調査任務――森へ
翌日、四人はカルガの森に近いとある町にやって来た。依頼を受ける前に、ひとまず住民に聞き込みを行うことにしたのだ。
「あー、もー。あたし、こう言うの苦手だよ」
回復術士の一人、ユーリは不満たらたらだ。彼女は最年少だが腕のいい術士。黒髪で背が低く、可愛らしい出で立ち。
「文句を言わないで下さい、これも仕事の内ですよ」
長剣の使い手、モルガンが笑う。彼は二十代前半で、物腰の柔らかい、落ち着いた青年だった。
「二人一組で行こうか、ファンテ」
「そうだな、それが良さそうだ」ファンテはグランザに笑いかけた。
「ユーリ、モルガンと行ってくれ」
グランザの指示にユーリ、モルガンは素直に頷いた。
「で、俺達は、と」グランザがファンテを見た。
「あいつらが南側に行ったからな、北に行こうか」
二人は並んで歩き、町の北を目指す。
数時間後。
四人で情報を持ち寄り、総合する。
場所は町の酒場。客の入りは五分。
「マーゴ? マーゴだってのか」グランザが酒の入った木のジョッキに口をつける。
「そうらしいですよ。但し、人の倍はあろうかという巨大マーゴだそうですが」モルガンはお茶の入ったカップを手に取る。
「でかいらしいよ。もう、こーんな」
ユーリはがばっと両手を広げた。
マーゴというのは黒い体毛が特徴の猛獣だ。毛むくじゃらで鋭い爪の生えた両手と牙を持ち好戦的。人間と見るや襲いかかってくるものまでいて、一部では『黒い厄災』と呼ばれている。ただ、マーゴはあくまでも『猛獣』であって、『魔獣』ではない。即ち――。
「魔法を使わないただの獣だろ? 地元の猟師で何とか出来そうなもんだがな」グランザは顎に手をやり考え込む。何かの罠か。が、こうまでして冒険者を森に導く理由が分からなかった。
「行ってみないか、グランザ」口を開けたのはファンテだ。
「マーゴだとしても、魔獣だとしても、倒せばいい」
自信に満ちた目だ。どんな敵だろうが倒してみせる。彼の青い瞳が雄弁に語っていた。
「――モルガン、ユーリはどう思う」
グランザが二人に水を向けると、ユーリがまず口を開いた。
「あたしは行ってもいいよ。グランザとファンテ、それにモルガンがいれば何とかなるんじゃない?」
「そうですね、私はお二人には及びませんが、尽力させていただきます」とモルガン。
三人の顔を見て、グランザは改めて考える。確かに、魔獣だろうがマーゴだろうが、倒すか、或いは逃げれば良い。色々と胡散臭いのは気になるが、何より自分達の戦力を信じたい気持ちもあった。
グランザは一抹の不安を振り切るように短く「分かった」と告げた。
グランザは一度組合に戻り、依頼を正式に受けてきた。装備を調え、明日の朝、森に入ると決まる。
夜、宿でグランザはベッドに寝転び天井を睨んでいた。ドアがノックされ応じると、入ってきたのはファンテだった。彼は部屋に入ると、グランザが座るベッドに隣り合って腰を下ろした。
「どうした、いまさら怖じ気づいたか」
言葉にファンテは首を振る。そして真剣な目でこう言った。
「なあ、森には俺たち二人だけで行ってみないか」
グランザは目を剥いた。
「馬鹿なことを。お前、そりゃ過信だろ」
ファンテはだが怯まない。
「そうかも知れない。だけど、俺は試してみたいんだよ」
その、目。飢えた獣のような目だ。何を試すのかは聞かなかった。もちろん分かったからだ。こいつは自分の全力を試したいのだ、と。
「お前……」グランザは長く息を吐いた。
「多分、この仕事なら埋まる気がするんだよ」
胸の穴が――絞り出すような声だった。
グランザは背筋を伸ばし腕を組む。ベッドの軋む音がした。
「お前は、出会った時から変わってないな……」
子供を案じる親のような言葉。隣のファンテに手を伸ばし、頭を掴んで乱暴に撫でた。
――胸の穴、か。
その言葉にはグランザにも覚えがある。だからこそ、安易にファンテの意見を否定することも出来なかった。
――要するに俺達は似たもの同士か。
漸くファンテの頭から手を離す。手をそのまま握り込んで、更なる力を込めるような仕草。ファンテを睨み付け、小さく笑った。
「面白い! なら、お前に付き合ってやるよ」
グランザの、覚悟を決めたような声だった。