

こうして私にひな人形を用意してくれたのだった。

遥か未来さきから。

年老いた姿となって、幼い娘と言葉を交わしながら、

その女は回想していた。

親と子はめぐる。

そうとは知らず、

自分の親が年老いた時の姿なぞ知らなかった自分と同じく、

目の前の幼い娘はこう答えたのだった。

「・・・ありがとう!」

そうして、幼い娘が、ちょこんとお辞儀をして、

それから自分の家の方へとちょこちょこ駆けていった。

そんな幼い娘の姿を見送っていたその女は、

年老いた夫とお互いに手を握り合っていた。



 目が覚めると、目に映るのは家の天井。

忘れもしない我が家の光景。

その女は今、年老いて夫とともに臨終間際。

傍らには、人の親ほどに成長した娘がいて、その夫がいて、

さらには幼い孫娘がいるのだった。

気を抜けば今にでも眠ってしまいかねない。

しかし、最期に確認しなければならないことがある。

その女は渾身の力を振り絞って、枕元に娘を呼んで尋ねた。

「娘や、いつぞやのおひな様はどうだった?」

もう何度こう尋ねただろう。答えただろう。

繰り返しの質問への娘の答えは、しかし久しぶりに聞く答えだった。

「おひな様って、わたしが子供の頃の、あの時のおひな様の話だよね?

 うん。ひな人形は全部揃ってたよ。

 士丁、随身、五人囃子、官女、女雛、男雛。

 ひな人形が全部揃って、家族一緒におひな様のお祭りをしたんだよね。

 わたし、あの時のことをよく覚えてるよ。

 すっごく嬉しかったから。

 でも何で、今そんなことを聞くの?」

今度はひな人形が一式揃って、ちゃんとひな祭りができた。

かつては両親が揃えてくれたひな人形を、めぐめぐって、

今度は自分たちが娘のために揃えてやれたようだった。

「そう、そうなのね。

 わたしたちも、ちゃんとやり遂げられましたね。」

「ああ、家族みんなでね。」

「わたしたち、やり遂げられましたよ。

 お父さん、お母さん。

 わたしたちもちゃんと、人の親になれました。」

そうして、その女は夫とともに、安らかな眠りについた。

その死に顔は安らかで、

娘やその夫はしばらく気が付くこともないほどで、

幼い孫娘には、臨終に気が付いた両親の涙が理解できなかった。

今はそれでいいと、娘と夫は孫娘を優しく抱いた。

悲しみに暮れる家族はしかし、

いつまでもめぐり途切れることのない家族の輪で結ばれていた。



終わり。


 親から子へめぐるひな人形の話でした。

もちろん、廻っていたのはひな人形だけではありません。


女の子の家は何故かお金には恵まれないのですが、

その理由は、遥か未来から借りがあるからなのでした。

ということはつまり、この家はずっと縁が繋がり続けるということ。

そのおかげで、この先も家族揃ってひな祭りができるのですから、

お金なぞ安い代償と言えるかもしれません。


お読み頂きありがとうございました。


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