借水
その村には、不思議なことに使っても減らない、聖なる泉があった。
だが、”聖なる泉を、絶対に使ってはいけない”というしきたりがあった。
しかし、村人たちは水に困っていた。
ある者は、遠くにある水源から持ってこられるだけの水で努力と共に生活し、
ある者は人の水を奪い、罪と共に生活し、
またある者は泥水をすすり、死と共に生活していた。
ある時、ひとりの若者がその聖なる泉を使えばいいと言った。
皆に配れば苦労せず生きられると。
村の長はそれを恐れた。
それだけはしてはいけないと、しきたりを遵守せよ。さもなくば酷い目に遭うと。
しかし、若者は止まらなかった。
村の長を火祭りに上げ、世界を救うと宣言した。
まずは、泥水を啜るしかない者たちに水を与え、生を説いた。
次に、人から盗むことしか知らない者たちに水を与え、優しさを説いた。
そして、毎日水源から水を取ってきては、節約して頑張っている者たちに水を与え、楽を説いた。
村人たちは若者を英雄と称え、若者はそれを認めた。
英雄となった若者は、毎日、聖水を村人全員に配った。
村人たちは苦悩がなくなり、罪がなくなり、苦労がなくなった。
やがて村人たちは水源の場所を忘れ、努力も忘れていった。
それは唐突に起こった。
聖水が無くなった。無くなるはずのないと考えていた聖水が無くなった。
村人たちは嘆き、苦しみ、悲しみ、そして憤慨した。
英雄となった若者を、悪魔として火祭りに上げた。
もう誰1人として水源の場所を知らない。
村人たちは残った水を奪い合い、殺し合う。
そこに平和は無くなった。
中には水を探すため村を出る者もいたが、誰一人として戻ってこなかった。
やがて残っていた水もなくなり、誰もが諦め、皆、泥水と雨をすすり、少しずつ少しずつ、村人たちは死んでいった。
だが、たった一人、水源の場所を見つけ帰ってきた若者がいた。
その若者は称えられ、その村の長となった。
そしてその頃から、なぜか再び聖水が溜まり始めていた。
しかし、村人たちは、"もうこの水は使ってはいけない。"としきたりを作り、水源へと歩く。この努力を永遠に続けることを誓った。
だが、時はすぎる。過ちは繰り返される。