いつか、俺が
グランザを町の墓地に埋め、厚く弔った。
事情を説明されたユーリ、モルガンの二人はパーティを抜けた。別れ際に彼らの言った言葉がファンテの耳から離れない。
「ファンテ。あなたは、人と組んじゃいけない」
「でないとまた、同じことを繰り返しますよ」
そうだろうと自分でも思った。
何が胸の穴だ。それは人を巻き込み生命を奪ってまで埋める価値のあるものだったのか――答えのない問いだけが残った。
最後に一つやるべきことがあった。
ある日の冒険者組合。
「よせ! ファンテ、やめろ!」
ファンテは窓口の内側に乱入し、一人の男の胸ぐらを掴み締め上げていた。
「教えろ、お前もグルだったのか」
あの魔法使いは言った、『四人と聞いていた』と。誰がそれを伝えたのか。
男は答えない。ただならぬ雰囲気に誰も制止できない。
「教えろ、お前もグル、だったのか」
ファンテは一字一句同じ質問を繰り返した。男は喘ぎ、やっと口を開ける。
「じ、人体実験の素体を探してる、金は払うと! 俺は言ったじゃないか! お勧めはしないと! お前らが金に目が眩んだんだろうが」
怒りで真っ赤になる。ファンテは背中に軽い衝撃を受け振り返る。杖を振りかざした若い男の魔法使いが驚愕の顔をしていた。
「雷撃の呪文が……効かない?」
ファンテはそれを無視し、締め上げている男に向き直った。右の拳で殴りつける。一発、二発。三発目を叩き込んだところで男は意識を飛ばした。糸が切れたようにだらりと垂れ下がり、首をうなだれた。
男をぼろ雑巾のように投げ捨てる。
ファンテの身柄を、駆け付けた憲兵が拘束した。
半月ほど牢屋で過ごした。
赦され、町に戻った時、誰かが「窓口のあの男は組合を追放になったよ」と教えてくれた。
暫くを無気力に過ごした後、ファンテは町を出た。西に行った。イアシスと言う街で、酒場の女主人ラクタルの知遇を得て、彼女の頼み事を聞く代わりに寝食を保証された。
五年が経ったある日、ラクタルにこう言われた。
「女二人の旅は危険だとあんたも思うだろ? ちょっとホラックラーまで彼女達の護衛を頼みたいんだ」
ファンテが準備した馬車に乗るべく、やって来たのは少女と、腰の低い女。少女の方はきらきらした目で御者台に座った。彼女はホラックラーの町に着くと奇妙な音を奏でた。ファンテは知った。これが、『歌』だと。
彼女はこうも言った。一緒に旅をしないか、と。
ファンテは思った。正直、悪くない。この不思議な少女と旅をするのは楽しいだろう。わくわくもした。「あなたは人と組んじゃいけない」――その言葉も思った。
イアシスに帰って数日後、ファンテは酒場でリーンとテーブルを囲んだ。ラクタルもそこにいた。ファンテはリーンに断りを入れるつもりだった。
初めにリーンが言った。
「ファンテ、どう? 返事は決まった?」
――いいか? 断れよ、ファンテ。
「ああ、いいぞ。行こうか」
「ほんと? や、やったー!」
リーンが全身で喜びを表し、ラクタルが苦笑する。
「うちとしては稼ぎが減るが、まあ今まで稼がせてもらったしね」女主人は頬杖をつき、目を細めた。
「あれ、ファンテ? どうかした?」
リーンが目を遣れば、彼は軽く眼を見開き、手で口を覆っていた。
――なぜ、断らなかった。
彼の頭では疑問がうねっている。
「おーい、大丈夫ー?」ひらひらと目の前で少女の手が揺れる。
「ああ、問題ない」ファンテはどうにか笑えた。
「ならいいけど――でさ、ラクタル。ちょっとライブをやってね、お金を稼ごうと思うんだよ」
「ほう。町を去る記念にかい?」
「まあそんなところだね。で、どこか大きな建物ってないかな、人が沢山入るょぅな――」
意識から、二人の会話が遠くなる。
ファンテは目を閉じる。
幾つかのことを決めた。
――俺は、彼女を守る。
――俺は、彼女を助ける。
――俺はもう、二度としくじらない。
全部、言い訳だ。自分を嘲る。お前は旅の高揚感に抗えないだけなんだよ。
ファンテは気付く。
仲間と任務をこなすことはあっても、旅をするのは初めてだ、と。
――じゃあ、このまま行けばリーンと俺は旅の仲間、ということになるのか? いや、護衛として雇うと言うからには違うのか。
――いや、そんなことよりも、どこぞの国に追われているこの少女を一人で行かせてもいいのか?
目を開き、苦く笑う。
――いやこれも……言い訳か。
懐かしき友の顔が浮かんだ。
ファンテは呼び掛ける。
――グランザ、突然だけど俺、旅に出るよ。ああ、言わなくても分かってる。気に入らないよな、お前を殺しておいてふざけんなって話だよな……だからさ、いつか、俺が死んだら。
目を開けた。
――その時、改めて俺を罰してくれ。
ファンテは目元を拭う。僅かながら指が湿った。
――悪いが、それまでは俺に彼女を守らせてくれ。
グランザから答えなど有りはしない。
ファンテにはもう、それで良かった。
「――ってことでどう?」リーンと目が合った。
「ん? 何だ」気の抜けた応答。
「あ、聞いてなかったな」少女が頬を膨らませた。
「三日後、街の大聖堂でライブをやるのさ。料金は一人銅貨二枚」ラクタルが教える。
「そ。強気の一人千円だぜ」リーンが付け足した。
「ら、らいぶ?」ファンテの声に、女二人顔を見合わせにやりとした。
「まあ当日、楽しみにしててよ」
ふんぞり返る少女。
ファンテはただ、曖昧に頷くのみだった。
現在。
冒険者組合に駆け込んだのは夜。幸いにもまだ開いていた。ファンテは大きな革袋を肩に担いでいた。息を切らせ中に入り、談話スペースに置かれていたテーブルに革袋を下ろした。
「なあ、あんた!」手招きする。窓口にいた男が裏を回ってファンテの所までやって来た。
「どうしたんだ血相変えて」
「世界新党について訊きたいことがある。連中は魔法を使うのか?」
男は記憶を辿るように眼を伏せる。
「正確なところは知らない。だが、噂によれば転移系の魔法を使う奴が一人か二人いるらしいな。奴ら、それで」
芸術家やなんかを拉致するって話だ――男は顔を上げファンテの形相に息を呑んだ。
「おい、あんた……?」
青い瞳がぎらぎら輝いている。まるで、冬眠を邪魔され怒り狂うマーゴのように。
「人を雇いたい。この組合の登録冒険者は何人だ」
「ご、五百はいるはずだ」
「……全員雇う。金ならある」
ファンテは革袋の中味を開いて見せた。
窓口の男は、あり得ないほど大きな音で息を吸い込んだ。
溢れんばかりの金貨が、革袋の中で暴力的に光り輝いていた。